43.戦闘
階下に降りると、すでに誰1人残っていなかった。
ひとえ達も、外に出たみたいだ。
「外に出て、広場まで行ってみよう!」
「はい……え、きゃー!」
その声にオープンテラスの方を見ると、ちょうど建物を覗き込むようにしていた、『夜のモノ』と目が合ってしまった。
早い?
ここへ降りてくる前は、まだ門の所にいたぞ。
『夜のモノ』は、顔だけで、俺の身長よりも大きい。
一つ目がこちらをじっと見つめ、口からは牙が覗いている。その奥の口腔は真っ暗だ。ヨダレが出ているような事もなく、牙がなければ、無機質な穴にしか見えない。
「チコ、こっちへ……」
少しでも距離をとるべく、食堂の奥へ逃げ込む。
『夜のモノ』の口の奥から青黒い舌のようなものが1本、こちらに伸びてきた。
「う、うわー」
1本とはいえ、うねうね動いて近づいてくる。まるで触手だ!
おっさんに対しての触手攻めは勘弁してくれ。
慌てて、テーブルを倒して、バリゲードにするが、触手はそれをうまく避けて、こちらへ伸びてくる。
「来るな! 来るな! 来るな!」
「きゃー! 来ないでー!」
喰われたりしたら、自宅に戻っても復活できないかもしれない!
俺は、恐怖にかられ、それでも、チコを背中に守りつつ、手近にあった椅子などを触手に投げて無駄な抵抗をしていた。
「タナカ様ー」
救いの声が響いた。
リリィがオープンテラスから飛び込み、触手に向かい剣を振る。
ダン!
硬いゴムを叩いたような音がして、まさに俺に届こうとしていた触手の動きが止まる。見た目より弾力があるのか、剣は弾かれた。
「くそ、斬れないか!」
それでも斬り付けられたという自覚があったのか、触手が俺から離れリリィへ向かう。リリィは向かってきた触手を剣で払うが……
「くそ、斬れない! うりゃ、うりゃ!」
勝負が全く着く気配が無い。
職種はリリィの周りをウネウネと動くだけで攻撃を仕掛けてこない。リリィは、防御力だけだと、攻撃してもらわなければ打つ手が無いもんな…
「あなた、大丈夫!」
「パパ!」
「チコ!」
ひとえ達もやってくる。
「タナカ様、奥様、どうしましょ、これ……」
リリィが剣を止め、困ったように聞いてきた。
「あ、やばい! リリィ、もう1本出てきた!」
「え、え、あ、わー」
夜のモノの口からもう1本、触手が出てきた。
やっぱりあれば舌じゃなくて触手だったのかな。
それだけでは済まなかった。
さらに、触手は増え続け、結局、6本の触手が口の中から出てきたのだ。
「タ、タナカ様、ど、どうすれば……」
「リリィ、待ってて、火を出してみる」
ユイカが、手を前に突き出して。
「火! 火! 燃えろ! ファイアー! ファイアーボール! 燃えて! 出て!」
「ユイカさん、がんばれ!」
「お姉ちゃん!」
浩太とミントの応援を受けながら、一生懸命、やっているが、あれじゃ出ないかなぁ…
「あ、危ない!」
ウネウネと動いていた触手が突然素早い動きでリリィの左腕を……
「くそ!」
リリィが掴まれた腕を引き抜こうとして……あっさり、引き抜ける。
「あれ、掴まっていない?」
今度は両足同時に掴まれ……すぐ様、引き抜かれる。
「リリィ、多分、防御が効いているので、触手に掴まれないんだ!」
「わかりました!……よーし、これなら!」
これなら?
これなら、どうするんだリリィ?
「えい、やー! うおーりゃー!」
あんまり状況が変わっていないが……
リリィがいくら斬ってもダメージを与えられず、触手がリリィを捉えようとしても、掴むことすらできず……
先に痺れを切らしたのは、夜のモノの方だった。
触手が一斉に口の中へ戻ると……今度は先端を尖らせた槍のようになって、リリィに物凄い速度で向かっていった。
「リリィ!」
俺の叫びを聞くまでもなく、リリィは気がついており、自分に向かってきた触手を剣で受けようとする……が、剣は砕かれた。
「くっ!」
剣を砕いた触手はそのままリリィを貫く……事なく、爆散した。
「わー」
「やだー!」
爆散した触手を浴びたユイカと浩太が悲鳴をあげる。
叩くと落ちているので、まぁ、大丈夫だろう。
「オォォォォォォ!」
『夜のモノ』は咆哮を上げ、顔が少し後ろに下がる。
「今のうちに外へ!」
ひとえの声に、俺たちは宿の外に出る。
「リリアナ様、救世主様、こっちです」
外では、ナバレッテ達が夜のモノを遠巻きに取り囲んでいた。
俺とチコは慌てて、その後ろまで逃げ込み、振り返る。
「蛇?」
夜のモノの姿が見える。
顔の下は首のように細くなった後、再び太くなっている。
そこまでは、人型の顔、首、肩のようだが、腕に当たる部分はなく、肩の幅で胴体がうねりながら門の外まで続いていた。だが、皮膚の質感は真っ白ではあるが人間の肌のようである。
「タナカ様とチコは、もっと後ろの方に」
「ああ、わかった」
リリィの指示に従おうとした時、
「リリィ! 危ない!」
「え、あ、わー」
一度下がった夜のモノが、その位置から、また触手を伸ばしてきた。
今度は、同時に沢山の触手を出し、それで球体を作って、リリィに触れない様に、リリィを包みこんだ。
「あ、だ、出せー、え、え、うわー」
球体になった触手は、リリィを持ち上げ、ゆっくりと口へ戻り、そのまま、飲み込んでしまった。
「え、リ、リリィ!」
「わー、リリアナ様ー!」
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いかん、防御力がいくらあるとはいえ、食べられてしまって生きていられるのだろうか?
「パパ、どうしよう! リリィを助けないと」
「あなた、何か方法は? 小銃で撃ってみる? あー、手榴弾を持って来れば……」
「救世主様、リリアナ様を……」
皆が口々に、一番最後列で守ってもらっているはずの、俺を見る。
ナバレッテ、あなた軍人でしょ、何とかならないのか……と思って、ナバレッテを見ても、彼が一番、俺の事を頼りにした目で見ている。
「パパさん、任せて!」
突然、ミントが駆け出した。
「え、ミント?」
ミントは猛然とダッシュをして、そのまま、『夜のモノ』の口の中に自分から飛び込んでしまった。ミントが飛び込んだのに気がついたのか、『夜のモノ』が体を起こす。
「みんな下がれ!」
子供達を後ろに下げようとするが、
「わー、ミントー」
「浩太、駄目」
浩太が駆け出そうとし、それを、ユイカが止める。
ひとえは、刀を中段に構え、
「私が、ちょっとやってみる」
そう言って、ゆっくりと警戒しながら『夜のモノ』に近づく。
「あれ?」
ユイカに押さえられていた浩太が声を出す。
「あいつ、動かなくなった?」
「あれ、本当だ……ママ、あいつ動いていない」
ユイカもひとえに声をかける。
「そうね……」
警戒したまま、ひとえも足を進める。
確かにさっきまでウネウネと動いていた『夜のモノ』の体が、上半身? を、直立したまま動きを止めている。
ひとえは、あと1、2歩で斬りつけられる、そんな所まで近づいたが、やはり動く気配が無い。
「これ、斬りつけてみてもいいのかな……あれ?」
「どうした?」
「カズト、ちょっとこっちに来て、声を聴いてみて」
ひとえに呼ばれたので、ビビりながらも夜のモノに近づく。
改めて近くで見るとデカイ。立ち上がっている部分だけでも10メートル以上はありそうだ。蛇のような体の先は、夜の闇の中に溶け込んでいて、先がよく見えない。
とりあえず、ひとえに言われた場所で、耳を澄ます。
ん? あれ?
「これ、ミントの声だよね?」
「ああ……そうだね」
『夜のモノ』の体が肩のように拡がっているあたりから、ミントらしき、
「パパさん! ママさん! ここです! ここだよー!」
という声が聞こえた。
「えーと……」
そう言いながら、ひとえが刀をしっかり持ち、
「この辺かな?」
「プスリ」
「あ、入った」
「おい!」
声のした辺りに刀を差し込んでしまった。
動き出すんじゃないかと、数歩下がってしまったが、ひとえはそのまま、
「お、あなた、これ、斬れそうだわ」
そう言って、ひとえは、ノコギリみたいな要領で、円形に切っていく。
3/4くらいの円が出来た時……
「どっせーぃ」
との掛け声で、その円が内側からドアみたいに開いた。
「はー、出れました」
「ママさん、ありがとう。パパさん、ただいま!」
円になっていた部分を正拳突きで殴ったらしいリリィと、その足元で尻尾を振っているミントが出てきた。
どちらも全くの無傷だ。
どうなっているんだ、これ?
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「多分、これ死んでいるね」
エレナが確認した。
その声に、住人の歓声が上がる。
リリィが出たあと、俺たちは、警戒しながらも、つついてみたり、ひとえに渡した刀で斬りつけてみたりしたが、『夜のモノ』は無反応だった。その様子を見ていた街の住人も『夜のモノ』に近づき、勇気がある者はペタペタ触ったり、蹴ってみたりと色々していた。
最後にエリナが色々、観察をしてみた結果、もう死んでいるだろうという事になった。
「ああ、やっぱり死んでいるよな」
「すごい、奥様! 奥様が『夜のモノ』を討伐しました!」
ナバレッテが宣言した。
どうやら、周りから見ていた人達には、ひとえが刀で急所を刺したとでも思われているみたいだ。
「ち、違うから。私がプスリと刺した時には、死んでいたから……」
……という声も、周りの喧騒が激しく、通らない。
ナバレッテ隊のみんなは、剣を捧げんばかりの勢いで感動をしていた。
「ミント、どうなったの?」
ミントを抱き上げ、中の状況を確認してみると……
「僕が飛び込んですぐ、動きが止まったので、その時には、もう死んでいたみたいだよ。結構、奥まで行ったら、リリィがウロウロしていたんだ。それで、僕が出口まで案内しようと思ったんだけど、あそこで登り道になっちゃったんで困っていたんだ」
という事は、ミントでも無いのかな?
「私は触手に包まれたまま、結構体の奥まで連れ込まれ、そこで放り投げられました。その後、ドロドロとした粘液みたいなものが周囲から大量に出てきたのですが、それが体に付くたびに、もの凄い勢いで跳ね返って……というのを繰り返していたら……いつのまにか、何も動かなくなっていて……」
えーと、それは胃液を攻撃と判断して、防御力のお釣りで倒しちゃったって事かな。
ちょっと説明に困りそうなので、ひとえの刀で倒したって事にしよう。うん。




