54.囮
アイドルで王様?
ユイカが余計な事を言い出したぞ。
「ユイカ、大人の話に口を挟まないの」
「ふん! パパはわかってないよ! リリィはアイドルになるの! そして王様になるの!」
「ユイカ」
ひとえが静かに注意をしたので、ユイカも大人しくなった。
「何度もすみません。お騒がせしました」
「ああ、気にしていない……」
ロラには謝っておく。
その上で、リリィも含め、家族全員に確認を取っておきたい。
「どうやら、ファビオ達より早く王都に着いたとしても、面倒な事が待ってそうだ。お父さんとしては、お金の事もあるので、聖地を抑えてはおきたい。ただ、それは王都である必要は無いんだ。この国の中をブラブラしているだけでも、そのうち、生きていく分には困らないだけの収入にはなると思う。当初の予定通り、王都へ向かうかどうか、もう一度、みんなの意見を聞きたい」
「私は、子供達の学校の事もあるし王都へ行きたいかな」
「アイドルレビューするためにも王都に……痛い!」
ユイカは黙らせておく。
「僕は……どっちでもいい」
浩太は意見なしか。
「チコは?」
「私は、ご迷惑でなければ、一度、王都に行ってみたいです」
「じゃあ、僕も行きたい!」
過半数は軽く突破ね。
「リリィ、このままだと王都に行く事になるが、リリィは大丈夫か?」
俺の質問にリリィが視線を落とし、押し黙る。なんの覚悟も持っていなかっただろうに、突然、王になるとは、そんな簡単には決められないだろう。1、2分くらい、リリィは黙っていただろうか。ようやく、リリィは顔を上げた。迷いを吹っ切ったというには程遠い顔付きだが……
「私は……皆様と一緒に王都へ行ってみたいと思います」
そして、力の無い笑みを浮かべ、
「正直、いきなり次代の王だと言われても実感がありませんが、今回の出発の前、女王陛下に、戻ったら土産話をする約束をしました。それだけは果たしたいと思います。そして、本当に私が次代の王になる必要があるのかどうか、一度、陛下の口からお聞きした上で、改めて考えたいと思います」
「そうか、それはいい。是非そうしろ。私もリリィが無事、陛下と謁見できるよう、全面的に支援しよう」
ロラがリリィの肩を抱き、そう語りかける。
確かにリリィの言う通り、今すぐ結論を出さなくても良い問題だと思う。現段階では王都に行くか行かないかの二者択一で片付けるには情報量が少なすぎる。もしかしたら第3の道があるかもしれない。決断しないというのも立派な決断だ。
「決まりだね。それじゃぁ、出発に向けて準備をしよう」
「「「「「「「はい!」」」」」」」
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夜はユイカ指揮の元、リリィ、ロラ、チコがアイドルとしての特訓を受けていた。意味が解らないが……
その合間を縫ってロラに一つお願いをし、了解をもらった。ロラがリリィの協力をしてくれそうな事で、俺の中にあるプランが出来ていた。ロラが了解してくれたので、俺は、光のカーテンから移動し、聖地カルボノで待っているナバレッテに会いに行く。
「ナバレッテさん」
「え、あ、きゅ、救世主様!」
洞窟の入り口付近でゆっくりしていたナバレッテに声をかけたら盛大にびっくりしてしまった。
「お待たせしました。現在、私たちは、王都まで私達の自動車で半日くらいの距離にある聖地イエーロにいて、そこから、ここへ移動してきました」
「聖地イエーロですか……どの辺りでしょうか……」
「私も実際にどの辺なのか……王都へは数日という場所なはずです。そこで一つ提案があるのですが…… 」
ナバレッテに俺たちが無事王都に入れるよう、提案をする。
「明日の朝、王族のロラ・モラン様と一緒に、王都に向かっていただけないでしょうか」
「ロラ王女殿下とですか? 我々はリリアナ様と一緒に王都に向かわなければならないのですが……」
「はい。そのために、ロラ様と一緒に先行してもらって、王都に向かってください。それも出来るだけ、途中の大きな街に立ち寄って欲しいのです」
「え?」
「そこで出来るだけ、リリアナ様と救世主の一行を連れて移動中であると宿で説明してください」
「はぁ」
「皆様には囮として行動してもらいたいのです。私達は1日待機した上で、明後日の朝、出発し、その日の夕方には王都に入ります。先に王都にある聖地を確保した後、聖地の中に隠れ、皆さんが到着するのを待ってから、王様へ会いに行きたいと考えています」
「なるほど……それは、ファビオ様に襲われた事が関係していますか?」
ようやく、ここまで説明してナバレッテも理解したらしい。
「はい。皆様の命を危険に晒す事にはなりますが……」
「了解しました。命の危険はもとより覚悟です」
これが保険として、王都内で襲われる可能性が減らせればいい。王都内で聖地さえ確保できれば、王様に会うまで引籠る事だって出来るだろう。これでも、不安が無いわけじゃ無いが、今できるのはこのくらいか……
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ナバレッテ達を聖地イエーロの石造りの建物に移動させた後、ロラが先行して出発する事を皆に説明した。
「それじゃ明日は休み?」
「そうだな……休み……って事かな……」
「やったー! 最初の場所に戻って、海に行こう! 海に!」
……という事で、急遽、海に来てます!
ロラとナバレッテ達は早朝に出発済み。途中、ロラの騎士団とも合流してから、王都に6日かけて戻るという計画になっている。俺たちは出発すれば当日中に付けるという事もあって、1日ずらして、王都へ向かう予定だ。
「釣りだー!」
フェロル村の聖地から階段を降り、崖下を通って「私有地 タナカ」の看板を超える。ここは我が家のプライベートビーチだ!
浩太と一緒に竿を持ち砂浜から突き出ている磯から竿を投げ入れる。初心者に毛が生えたような素人なので、そんなにすぐ釣れるかどうか分からないけど……と思っていたら、数分でヒット!
「浩太! 大物だー!」
「お父さん、こっちも!」
浩太の竿にも当たりが来たようだ。二人で必死にリールを巻く。
「おおおお……おお?」
釣り上げました。釣り上げましたが……なんか微妙。
顔の部分だけが大きく、身が細い魚が釣れた。
「これ、食べる所無いよな……」
「こんなの食べたく無い!」
その後、何度竿を垂らして見ても、釣れるのは顔だけの魚ばかり。
1時間くらいで飽きました。魚がスレていないせいか、入れ食いだったのだが、食べれない魚はつまらない。釣ったそばからリリースしていく。
「何も釣れなかったの?」
海辺のパラソルの下で寝ていたひとえの元に戻ると、視線が冷たい。リリースした事を伝えると、
「そう……それじゃ、お肉でバーベーキューにしましょう」
「そうだね、準備するよ!」
ひとえに手を貸し立ち上がらせる。
ひとえは、ヨットパーカーに短パンという姿。
少し離れた浜辺からミントが駆け寄ってくる。
その後ろからリリィとユイカも走ってくる。
「パパ! お腹すいたー!」
「今から作るからー! すぐ出来るよ!」
二人ともひとえと似たような格好だ。
さすがに海で泳ぐほどは暑くないので、水着は誰も着ていない。
……せっかくの水着回が……そんな事を思いながら、料理の準備をする。
神様に言われて強制的に引っ越したこの世界。
海と山のそば! そう言われて、憧れていたスローライフを手に入れられるかなんて期待していたが、ようやく、8日目にして実現したよ!




