59.それぞれの道へ
「ナバレッテさーん、ロラさーん」
開門と同時に野営をしていると聞いていた門の外へ出たが、すでに彼らは出立した後だった。慌てて私たちは追いかける。子供達は自転車で、私はリリィとミントと一緒に自分の足で。
そう、昨晩の宿代を得るために、私の自転車をアラルコンの門番へ売ってしまったのだ。とても嬉しかったらしく、そこそこ良い宿に全員で泊まって、ちゃんと食事ができるだけの金額になった。あとは、ナバレッテ達と合流できれば何とかなるはず……だったのに、出発、早すぎ!
それでも、私なりの全速力で1時間ほど走り続け、追いついた。リリィと子供達を先に行かせなかったら、もう少しかかっていただろう。
「状況はリリィより聞いた」
ロラの騎士団が持つ馬車に全員案内され、ロラと状況を確認し合う。
「やはりマシアス商会が出てきたか」
「すみません、作戦がうまくいかずに……」
ロラの隣に腰をかけていたナバレッテが頭を下げる。
「ナバレッテさんのせいではありませんよ。私たちが何も考えずに車で突っ込んで行ったので、先に情報が伝わったんだと思います」
間に合うとは思っていたんですけどね。人生、なかなか都合よくは行きません。
「それで、この後、どうするのでしょうか?」
「そうですね……」
ロラの問いに昨晩、子供達が寝静まった後に考えていた事を話し始める。
「夫とチコを取り戻す……これが第一目標です。ですが、現時点で夫たちをどういう状況にあるのか……その情報がありません。ですので、まずは私が単身で王都に忍び込み……」
「それは難しいだろう」
ロラが口を挟んできた。
「王都の広さを考えているか? 600万人都市と呼ばれているアルテアの、どこで情報を集めるんだ?」
私の最初の案をあっさり潰されてしまった。そんな事は百も承知だが他に動ける人が……
「情報収集は私がやろう」
「えっ?」
「私が情報を収集してこよう」
ロラの思い掛け無い申し出に、思わず固まってしまう。
「マシアスやファビオが絡んでいる以上、王族である私が情報を収集するのが一番早い。リリィを今、王都に入れる訳にはいかないからな」
「そんな事をお願いして……」
「気にするな。乗りかかった船だ。それにファビオが王になるなど、国が乱れる未来しか思いつかん。この国の王族としてそれだけは止めなければな」
「僕も行く!」
浩太が突然声をあげた。
「ロラさんが情報を集めた後、僕がそれを連絡する役をやるよ。聖地に飛び込めば、家に戻れるんだよね。それでみんなに教えれば……」
「ダメ! そんなの浩太には危ない! それなら私が行く!」
ユイカが浩太を止めようとするが、浩太は首を横に振り……
「お姉ちゃん、これは僕がやる。チコを取り返すために、チコに助けてもらった僕がやらなきゃならないんだ!」
お父さんも助けてあげてね。
「ふむ、どうだろう奥様。タナカ様の救出を考えれば、王宮内の聖地を確保しておいた方がいいと思う。浩太殿であれば私も怪しまれずに連れ歩く事が出来ると思うのだが……」
「ママさん、僕もコータについていくよ」
ロラにそこまで頼ってもいいか少し悩んだが、ミントも一緒なら大丈夫か。防御力が圧倒的な上に、会話できるが犬なんて、普通の人間に太刀打ちできるとは思えない。
「わかったわ。ロラさん、浩太とミントをお願いします」
「ああ、任せてくれ」
「ただ、そうなると、敵を欺くためにも奥様は逆に目立った方がいいかもしれませんね」
ナバレッテの言葉は確かにそうだ。
「そうね……わかったわ。私はナバレッテさん達と一緒に、目につくように王都へ移動します」
私の方で、ロラにお願いしていた陽動作戦を引き継ぎましょう。
「お、奥様!」
リリィが声を上げる。
「わ、私は何を……」
あ、またリリィが嫌な表情になっている。私はそんな表情のリリィを見たくない。
「リリィ」
私が声を出す前に、ユイカが声を出す。
「リリィはどうしたいの? リリィが考えなきゃいけない事だよ? ママに聞いてちゃダメじゃん」
「ユイカ様……」
ロラが小声で私に、
「リリィは何かあったのか……?」
と聞いてきたので、
「夫とチコを取り返すと、王になる事がより現実味を帯びてくるので……」
「そうか。それはそうだな……王になるというのは、そんなに簡単に覚悟できるものではない」
と、一昨日の会話を簡単に説明する。
「ママ」
ロラと小声で話していた私にユイカがこう提案してきた。
「パパは2週間は大丈夫なんだよね。私、リリィと一緒にこの国の人を見てみたい。どういう人がそうやって生活しているのかを知っておきたい。私は私が死なせちゃった人の分、ちゃんとこの国を知らなきゃいけないって思ってる」
「ユイカ……」
「リリィもきっとそう。この国の王になるなら、どういう人がどうやって生活しているかを、ちゃんと見た方がいいと思うの。今、王になるのを悩んでいるなら、なおさら、それを知らずに決めちゃうのは間違っていると思う」
私の娘は、フェロル村の事があって以来、明らかに以前まであった子供の部分が消えつつあった。少し寂しい気もするけど、この成長は後押ししたい。
「リリィは、どう思う?」
「ユ、ユイカ様がそう言うなら……」
「違う!」
ユイカが叫ぶ。
「リリィは、どう思ってるのって聞いているの!」
「わ、私は……私は……私は解らないんです! 頭もあんまり良くないし、突然、王になれって言われても、何をすれば王になれるのか……そもそも王って何なのか……解るわけないじゃないですか! この間まで、ただの従士だったんですよ! 平民になっても生きていけるようにとしか、考えていなかったんですよ!」
リリィはとうとう目から涙を溢れさえ、大声で叫び出す。
「バカ!」
パシッ!
そのリリィの頬をユイカが叩く。
「努力もしないうちに、頭が良くない何って言うな! 人間の頭のデキなんて、みんな同じようなものなんだよ! 頭が悪いなんて、軽々しく言うのは、努力している人をバカにしているのと同じなの!」
ユイカもカズトから中学入学したての頃、散々怒られていたわね。それにしても、王様になる云々には関係ない話になっている気が……黙って見ておこう。
「ユイカ様には解らないんです。勉強しても一番になれなかった私の気持ちなんか……いつのトップの子に負けてしまっていた私の気持ちなんか……」
2番って事? 意外と優秀な……
バシッ!
再びユイカがリリィの頬を叩く。さっきよりも強かったわね。
「私なんか、最初はビリよ! 中学に入ってから最初の1年間、ずっとビリ! 好きなアイドルも遊びに行くのも全部禁止されて、必死に勉強して、この間、やっと成績が少し上がって……パパからやっと「下の上」に来たって褒められたばかりだって言うのに……リリィは……リリィは……リリィは、トップになれなくて悩んでたの? バカー!」
そして、もう一発殴る。今度はグーだった。ユイカ、リリィはトップになれなくて悩んでいるんじゃなくて、王様になる事を悩んでいるのだけど……
「す、すみみません」
それでも、なぜかリリィは謝った。それを見て、ユイカも少し落ち着いたのか、ビリって叫んで、少し恥ずかしくなったのか、
「わ、私の成績は関係なかったね。でも、リリィ、成績を上げるのも、王様になるのも一緒だよ。最初から出来なくてもいいじゃん。そこでダメだって諦めずに、努力を続ければいいんだよ」
「ユイカ様……」
強引に持ってきた結論だとは思ったけど、リリィの目が少し変わった気がした。
「王様がダメだと国が滅びるのだが……」
ロラが小声でポツリと呟くが、
「ロラ姉様、奥様、ユイカ様……私が間違っていました。リリアナ・ヒメノは前に進みたいと思います。この国を、国民の事を、ちゃんと知りたいと思います。その上で、改めて心を決めたいと思います」
「決まりね! ママ! 私とリリィは二人で巡業に出ます!」
あれ?
「地方のドサ回り。デビー直後のアイドルの基本よ! ついでに聖地も適当に確保していくので、家にはちゃんと戻るようにするわ! 2週間もあれば余裕でしょ!」




