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<王国編> 6. 狂気の発芽

 聖ヌニェス軍団第6方面軍長であるモデスト・アニアに、突然の転属命令が下された。


 裕福でもなく、貧乏でも無い、そこそこの貴族であるアニア家の三男として育ったため、早々に彼を軍に身を置く事となった。


 貴族の子弟が軍に入隊する。


 これが意味する事は、その者は、領地を含む財産と貴族としての特権を放棄するという事になる。軍人として、将来に渡る身分が保証される一方、貴族として扱われなくなるため、子供も含めて、以降は平民として扱われる事が確定するのである。増えた王族を降臣させ整理するのと同様に、増える一方の貴族子弟をスリム化する制度として、軍は活用されていた。


 アニアにとって、自分が軍に預けられるという事は屈辱以外の何物でもなかったが、「所詮、三流貴族の家だ」という思いで、これを封じ込め、軍の中での栄達を目指し、あらゆる努力を惜しまずにいた。


 その甲斐あってか、31歳という異例の若さで、方面軍長という地位に就いた。だが、その優秀さゆえに、軍の上層部としては、アニアのこれ以上の栄達は自分達の立場を危うくするという意識を持っていた。

 

「転属ですか?」


 軍長になって3年、聖ヌニェス軍団のトップ、ブランケルに呼び出されたアニアは、突然の辞令に思わず声を漏らしてしまった。


「ああ、君は軍団長直属の部隊を編成し、特殊任務に就いてもらう。これは、今後の軍の発展を左右する最重要な任務であり、方面軍長で一番優秀な君を抜擢させてもらった」


 どう言い繕っても大幅な降格にも等しい人事異動としか、アニアには感じられなかったが、なおもブランケルは続ける。


「アニア隊の配下については、君の方面軍の各部隊から士官を1名、一般兵を4名ずつ選出し計60名の編成とする。選出については君に一任するが、後任の軍長とよく相談するように」


 アニアと同時に呼ばれていた、横にいる50代に届きそうな男が後任なんだろう。

 確かブランケルの親族で、軍団の参謀本部にいた男だ。

 これでは、配下の優秀な人材で自分の隊を構成するといった事もできない。


 アニアは、そんな事をブランケルの話を聞きながら、考えていた。


「了解しました。アニア隊を編成の上、任務に就きたいと思います」


 どちらにせよ、拒否権などありはしない。

 貴族の道を閉ざされた時と同様、ある種、諦観に似た境地でアニアは、


「それで特殊任務とは?」

「この後、直ちにマシアス商会の本店事務所に出頭するように、そこで具体的な説明があるはずだ」

「マシアス……商会ですか?」


 マシアス商会は王都に住んでいるものであれば、誰でも知っている最大手の商会の一つだ。商会を経営するマシアス伯爵も、政治的な権限も強く、この国で政治、経済を握る有力貴族の一角である。

 

「そうだ。マシアス商会だ。なお、軍としての公式命令は、西沿岸部の巡回業務となる。マシアス商会からの指示については、一切、公式記録には残さないものとする」


 売られたのだ。

 アニアは、そう感じた。


 何らかの利益と引き換えに、若いだけでなく優秀な能力を持った自分は、商会に売られたのだ。


 通常の任務であれば、公式記録に残さないといった事は無い。

 また、記録を残せないような特殊性のある任務であれば、専門の部門がある。

 なぜ、軍長という地位にある自分が、そのような任務に就くのか……こんな屈辱……


「任務終了後は、軍団参謀本部への栄転を約束しよう」


 そう話すブランケルの言葉を聞き流しながら、


−− 俺を、この俺を軽く見たな。必ず……必ずこの報いは受けさせてやる。


 アニアは湧き出る泥のような感情を隠しつつ、軍団本部を退出し、言われた通りマシアス商会の本店事務所へ向かうのであった。


----------


 マシアス商会の本店事務所は王都の中央に位置し、4階建ての石造りの建物にあった。アニアが本店事務所の1階の受付に出頭すると、すぐさま、裏口へ案内され、そこから、4階にある応接室に通された。


−− 軍人は裏口からかよ。


 そんな思いを持ったアニアであったが、表情は崩さず、通された部屋で座らずに待つ。それほど待たされずに、2人の男が入ってきた。


「ようこそマシアス商会へ、私が当商会を所有しているのマシアスだ」


 蛙のような風体の太った男が名乗る。

 マシアス商会の所有者であるマシアス伯爵その人である。


「ファビオ・コリーノである」


 もう1人の男が名乗る。


「コリーノと言いますと、王族のコリーノ家の?」

「現当主のコリーノ殿下だ」


 マシアスの紹介に、慌てて、アニアも挨拶をする。


「聖ヌニェス軍団麾下アニア隊を率いるモデスト・アニアです。よろしくお願いいたします」


 ファビオとの面識はなかったが、コリーノ家といえば、現王の直系子孫以外では最高位にある王族だ。そこの当主となると、相当な大物。マシアス伯爵が出てきた事といい、これは、本当に特殊な『特殊任務』という事だろう。


 動揺を悟られないよう、アニアは話を続ける。


「それで任務とは……」

「俺から説明しよう」


 ファビオが話し始めた。


「現在、軍のある部隊が、王より下された任務を果たすべく王族を伴って、北部の村へ移動中だ。その部隊に1日も早く、俺を伴って合流して欲しい。部隊は現在、王族の1人が率いているが、すでに圧力をかけているため、その者は部隊を出奔しているはずだ。そこに合流し、俺がその部隊を率いる」


 どうやら王族の権力闘争に巻き込まれているという事をアニアは理解した。


「了解しました。合流した後、私たちの部隊は何をすれば?」

「特に何もする必要はない。お前たちの部隊は、俺の護衛としてついてきてくれればいい」


「はぁ」


「また、任務達成後、その部隊は当初予定していた王族をサポート仕切れなかった咎で解体される予定となっている。よって、最終的な任務達成の栄誉は、俺と同行したお前らの部隊が受ける事になる」


「そのために、お主達は、公式には沿岸部巡回任務に就く事になっているはずだ」


 任務の途中、たまたま王族が任務放棄をした部隊と接触し、その任務の遂行をファビオと共に助ける。そういうストーリーが組み立てられているという事を、マシアスが説明した。


 部隊の解体……最終的には戦闘も辞さないという事なんだろう。


「その王族の方が出奔するのは確定なのですか?」


「まだ、確定はしていない。万が一、合流したタイミングで出奔がされていなければ、そこで出奔するよう工作させるので心配ない。それでも無理であれば……そのためにお前がいるのであろう」


 その王族とやらが出奔していなければ、出奔させるように更に圧力をかけ、それでも従わなければ、俺の部隊に手を汚させ、その罪を合流先の部隊に着せた上で、その部隊を鎮圧しろという事だろう。


 アニアは、ようやく自分が何をさせられようとしているのかを認識した。

 その中で、慎重に、この任務を遂行するに当たる自分へのメリットを探す。


「ご協力したとして、私は最悪、軍の同胞を討つ事になります。そうなると必然的に私は、例えそれが正義(・・)であったとしても、軍での居場所を失う事になるでしょう」


「それについては心配は無用だ。この任務が成功した暁に、俺は王太子となる」


「殿下、それは」


 慌てて、マシアスが口止めをする。


「気にするな、マシアス。これから長きに渡り味方になる男に情報を隠しても仕方あるまい。俺は俺に報いてくれた人間の恩義を忘れたりはしない」


「恐れ多い話ではありますが、それは、本当の事なのでしょうか?」


 アニアはマシアスに確認を取る。

 その問いかけに、マシアスが少し苦虫を潰したような顔をしながら、頷く。


「俺が王座に就いた暁には、お前の事も近衛騎士として推挙しよう。働き次第では近衛騎士団を任せても良い」


 貴族社会から弾き出されたアニアにとっては望外の地位である。

 近衛騎士になれば、騎士の中でも世襲が認められる準男爵としての地位が約束される。その上、近衛騎士団長を10年以上勤めれば、退任後、男爵として領地を与えられる。


 アニアを見捨てた、父を兄を見返せる。


「わかりました。私の忠誠の全てを、ファビオ殿下に捧げましょう」


 利益がある限り……続く言葉を心の中で噛み殺す。


「その忠誠、受け入れよう」


 ファビオは、言外の意味は十分承知しているだろうか。

 マシアスは明確に、アニアの言葉の裏を把握している。


「ちなみに、その部隊はどこの部隊になりますか?」


 これにはマシアス伯爵が答える。


「聖バリオス軍のクベロ隊が現在、任務遂行中だ」


----------


 クベロ隊。

 隊長は、モデスト・クベロ。


 アニアは、直接の交流は無いものの、モデスト・クベロの事は知っていた。


 自分よりも3つ上、上司部下からも信頼が厚い歴戦の戦士、アニアと同じ名を持つ男。軍の位階としては、元方面隊長のアニアよりも低いものの、その能力と実績は軍全体を通して有名だ。本人が望まないため、部隊長という立場にいるが、望めば、すぐにでも方面隊長の地位は約束されているらしい。


 そして、何より、


「シウラナの英雄……」


「なんだ、知っている奴なのか?」

「はい、名前だけは。多分、今の30代以上の世代に限って言えば、有名な人物です」


 軍を愛し、軍に愛されている男モデスト・クベロ。


 才能が溢れていたが故に、親にも軍にも見捨てられたモデスト・アニア。


 アニアはこの時、面識の無いクベロに対し言いようの無い憎しみを感じた。それは、自分が欲しても得る事のできなかった居場所を持つクベロに対しての嫉妬だったのだろうか……


 アニアの中に狂気という名の種が、クベロという肥料を得て発芽した瞬間だった。

第4章完結です。

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