37.コンポステーラ
(オーレンセ到着の前日)
===== Hitoe =====
馬車が泊まった。
カズトが生きている。私の言葉に安心したのか、子供達はいつの間にか眠ってしまっていた。
私も緊張が緩んだせいか、すこしうとうとしていたようだ。
馬車の隙間から入ってくる光からするとまだ明るい。ここで休憩だろうか。
側面についている小窓を少し開けると、隣を歩いていた黒い鎧を着た初老の男と目があった。
結構な距離を進んだ気もするが、鎧を着てここまで歩いているというのは、この世界の人間の体力はすごいな。私達が軟弱すぎるんだろうか……
「休憩ですか?」
目があったので、その男に話しかけてみる。
命を奪う事になってしまった黒い鎧の男達の仲間なので、話はしてくれないかな……と思ったが、
「はい。今、先触れの騎士を、この先の街、コンポステーラに向けて出しました。騎士が戻るまで、ここで待つ事になります」
「少し、外に出ても? 子供達もトイレとか行かせたいのですが……」
「ああ、大丈夫ですよ。少々お待ち下さい」
初老の男は、そのまま前方へ移動し、しばらくしてから戻ってきた。
「1時間くらい、ここで休憩するそうなので、外に出ていただいても構いません」
そう言って馬車の扉を開けてくれた。
子供達は寝ているので、とりあえず私はミントを抱きかかえながら外に出てみた。
フェロル村を出てしばらくは沿岸部を進んでいたが、いつの間にか内陸の方へ向きを変えていたらしい。
あたりは草原のような場所で、所々、木が生い茂っている。
「このあたりは魔物は出ないのでしょうか?」
「さっきから、見かけはするのですが、この大人数ですしね。特に近寄っては来ていません」
「危険は無いのですか?」
「はい、この規模の隊列を組んでいれば、好戦的で大型な魔物が出ない限り、大丈夫です。もし襲われても、救世主の皆様は、我々が命を懸けて守り抜きます」
「ずいぶん、優しいのですね」
「辛い行き違いがありましたが、我々はそもそも皆様をお迎えする為に、ここに来ていますので……」
夫を殺されかけた私達と、4人の人間を殺された兵士側の関係としては、随分、緩い気がする。
「その割には、最初は酷い扱いだったと思いますが?」
そう言うと、初老の男は少し小声になって、
「クベロ隊長が全体を指揮をしていれば、こんな事にはならなかったのですが、途中からファビオ様がいらしたので……一番の問題は、アニアの野郎ですが……」
「隊長?」
「ええ、フェロル村で焼死されたクベロ隊長です。隊長は今回の任務も、そもそも乗り気ではなかったですし、リリアナ様に対しても、どう接していくか、最初から随分、頭を痛めてました」
こちらの印象としては最悪な相手だったが、話をしている雰囲気からするとまともそうな感じだ。
「その件については、私もなんていっていいか……」
「いえ、任務中の死亡事故は、軍の仕事では多いので、私に関しては、そこは割り切っています。とはいえ、魔物討伐中ではなく、お迎えに行った救世主様に殺されるとは、思っていなかったでしょうけど」
苦笑している姿を見て、こちらも対応に困ってしまう。
「はぁ」
「ただ、若い者の中には、そう考えろと言っても難しい者もおりますし、あの場にいた者も、怒りを抑えられなかったんでしょう……本来はお客様として迎えるべき、ご主人に向けて剣を向けてしまった事を、クベロ隊を代表してお詫び申し上げます」
やはり、何か話が噛み合わない。
私達は、迎えにきた軍とやらに歓迎されていたはずだった……と言う事だろうか?
だが、私が見た姿は、リリィを殴りつけ、その後、斬りかかろうとしていた兵士の姿だ。そして、私の立っていた位置に矢を射かけ、リコに傷を負わせた軍の姿だ。
「お話を聞いていると、私の抱いていたクベロ隊長という方の印象とはかけ離れているのですが、なぜ、彼はリリアナ……様? を殴りつけ、さらには斬り殺そうとしたのでしょうか? それさえ、なければ私達も、もっと違った形で接する事が……」
「あいつらのせいですよ」
初老の男は、私達の馬車の前に止まっている馬車に視線を向ける。
「あいつらさえ出てこなければ、隊長だって……結局、リリアナ様を追っていった2人も戻ってきてはいません。私だけじゃ、この先、クベロ隊を抑えきる事が出来るかどうか……」
リリィが反撃したのかな。夫が無事だという確信がさらに強まる。
しかし、この男が、これだけの部隊の責任者って事は、この人、偉い?
そう考えた私の視線に気がついたのか、
「あ、申し遅れました。フェロル村で隊の隊長と副官が殉職された事で、先任士官として現在、隊を預かっていますナバレッテです。ただ、先任と言っても、ただの事務屋なんですけどね……困ったものです」
「ここにいる人達がクベロ隊って事でしょうか?」
「いえ、半分以上はアニアが指揮するアニア隊です。本当は我がクベロ隊の任務のはずが、途中でファビオ様とアニア隊がしゃしゃり出てきて、挙句に、我々を脅すような事を……すみません、これ以上は身内の恥なので、やめておきますね」
だいぶ言いたそうな感じだったけど、そう言い残して、近くでたむろしている兵士たちの方へ向かっていた。ストレスが随分たまっている感じね。
でも、思いがけず内情を知る事が出来た。
ナバレッテと立ち話していても、誰も咎めるものがいないという事は、連行されているというより、本当に首都へ送り届ける任務だという事なんだろう。
実際に交戦してしまっているので、全員が味方という訳にはいかないだろうが、全員が敵という事でも無いという事は、この先、夫と合流できるまでの子供たちの安全を考えると、良い材料。
そう言えば、リリアナ様ってリリィは呼ばれていたね。
「浩太、リリィがリリアナ様って様付けだったんだけど、村でなんかあったの?」
「うーん、なんか王族がどうのこのって言っていて……でも、わかんないな」
それだとわからないわね。
「リリアナ様は王族ですよ?」
「え?」
チコが目を覚ましたみたいで、教えてくれた。
「チコ、大丈夫?」
浩太が健気に気を使う。
「うん、まだ痛いけど、大丈夫。ポーションが効いているみたい」
「チコ、リリィが王族ってどういう事?」
チコに説明してもらった。
これはびっくり。
リリィは、この国の王女様だったのね。従士扱いにして欲しいというのと、面白い人柄だったので、村のみんなは対等に扱っていたらしい。
しかし、色々とキナ臭くなってきたわね。
私は、小銃を、そっと撫でた。
----------
馬車は先触れの騎士が戻ってきて、すぐ出発した。
コンポステーラの街は、だいたい1時間くらい馬車に揺られていたら、ついた。
広場みたいな所で降ろされ、宿の中に案内された。
私たちの護衛としてナバレッテ、ファビオの護衛として、アニア、アニアの部下が数人、あとファビオの直属なのか甲冑を着た騎士が2人、これだけを残して、ほとんどの兵士は街の外で野営するらしく、街には入らなかったみたいだ。
私たちは、宿の2階の部屋に案内された。
ファビオが反対側の部屋へ入る。
その後ろに、村の子供達が付いていく。
あいつ、そういう趣味か? あの子達、変な事されていなければいいのだけれど……
「食事は下でなされますか? 外でされますか?」
案内をしてくれたナバレッテが、食事に付いて聞いてくる。
「外へ行ってもいいの?」
「はい、私とアニアの部下が護衛に付きますので、街の中であれば大丈夫ですよ」
外へ行けるなら外へとも思ったけど、アニアの部下もついてくるという言葉に、
「部屋に持ってきてもらう事は出来ますか?」
「大丈夫だと思います。手配いたします」
結局、部屋に引き篭もる事にした。




