44.悪あがき
「よーし、とりあえず、夜のモノを外に押し出して、門を閉めるぞ! みんな手伝え」
その声に、住人たちが夜のモノを押し出し始める。
周りで見ている人を合わせると、数千人はいるのだろうか?
先ほどの鐘で街中の人が集まったみたいだ。
ナバレッテ隊は門の外に出て、新たな魔物の襲撃に備え、警戒に当たる。
1時間程かかって、『夜のモノ』の巨体を外へ動かすと、途中で意識を回復した北の門の門番がドアを閉める。
「よし、これで終わりだ!」
「やったー!」
「肝が冷えたぜ」
「もう、こうなったら朝まで飲み明かすか!」
「おい、動くな!」
真夜中にも限らずお祭り騒ぎになっていたオーレンセの街の中央広場を、突然、無粋な叫び声が切り裂いた。
「今、動いたら、こいつを殺すぞ!」
それは、目を血走らせ、剣を片手に人質を取っている、アニアの姿だった。
「え、な、何?」
俺はあまりの事態に驚愕する。
だって、人質になったのは、俺だから。
「誰も動くなよ……救世主様、申し訳ありませんが、ファビオ様と一緒に来ていただきます」
アニアは俺の首に腕を回している。
かなり強めなので、息が苦しいんですが……
「タナカ様を離せ! お前、何をしているか解っているのか!」
リリィが叫ぶ。
「パパ!」
「お父さん!」
子供達が悲痛な声をあげる。
「解っているから、こうしている!」
アニアが絶叫する。
「俺はもう終わりだ。街に『夜のモノ』を率いれてしまた。もう軍には戻れない!」
自分の身可愛さに門を開けさせたのが駄目だったのか……
「こうなれば、ファビオ様と一緒に、こいつを王都に連れて行き、ファビオ様に王になってもらうしか……」
うん? 王になるとはどういう事だ?
「そ、そうだ。でかしたぞアニア。そのままそいつを絶対離すな。俺が王になればお前を近衛部隊の隊長にしてやる」
「はっ、ありがたき幸せ」
ファビオの言葉にアニアが返事をするが、こっちは首が絞まっていてそれどころじゃない。これ、俺、堕ちちゃうよ……すまん、ひとえ……とりあえず俺の事はいいから、子供達の安全を……ん? ひとえがいない。
目だけでひとえを探すと、ひとえは、リリィと向き合っているアニアの視線を避けるようにスタスタと大回りして、広場の中央まで移動し、ファビオの前に立った。ひとえの手にはいつの間にか……
ひとえさん?
「へ、お前は、ひぃ」
その額に向けてピタリと小銃を構える。
ファビオは恐怖のあまり、へたりこんでしまった。
ファビオの左肩に右足を乗せ、
「う、ご、く、な」
低い声で宣言する。目は完全に据わっていた。
本気モードのひとえさんだ。これは、決して逆らってはいけない。
「私の夫に髪の毛一筋でも傷をつけたら、全員殺す」
それは俺が言いたかった台詞……
「ファ、ファビオ様!」
「お、お前ら、動くな」
ファビオを助けようとした部下を、アニアが思わず止める。
それを見て、ひとえがアニアに話しかける。
「あなたが生き残るためにはこの人が必要なんですよね? なら、この人を私が殺したら、あなたはどうするのかしら?」
「え、あ、あ……」
俺を抱えている腕が緩み、向けられていた剣が下がる。
ようやく、これで息がちゃんと出来る。
「ふざけるな。こいつの命がどうなっても……」
力の無いアニアの言葉に、すぐさま、ひとえが切り返す。
「だから、もう一度言うわね。私の夫に髪の毛一筋の傷をつけた瞬間に、こいつを殺す。交渉はしない。そのあと、私と私の家族で、あなたの部下を殲滅する。私達の力は分かっているわね」
その言葉で、ユイカと浩太、それにチコもミントも、ずいっと前に出る。
リリィもナバレッテ達も前に出る。
なぜか、住人の皆様方も前に出た。
「あなたは、自分の命を守るために、私たちがあなたの部下を殲滅している間、私の夫をちゃんと守ってね」
「な、な、な……」
ひとえの交渉は滅茶苦茶だ。
俺を傷つけただけで、この場にいるアニア側の陣営を全滅させると宣言しているのだ。そして、その戦闘中、アニアは殺さないでおくから、俺の身を守れと言っている。
「ア、アニア、そいつを離せ……な、こいつは本気だ……」
「し、しかし」
「アニア! 命令だ! 俺を殺す気か! 今すぐそいつを離せ!」
「は……」
ファビオの絶叫に、ようやく、アニアが俺を離し、そのまま膝をついて空を仰ぎ見ている。絶望しちゃったんだろうな……俺は余計な刺激して、ヤケを起こされないよう、ゆっくりとユイカと浩太のそばに戻る。
「パパ、大丈夫?」
「怖かったよ。漏らすかと思った」
「キモ!」
「さて、それでこの後、皆さんはどうするの?」
ひとえの呼びかけに、ファビオもアニアも返事をしない。
しばらくするとアニアの部下の中から渋みのある青年が前に出てきた。
「ファビオ様とアニア隊長がご無礼を働き、大変申し訳ない。恥を掻きついでに、できればこのまま朝まで、この広場で野営をさせて欲しい。我々も夜のモノの襲撃で犠牲が出ており、このまま街の外での野営は避けたい」
そう言って頭を下げる。
馬鹿な上官を持つと部下は大変だな。
「わかりました……ですって、エレナ、どうするかは街のみんなで決めてね」
「あ、それなら、うちのホテルで皆様、おやすみください。幸い、今晩は誰も泊まっておりませんので」
ひとえの話に、『ホテル エルモッソ・ペイサヘス』の受付の人が提案をする。まぁ、元々、お金も支払済だし、ここでファビオに恩を売っておいた方が、プラスになると踏んだのかな。
「それなら、それで。あなた方もそれでいい? あと、明日、私たちはこの街を出ますが、その際も、余計なちょっかいを出さないようにしてね」
「それは勿論。私たちは、たまたま、こちらを巡回していた部隊です。ですので、クベロ隊はクベロ隊の任務を続行いただければ構いません。私達も、予定通り、沿岸部を巡回して首都に戻りたいと思います」
この場を収めるために、そういう事にしたいという事なんだろう。
これについては俺たちは口を挟めないが……
「ナバレッテさん、リリィ、これでいいか?」
「はい、私は構いません」
「そうですね。今のところは、それでいいでしょう。ただ、うちの軍団長にはきっちり報告させていただきます」
ナバレッテは、やはり相当恨んでいるんだね。
「それでは、今夜は色々とありましたが、子供達の教育にも良くないんで、私たちは眠らせてもらいます」
そう言って、ひとえは子供達を促す。
「おやすみー」
「おやすみなさい」
「ひとえ、ありがとう」
俺はひとえに声をかけると、ひとえは俺の腕をぐっと掴んで、
「よかった、今度はちゃんと守れた」
少し震えている。
ごめん、フェロル村から、ひとえには心配かけっぱなしだ。
優しく肩を抱き寄せると、こちらに身体を預け、ひとえは、そのまま嗚咽を漏らす。
それを見て、エレナが駆け寄ってきて、耳元に口を寄せ、
「いい奥さんですね。大切にしなきゃ」
と囁いていった。
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翌朝、少し遅めに起きると、宿屋の食堂に、この街の領主と名乗る人物が待っていた。
「昨晩は、本当にありがとうございました。街を代表してお礼を申し上げます」
「いえいえ、こちらも襲われたので、対応しただけです」
「本来は、街を上げて感謝をさせていただく所なのですが、少し問題がありまして……」
いや、そんな大袈裟な事しなくてもいいんだけど、問題とは?
「ファビオ様とマシアス商会の事があり、できれば今回の事は王都に知られないよう、この街だけの話として収めさせていただきたいのです」
「彼らには、そんな力があるのですか?」
「はい。マシアス様はともかく、マシアス商会に目を付けられると、この街への交易そのものが止まりかねない状況でして……」
圧力がかかるって事か。
「わかりました。それほど気にしなくていいですよ。私たちも、大袈裟な事になるよりは、そっとしておいていただいた方が……」
「街を救っていただいた皆様には、必ず機会を見て、公式なお礼の機会を……その先渡しと言っては大変失礼なのですが、是非、これをお納め下さい」
そう言って、領主は布袋を俺に差し出した。
これは、お金?
「これは、街の予算ではなく、私の私財から出しているものですので、マシアス商会に知られる事もありません、是非、お納め下さい」
「そうですか。それでは遠慮なく頂戴いたします」
一度は遠慮すべきだったかな?
でも、この世界の通貨、全然、持っていないし。
フェロル村の村長にもお金を返したいし……
「この後はどうされるのです?」
「はい、一度、フェロル村に戻った後、王都を目指したいと思います」
「それでは、是非、またこの街にお寄りください。その時は色々とご案内させていただきます」
「ありがとうございます。ただ、次はここで泊まらず、先へ進む事になると思いますので、それは帰りにでも……」
「わかりました。ご案内は改めてその時に。どうかお気をつけて、それでは良い旅を」
そう言って深々と頭を下げた領主に対し、俺も頭を下げる。
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「それじゃ、行きますか」
もうお昼前くらいの時間だったが、聖地を使ってフェロル村にショートカットするつもりなので、十分間に合うだろう。
「おじさん、奥様、また是非いらしてくださーい」
エレナが手を振る。
ナバレッテ達の部隊、フェロル村の子供達を含めれば、50人近い大部隊になってしまった。
中央広場では、アニア隊も出発する所だった。
どうやら彼らも昨日の約束通り、沿岸部を回るらしく、北門の方へ向かっている。一瞬、緊張が走ったが、昨日の渋みがある青年が先頭で隊列に止まるよう指示を出し、こちらに頭を下げたため、俺たちも、軽く頭を下げ、そのまま静かにすれ違った。
隊列の中央に馬車があったが、その窓は固く閉ざされていた。ファビオとアニアの姿が見えなかったので、きっとその中にいるのだろう。まぁ、俺たちに合わせる顔も無いか。
俺たちは広場を左に折れ、東門から外に出る。東門の門番が涙目で見送ってくれた。今度、来た時は必ず飲もう。俺は杯を飲むジェスチャーでそう伝え、門番は笑顔で頷いてくれた。
この後、20時(4章最終話)、21時(王国編)をアップします。




