57.不撓不屈 vs 戦意喪失
王位継承編 最終章 スタートです。
===== Hitoe =====
「すぐ助けに戻るから、抵抗しないで捕まってなさい!」
そう言い残し、私は夫とチコを残し子供達と一緒にクロロ神殿の光のカーテンに飛びこんだ。飛び込んだ先は見慣れた自宅である。
「みんないる?」
リリィとユイカが抱き合って玄関に転がっていた。二人に躓いたのか浩太が靴を履いたまま廊下で転がっている。ミントだけがその先で尻尾をピンと立ててこちらを見ていた。
「大丈夫ね、それじゃ……」
子供達の無事を確認して私はすぐに光のカーテンからクロロ神殿に戻ろうとする。
「ママ、まだ外には!」
それは解っているけど、向こうには夫とチコが捕まっている。光のカーテンから用心をしつつ顔を出す。その瞬間に何か黒い影のようなものが顔に向かってきて……
ガン!
と、音を立てて砕け散った。
「ひっ、化け物……」
思わず閉じた目を開けて様子を見ると、黒い鎧を着た兵士が光のカーテンを囲んでいた。私は、そのうちの一人に、どうやら鉄の棒のようなもので殴られたらしい。殴った兵士を睨みつけながら、ゆっくりと光のカーテンから出た。殴った兵士の後ろにいる男には見覚えがある。
「あなたは……ギゼさんとか言ってましたね……どうやら門でのやり取りは、欺かれた……みたいですね」
「救世主に攻撃が通じないとはアニアから報告を受けてましたが……これほどとは、驚きましたよ」
アニアの名前が出た事で、お互いの立ち位置がハッキリした。
「夫は?」
兵士たちの後ろに広がっている大広間に、まだいるはずだ。
「いえ、あっちはまた別口が動いています。我々はここから誰も出すな……現在は、そう命じられています」
「そう、でも無理やり通させてもらうわよ」
「攻撃が効かなくても、救世主様達を捕まえる方法はいくらでもありますよ?」
そう言ってギゼは少し横にずれた。その後ろから投網らしきものを持った兵士が近く。私はまだ抜き身で持っていた刀を少し持ち上げた。
「できる?」
「どうでしょう?」
さらにその後ろから何人も投網を持ち近づいてきている。一体、何人いるのよ!
「どうします? 私たちも救世主様は怖いので、できればこのままお引き取りいただくのが一番なのですが……」
「夫と娘の安全は保障してくれるんでしょうね」
「ここで奥様が暴れたりしなければ、大丈夫だと思いますよ……そうですね、2週間ほどおとなしく待っていていただければ、ちゃんと解放する算段になっているはずです」
「2週間後に何があると言うの?」
何か要求されるのかと思えば、2週間、ただ待っていろというだけなのか?
「ええ、2週間静かにしていただければ、保護させていただいたお二人の身の安全はマシアス伯爵が保障する……らしいですよ。むしろ、伯爵邸にて歓待する準備があるそうです。よろしければ皆様もどうですか?」
「……わかったわ。そちらの条件通り、ここから出ないようにするから、夫と娘の安全は必ず守ってね」
「お約束は勿論、守らさせていただきます」
ギゼは恭しく頭を下げた。
ファビオにアニア、それにマシアスにギゼ。このツケは高いわよ。私はギゼから目をそらさず、そのまま後ろに一歩下がり、光のカーテンの中へ入った。
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玄関では、子供達とリリィがそのまま待っていてくれた。
「奥様、額に粉が……」
リリィが近づいて、額を擦ってくれた。さっき殴られた時のカスだろう。
「ママ、パパとチコは?」
「人質に取られたわ……少しお母さんに考えさせて……」
リビングに戻り、椅子に腰をかける。リリィと子供達も後からついてきて、腰をかける。
「あのギゼという兵士がアニア達の仲間だったみたい。外で待ち伏せされていたわ。そして今回もマシアス絡みよ」
「それでは、やっぱり王位継承権の……奥様、本当に申し訳ございません……」
リリィが私の言葉を聞いて、椅子から降りて、床に膝を付き頭を下げた。
「気にしないで。襲われることは予想していたのだから、あの人も覚悟はしていた筈よ。チコは兎も角、カズトが捕まったのはあの人のミス」
それと私のミス。一番、捕まっちゃいけない二人を最後尾にするなど痛恨の極みだ。
「とりあえず、クロロ神殿から出なければ、二人を2週間後に解放するらしいわ」
「2週間後ですか……何か意味が……?」
「そうね……そこは何も言っていなかったけど、これまでの流れを考えれば、間違いなく王位継承絡みでしょうね」
「奥様」
それを聞いてリリィはホッとしたように顔を上げた。
「それでしたら2週間、じっと待ちましょう」
確かにタナカ家にとって王位継承権は興味のある話では無い。リリィがいいのであれば、2週間何もしないという事も選択肢の中の一つだ。でも……
「リリィ、あなたはそれでいいの?」
私の言葉にリリィは目を反らす。
「あなたが王位を継承するという事に、まだ覚悟を持っていないのは理解しているわ。今回、夫とチコが人質に取られた事で、それを反対の方向に後押ししてしまっているのも理解できる。でも、こんな事で決めてしまっていいの? あなたの人生だけじゃない。この国の全ての人々の人生に影響する話なのよ」
「で、でも奥様……それだとタナカ様と、チコの安全が……」
「その事なら気にしないで。私は何にせよクロロ神殿からは出ないわ」
「そ、それじゃ」
リリィが何かを期待する様に私に視線を戻す。ああ、この表情は嫌いだ。あなたの人生の大事な決断を、私たち家族に委ねないで。あなたが王にならなくていい言い訳に、私の夫を使わないで。
「あなたは、それでいいの? リリアナ・ヒメノ」
私の強い言葉でリリィはまた顔を伏せてしまった。私の角度からは表情が見えなくなったが、膝の上でポツポツと水染みが出来ていた。
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これ以上、私がリリィに話すべき言葉は思いつかなかった。日本だったら、まだ高校生くらいの年齢のリリィには酷だったかもしれないけど、ここが彼女の踏ん張りどころだと思う。リリィ自身で考えてもらわないと。
「ユイカ、浩太。今日はこのまま家で寝るわ」
「お父さんとチコは?」
浩太が不満の声を出す。
「もちろん、助けるわよ」
私の声にユイカと浩太の表情が明るくなる。リリィも目を真っ赤にしながら私の顔を見た。
「クロロ神殿からは出ない……あいつらと約束したしね。でも、他から出ないとは言っていない」
「え、じゃぁ」
「2週間も時間があるなら上等よ。イエーロ神殿から、もう一度を王都を目指すわ!」




