31.牛
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「リリィ、道はこっちで大丈夫なんだろうな? 」
俺の腰に捉まっているリリィに話しかける。
俺達が乗っている小型のバギーは二人乗りを想定していないようで、大きめの単座に密着して乗るしかなかった。
背中に当たる感触に、役得……
などとは一切考えず、ひたすら家族を助けるため、アクセルを押し続ける。
結構、親指が疲れるな……足で踏むアクセルの方が簡単だね。
「大丈夫です! 山の方と言っても、それほど内陸に入る訳ではありません。ちょっとした丘陵を抜ける感じになります!」
20分ほど経過し、リリィの言う通り、見通しの良い丘陵地帯に到着した。
道の両脇は低い潅木が茂っており、これだった、安心して進めそうだ。
「ここなら、頭上からスライムが襲ってこないな」
「はい! スライムは大丈夫です」
リリィが笑顔で応える。
「えーと、リリィさん、スライムじゃないのは、何が出ます?」
「そうですね……この辺で出没する魔物でしたら、牛が多いでしょうか?」
牛か、それって、顔は牛だけどって奴じゃないよね?
「いえ、普通に四つ足です」
「普通……なんだよね?」
「そうですね。魔物としては一般的なタイプですね」
「大きさは?」
「2階建ての建物くらいでしょうか?」
やっぱり。
「ただ、草食の魔物なので、人間を襲う事は稀れなんです」
スライムの時もそういう話を聞いていたけどね。
「大丈夫ですよ。近くで大きな音とか立てたりしなければ、ほら、話をすればあそこに……」
道からだいぶ離れた所に、1頭の牛が見えた……でかい。
「よし、刺激しないように、そぉっと行こう、そぉっと……」
「そうですね。そぉっと行きましょう」
アクセルを親指でそぉっと押す。
ブロロン!
あ、そぉっと押しても、エンジン音は変わらなかった。
「タナカ様、気がつかれました。こっちに来ます!」
アクセル全開!
横を見ると、こちらと並走する様に2階立ての牛がついてくる。
でかい割に結構なスピードだ。
「リリィ、お前、降りろよ! 無敵だから牛くらい大丈夫だ!」
「ははは。タナカ様、冗談はやめてください」
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結局、牛は5分ほど並走した後、諦めたように立ち止まった。
「牛の場合、実際に襲ってくるケースは少ないんですよ」
「へー」
「なので、牛を討伐するようなケースは、流通に影響が出るような時だけですね」
「そういう時に討伐隊が?」
「はい、軍を中心とした討伐隊が組織されます」
「へー、それってリリィみたいな従士も参加するの?」
「いえ、私はシエロ男爵家の騎士団に所属しておりますので、軍とは本来関わりありません。今回、聖地に向かうに当たって、お恥ずかしながら、私の家では騎士団を複数編成する事が出来ず、ヒメノ家では私だけ、軍の協力を仰ぐ事に成ったのです」
「だから、仲が悪かったのかな?」
「どうなんでしょう……私の方から格下の従士として扱って欲しいと最初に言ってしまっていたので、変に気を使わずに、ずっと、その通りにしてくれているんだと思っていたのですが……」
まさか、殺されそうになるとは思わないよな。
せっかくなので、他にも色々聞いてみた。
「騎士団と軍はどう違うの?」
「軍は国家に仕え、国家の治安維持と魔物討伐を担当しています。騎士団は騎士団の主に仕え、主家を護る事と、外征や、領地防衛を担当しています。騎士団は王族が編成するものと、貴族が編成する公設騎士団と、商家などが編成する私設騎士団が存在します」
「リリィは王族なのに貴族の騎士団に所属しているんだ」
「はい。王族と言っても、年内には臣籍に降る事が内定していましたし、ヒメノ家には母が違う兄が2人いましたので、私まで回す年金も無いんです。だから降臣後、自活して行くためにシエロ男爵家で修行をしておりました。最終的にどこかの貴族か王族に認めてもらえれば、騎士になれます。そうすれば、最下流ですが貴族扱いになって、将来、貧乏でも安定した暮らしが出来ますしね」
「降臣ってどういう事?」
「王国は歴史が長いので、王族が沢山いるんです。なので、定期的に王位継承権の低い一族は、臣下に身分を変えます。その後、20年は年金が支給されるのですが、その20年の間に領地を開拓するか、商人の道にでも進まないと、生きていけません」
王族や貴族って言っても、先立つものが無いとダメだって事なのか。
「はい、王族と言っても、生きていくのは、結構大変なんです」
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「タナカ様、また牛です!」
しばらく行くと、道の正面に牛が1頭……バギーを止める。
「珍しいですが、子牛の様です」
いや、俺の感覚では十分、デカイんだが……
「来ます! 私にお任せを!」
そう言ってリリィが牛に向かって走りだす。それを見て、牛も走りだす。
そのまま剣を構え振りかぶり、牛と正面衝突……斬らないのか!
リリィはそのまま10メートル以上吹き飛ばされ、道の上を転がり、そして、立ち上がる。牛の方は……リリィを吹き飛ばした後、数歩進んで、そのまま倒れた。
リリィは無傷のようだし、これでいいのかな?
剣の意味、なかったね。
「騎士を目指す以上、剣は手放せません!」
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順調にバギーを走らせた。
途中、何度が小川を超えたが、全て都合よく橋がかかっており、バギーを乗り捨てる必要もなく進めた。
フェロル村の規模を見る限り、こんな人通りも少ない道が荒れる事もなく維持されていて、なおかつ、木で出来た橋が腐り落ちる事なく残っている事に違和感を感じた。
「リリィ、どこの道もこんな感じか?」
「こんな感じとは?」
「あまり人通りも無いわりに、道には雑草などが生えていない」
「道に雑草が生える訳無いじゃ無いですか」
はい?
「道に雑草なんて生えたら、道じゃなくなりますよ」
「へー」
この世界は、そういう仕様だと思った方がいいんだね。




