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56.人質

「こっちです」


 リリィの案内で俺たちは建物と建物の隙間の小道を進んで行く。5軒ほど建物が並んでおり、その先が右に曲がる角になっていた。道なりに進むと正面に石造りの大きな建物が建っていた。


「ここが、クロロ神殿になります。王都にある神殿の一つで、光のカーテンが中にあります」


「王都にあるというから、大きいのかなとは思っていたけど、本当に大きいな」


 フェロル村は木の小屋だったし、カルボノは石で出来た洞窟だった。イエーロはそこそこの大きさがあったが、廃墟だったしなぁ……


「いえ、これでも王都の神殿の中では小さい方だと思いますよ」


 外から見る限り、高さは近くにある建物よりも大きい。隣の建物が4階建だから、屋根まででも6階分くらいの高さがあるんじゃないか。石造りって地震でも来たら崩れそうだが……


「それでは中に入りましょう。光のカーテンはこの中にある奥院にあるとの事です」


 光のカーテンの場所は、門の所で聞いてくれていたのかな?


 神殿の入り口にある木の扉を開けた。中は窓からの光で十分明るく、はっきりと見える。中は、だだっ広い広間になっていて、屋根まで吹き抜けになっているようだ。左右の壁にはテラスのような廊下が3層ずつあった。


「神官みたいな人はいないの?」

「ここは、信徒が集まって結婚式をしたり、お亡くなりになった後のお別れをする場所ですので、普段は誰もいないと思います。神官達も奥院にいるんじゃないでしょうか」


「奥院はどこに?」


 リリィは広間の奥、右側にある扉を指さした。入り口付近の荘厳さに比べたら、随分寂しい作りだ。


「こじんまりとしてるわね」


 ひとえも同じ感想を持った見たいだ。


「そうですね……光のカーテンは見学するにはいいのですが……ただ光っているだけですしね。一度見れば十分というのが、普通の人の感覚だと思います」


 そんなものか。まぁ、そうだろうな。花見に行っても、桜を見るのなんて最初の5分くらいで、あとは酒を飲むだけだしな。


 それじゃぁ、行ってみよう。


「はーい」


 ミントを抱えたユイカと浩太が先を歩き、続いてリリィ、ひとえ、チコ。最後に俺が地震の事を心配しながら歩いていた……多分、この順番が失敗だったんだと思う……。


----------


 それは唐突だった。

 ミントも気がつかなかったくらいだから、してやられたと言ってもいいだろう。


 奥院に向かって歩き出したその時、


 ブワッサー!


 何か風を切る気配を感じた。そして気がついた時に俺とチコが魚の投網のようなものに包まれていた。


「え、な、何だ?」


 すっぽりと網に包まれてしまった俺は呆然として上を見上げる。すると、さらに2つ、網がひとえ達と、子供達に向かって投げられていた。


「ひとえ! 逃げろ!」


 後ろの状態に気がついていなかったひとえが、振り返り俺の姿を見てギョッとした。そこへ網がフワリと被さる。だが、ひとえが護身用に持ち歩いていた刀を一閃させると、網がバラバラになった。すぐに子供達にかかろうとしていた網も切り捨てた。ユイカの手からミントが飛び降り、俺達の方へ駆け出した。


 だが、ミントの牙が届く前に、俺とチコを包んだ網は巻き取られ、天井へ吊られていく。俺はチコを抱き寄せ、その身を庇うと、


「ひとえ、俺達はいいから聖地に飛び込め!」


 と、叫んだ。


「カズト!」

「タナカ様ー!」

「パパー!」

「パパさん!」

「チコー」


 浩太だけが、俺の名前を呼ばなかったな。それは覚えておこう。だが、今はそんな事より、


「聖地に入れば、後でなんとでもなる。今は脱出が先だ! そのあとで、ゆっくり助けに来てくれ!」


 ひとえが、こちらを見上げ、グッと唇を噛むと、


「ユイカ、浩太。走るわ! ミント、リリィ、ついてきなさい!」


 そう言って、振り返り奥院の扉を開ける。網はもう用意がなかったのか、それ以上の追撃はなかった。


「聖地があったわ! すぐ、助けに戻るから、抵抗しないで捕まってなさい!」

「パパー待ってい……!」

「チコー、必ず助けに戻るからー!」


 すぐに扉の奥から声が聞こえた。ひとえと子供達はこれで大丈夫だろう。


「チコ、大丈夫か?」

「はい、私は大丈夫ですが……どうなるんでしょう」

「とりあえず、救世主って事なので殺されたりする事は無いだろうからな……チコは、フェロル村の子供だって事は言わないように……この世界の住人だと解ると危害を加えられる可能性があるからな」

「解りました。でもいざという時は私を見捨てて下さい」


 力強い目で俺を見つめる。心のそこからそう考えているのだろう。本当にしっかりした娘だ。大丈夫、チコは俺が守るよ。そうでもしないと浩太に合わす顔が無いしね。


----------


 巻き上げられた網は、しばらくしてから今度は壁側のテラスまで引き寄せられ固定された。網に包まれた俺達の前後を、甲冑を着込んだ兵士が囲む。その中の一人、兜をつけていない男が口を開いた。


「救世主様、このような形でお迎えする事をお赦し下さい」

「さすがに無理かな……でも、このまま開放してくれるなら、赦すけど」


 殺されやしないだろうという算段から、舐められないように強気に出てみる。胃がキューってなっているけどね。


「いえ、そういう訳には。是非、このお詫びをしたいと我が主が申しておりまして」

「へー、誰?」

「マシアス伯爵閣下でございます」


 すでに連絡が回っていたという事か。ナバレッテ達の囮作戦は失敗だったな。


「面識も無い方にご招待いただいてもね。俺は友達でも無い人と食事をする趣味は無いんだ」

「そうですか。私もそうですね。気が合いますね」

「気が合った所で、開放してもらえるかな?」


「そうしたいのは山々なのですが、主の命に逆らうわけにはいかないですし……では、こうしましょう。食事への招待は無しとして、このままお二人をマシアス伯爵の持ち家の一つにお連れいたします。そこで、丁重に接待させていただきましょう」

「それはこま……」


 そこで後頭部に強い衝撃を感じ、俺は意識を手放した。


----------


「……ナカ様、タナカ様」


 闇の中で誰かの声がする。頭がガンガン痛い……昨日、飲みすぎたのか……頭痛薬……クソ……気持ち悪いなぁ……薬を取りに行かないと……


「タナカ様! タナカ様!」


 あまりにもしつこい声に薄めを開け、


「ごめん、ちょっと無理。飲み過ぎだ……」

「タナカ様、しっかりなさって下さい、タナカ様! わかりますか!」


 何をそんな必死に……必死に?


「あれ、チコ、どうしたの?」


 ようやく目の焦点が合い、目の前にいるのがチコだと認識する。あれ、ここはどこだ?


「よかった……なかなか目を覚まさなかったので……心配しました」


 チコは涙目で答える。

 後頭部が冷たい……痛い……クソ、そうか……あいつらに殴られたのか。


「チコは大丈夫だったのか?」

「はい、私は目隠しと猿轡だけだったので……でもタナカ様は後ろの兵士に頭を蹴られて……」

 

 俺も目隠しと猿轡で十分だったのに……クソッ、蹴った奴は絶対探し出して、ひとえの前に正座させ、俺にやった事を説明させてやる!


「頭は氷で冷やしています。医師が診てくれたので大丈夫だと思いますが、一晩目を醒さなかったので、どうなる事かと……」


「一晩?……ア、ッ」


 思わず身体を起こそうとしたが、後頭部に激痛が走った。吐き気も少しする……大丈夫かこれ。


「こちらをお飲みください。意識が戻ったら飲むようにと言われているポーションです」


 お、それがあれば痛み止めになるな。この状況で毒の心配はいらないだろう。とりあえず頭が痛いのは我慢がならない。そう思って、チコからポーションを受け取り飲み干す。


「フゥ……ありがとう。薬が効くまで……もう少し眠るよ」


 痛みに耐えながら起きているのも辛いので、もう一度目を閉じる。痛みで眠れないかもと思ったが、そんな心配はいらなかった。


----------


 次の目覚めは爽快だった。さすが、ポーション。

 俺たちがいるのは映画に出てきそうな西洋のお城の中の一室という感じの寝室だ。俺には似合わない。


「すまん、チコ。心配をかけた。動き回ったりは辛いけど、とりあえず大丈夫そうだ」

「お薬が効いたみたいで、良かったです……ぐす」


 チコが涙を流し始めた。


「私がいたばかりにタナカ様まで捕まってしまい」

「いや、俺一人でも確実に捕まっていたと思うので、今の俺はチコがいてくれて嬉しい」


 チコをなんとか慰める。


「あの後、ひとえ達は?」

「いえ、私も目隠しをされ、ここに連れてこられてしまったので、どうなったかは……」


 涙を拭きながらチコが教えてくれたが、よく解らないという状況が理解できただけだった。ただ、ひとえ達は聖地に逃げ込めた様だったから大丈夫だろう。歩く隕石が4人と1匹、マシアスの手から逃れたのだ……王都存亡の危機って事じゃないか?


 そんな事を考えていたら、昨日の甲冑男が顔を出した。


「救世主様、大丈夫でしょうか? 昨日、急に倒れたので心配しました」


 人を蹴らせておいて、よく言うよな。


「丁寧な看護をしていただいた様で、ありがとうございます」

「いえいえ、マシアス商会としては救世主様の身に何かあってはまいりません。万全の治療をさせていただきました。どうか、ここでゆっくりご静養ください」


 とりあえず、軟禁されたという事だろう。


「ちなみに、ここはどこですか?」

「ここは主人が持つ屋敷の一つです」

「と言うと、テルセアの内側という事でしょうか?」

「そうです、ここは王族と貴族が住まうテルセアになります」


 ああ、面倒な位置に連れてこられたな。ここで教えてくれるという事は、この情報は俺に知られても影響が無いと判断されているのか。


「そうですか、他の家族に連絡を取りたいのだが……」

「そこはご心配なく。治療が終わったら迎えに来てくれるよう、丁重にご連絡させていただいております」


 ……どういう手段か解らないが、俺達を人質に取った事を明確に伝えたのだろう。とりあえず、ひとえ達が手を出せない状況を作られたという事か……。だが、これで俺の目下の行動指針が確定した。チコを含めた現状維持でここで待機。これが一番確実だ。


 こいつらは、確実にタナカ家の逆鱗に触れているよ。俺の妻と子供達は怖いぞ。


「それではお言葉に甘えて、俺とはここに逗留させてもらう。今すぐは無理だが、後でどこまで動いていいかも教えてくれ。まさか、ずっとこの部屋だけにいろ……なんて事は無いよな?」

「それは勿論。医師の許可が出てからになりますが、屋敷の中であれば、どこに動いていただいても構いせん」


 屋敷の周りは固められているのか。

 救出が来たタイミングですぐに動けるよう、体力を回復させる事が先決だな。


「すまない、やはりまだ調子が良く無いようだ。もう一度寝かせてもらうよ」


 そう言って、俺は目を閉じた。

5章本編終了です。

王国編を挟んで、王位継承編の最終章に入ります。


なお、大変申し訳ありませんが、1週間ほど、更新をお休みいたします。

次話の投稿は来週の月曜を予定していおります。

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