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60.二人の出会い

「それでは私たちは出発しましょう」


 ナバレッテさんとロラさんの部下達に声をかける。

 

「ママ! 頑張って!」

「お母さん、またね!」


 ユイカと浩太が見送ってくれた。

 

「ロラさん、リリィ……子供達をよろしくお願いします」


 子供達と分かれて行動する事に心配は尽きないが、修学旅行にでも送り出すと思おう。とりあえず事故などに合えない身体になった事で、少しは気が楽になる。


「いざとなったら、聖地に入って自宅で待機する、いいわね」

「「はーい」」


 こうして、私は子供達とは別行動を開始した。


----------


 暇ね……。


 別行動と言っても、馬に乗れない私は馬車の中で、じっと座っているだけ。

 できるだけ、村や街に寄り、私が徐々に王都に近づいている事が伝わるようにしつつ、リリィがいない事を隠すために、あまり顔を出したり、ウロウロしないようにしていた。


 なので、


「暇ね」


 思わず口に出してしまう。

 こんな気分になったのは……そうね……あの時以来ね。


 私は夫と出会った頃を思い出していた。


----------


 家庭の事情で大学への進学を諦め、就職先を考えた時に自然と思いついたのは、何かを護る仕事だった。陸士長となり、3年。そろそろ陸曹昇任試験を意識していた頃、後輩隊員がトイレで泣いており、それをその同期隊員が慰めていたのに出くわした。


「この子、上官に襲われたんです」


 その一言で私にスイッチが入ってしまったのであろう。私は事情を確認した後、被害にあった後輩を連れ、その足で警務本部へ行き告発をした。当時、セクハラという言葉が巷でポツポツと出始めた頃であり、女性の立場は自衛官とはいえ、非常に弱いものだった。組織的には上官を通すべきだったのだろうが、女性からの訴えがまともに通るとは思えなかったため、直接的な行動を選んだのだ。


 結果的に、襲った男は逮捕されたが、私とその後輩は自衛隊を去る事になった。例え犯罪行為であったとしても身内の不祥事を告発した私達には、もう居場所がなかったのだ。被害者の後輩は、その後命を絶った。


----------


 自衛隊を辞めた後、バイトで食いつなぎながら、無為に過ごしていた。それでも護るという仕事を続けたいという意識はあったので、予備自衛官の登録だけはして、必要な訓練だけは続けていた。働く事自体は訓練と比べても楽だったので、問題なかったのだが、やはりセクハラ絡みで何度かバイト先を変える事になっていた。さすがに犯罪になるような出来事には出くわさなかったが、私の沸点が下がったのか、ちょっとした事でも許せなくなっていたのだ。


「暇だー」


 その日、バイトを辞めたばかりの私は、あまりにもいい天気だったので一人で河原にピクニックシートを敷いて寝る事にした。


「いたーい! 何を!」

「あ、あ、人がいた……申し訳ありません。大丈夫ですか……?」


 蹴られた。体を起こし、私を蹴った奴を睨み付ける。

 そこにいたのはカバンを持ったスーツ姿、頼りない顔でしきりに謝る若い男性だった。とても疲れた表情だったのを覚えている。


 それがカズトとの出会いだった。


「普通、気がつきますよね? 迷彩服着て匍匐していたんじゃなくて、こんなわかりやすい場所で寝ていただけなんですよ……」


 突然の出会いで恋に落ちるなんて事はなく、私はせっかく寝ていた所を起こされたという怒りもあって、食ってかかっていた。


「本当に申し訳ありません。つい……」

「つい?」

「つい、あれを見ていました」


 カズトが指差したのは空だった。


「見ていたって、空?」

「いえ、あそこの雲です」


 そこには普通の雲があるだけだった。でも、その雲を見ていたら不思議と怒り霧散していったような気がした。


「何か変わった形にでも見えたんですか?」

「いえ、あの雲の上で眠れたらいいなぁ……と」

「はぁ?」

「いや、2日くらい寝てなかったんでね……」

「え?」

「で、ようやく寝れると思ったら2時間で起こされて、これから仕事に戻るところで……」


 カズトは死んじゃいそうな生活をしている人だった。後で聞いたら2000年問題に対応するシステムの入れ替えを担当していて、そのトラブルで寝る暇すら無い時期だったらしい。拍子抜けした私に、


「もし、後で痛みとか出たら、ご連絡ください」


 そう言って、名刺を渡していった。


「ねー、誰か男いないのー?」


 その数日後、高校時代の友達と飲みに行く約束をしたのだが、どうやら彼氏と別れた直後らしく男を呼べ! ……という話になってしまった。何人か知り合いに声をかけてみたのだが、ちょうど日も悪く、全員に断られた。


「この人だれ?」


 私の手帳に挟んであったカズトの名刺を出した。


「あ、この間、知り合った人」

「どういう人?」

「知らない……」


 蹴られただけの関係だし。


「この人、呼んでみよう?」

「えっ?」


 忙しそうだったので来ないかと思ったら、トラブルは無事解決したらしく、来れるという事だった。この間のお詫びだという事で、その日はご馳走してくれる事になったのだが、やってきて30分ほどすると携帯に電話が入り、すぐに戻る事に成ってしまいました。


「すみません、お金だけ払っておきますので……ま、また!」


 後日、前回のお詫びで……という事で、食事に行き、その後も何度か食事に誘われ、結局結婚するまでに至った。あの頼りない笑顔が、とても優しいそうで、何か染み込んできちゃったんだよな……


 あまりにも暇すぎて、そんな事を思い出してしまった。無性にカズトに会いたくなる。


「絶対に助け出す」


 誰もいないけど、私は声に出してそう宣言した。


----------


 私がナバレッテやロラ達と一緒に王都に到着したのは出発してから10日後の昼だった。案の定というか、私が到着する事は既に連絡が入っていたみたいで、門まであと数分といった所まで近づいた時、中から黒い鎧を着た兵士がバラバラと出てきた。


「全軍、停止」


 ナバレッテの声で全員止まる。

 門から出てきた兵士たちは門の前に展開したまま、そこを離れようとはしない。


「奥様」

「そうね。向こうが動かないなら好都合だわ。この辺りで野営をしましょう。ナバレッテさん、夜中にでも中に入る事は出来ますか?」

「抜け道は無いと思います」

「そう……」


 2週間と切られた期日まであと3日。期限を越えてしまった後、解放すると言っていたその言葉は全く信じられない。様子を見つつ、勝負を仕掛けよう。子供達がうまく動いてくれているといいのだけど……

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