<王国編> 5. モデスト・クベロ(2)
「隊長、あのお姫さん、なかなか根性が座っていますね」
ラモンからの報告に、クベロが顔をしかめる。
従士とはいえ、所詮は王族、軍の行軍速度についてこれる訳がないと高を括っていたのだが、シエロ男爵家で鍛えられていたのか、淡々と付いてくるではないか。
「むしろ、意地になっていつもよりもペースを上げているので、こちらの部下の方がへばっている奴もいるくらいですよ」
こんなクソみたいな任務に……心の底にそういう思いがあるため、さっさとリリアナが任務を放り出して帰ってくれるのを、クベロは期待していた。わざわざ、フェロル村まで行く事は無い。リリアナが任務を放り出した時点で首都に戻り、報告をすれば通常任務に戻れる…
だが、そんなクベロの思いは裏切られ、既に半分の道程は超えていた。
行軍以外でも、従士として扱う事で、男でも根を上げてしまうような扱いをしているはずなのだが、必死についてくる。日数も重ねた事で、情も湧いてきており、今や、クベロ達の方が罪悪感で押し潰されそうな状況に陥っていた。
「待たれよ!待たれよ!」
そんなある日、クベロ部隊に馬に乗った騎士が駆け寄ってきた。
「行軍停止!」
マシアス家の伯爵旗を掲げる騎馬に、部隊を停止させ、クベロは騎乗の兵士を迎える。
「王族であるファビオ・コリーノ殿下が、貴殿らの部隊に続いております。故あってコリーノ家の家旗を掲げる事ができず、マシアス伯爵旗を掲げておりますが、間もなく追いつきますので、しばしお待ちくだされ」
「はぁ」
そう言われ、少し待っていると2台の馬車を伴った軍の隊列が追いついてきた。
クベロは馬車の中に通された。馬車の中には座っている男はファビオと名乗り、自分達もフェロル村まで帯同すると言いだした。
「どういう事でしょう?」
「我が叔父であるマシアスから、そなた達の事は聞いてたが、此度は重要な任務と云う事で、心配になってな。俺自ら、アニアに頼み、部隊の増強をしてやろうと、ここまで来たのだ」
その言葉に、ファビオの隣にいる男が挨拶をする。
「聖ヌニェス軍団麾下のアニア隊を率いる、モデスト・アニアです。同じ名を持つクベロ隊長の噂はかねがね聞いております」
軍団長麾下の部隊長が俺みたいなただの下士官を知っているとは思えないな…そう、クベロは感じたが、顔には出さず、黙って頭を下げる。
「軍における立場は私の方が上になりますが、我々はあくまでも貴殿の部隊の増強に来たというだけですので、指揮権は引き続き、クベロ隊長にあるものとお考えください。なお、ファビオ殿下の護衛については、こちらで担当させていただきます」
「ご配慮ありがとうございます。それでは、リリアナ殿下を早く任地へ送り届ける必要があるので、行軍を再開したいと思います」
「おお、そうだ。ヒメノ家の長女がいるのであったな。今夜にでも挨拶に来るよう、伝えておいてくれ」
「……わかりました。後ほどご挨拶に伺うよう、お伝えします」
指揮権はこちらに……というのも、早晩、ひっくり返されるのだろうな……そんな事を考え、クベロの心はさらに鬱々とするのであった。
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「クベロ隊長、リリアナ殿下は、まだ音を上げないのか?」
フェロル村が近づいてくるに従って、アニアからの言葉が直接的になってきた。
もはや、ファビオやアニアは、リリアナの排除を目的に追いかけてきたという事を隠そうともしなくなってきた。
「お前の部下に、夜、寝込んでいる所を襲わせるとか?」
「そんな事をすれば、軍紀を乱したと、私がそのものを処分しなければなりません」
「実際にせずとも、未遂でも」
「未遂でも同じです」
クベロは、いくら任務とはいえ、犯罪行為に及ぶような事でリリアナを追い出そうとまでは考えていない。クソみたいな任務を引き受けたが、そこまで外道に堕ちようとは思っていなかったのだ。
「これまで通り、厳しく当たっていれば、そのうち……」
「そのうち、そのうち……そのうちとはいつの事かね?」
だったら、自分でやれよ。
そういう思いが日々募り、軍人本来の任務とは……と、自分達の存在意義すら疑い始めていた頃、一行はフェロル村へ到着した。
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「結局、1か月経過してしまったな、クベロ隊長」
ファビオから、アニア経由で毎日のように状況報告を求められていたが、ついに、クベロを直接呼び出した。それでも1か月は、よく堪えた方だろう……そんな事を考えながらファビオの前に立つ。
「はい、申し訳ありません」
「リリアナはなぜ音を上げない」
「は、考えうる限りの嫌がらせは続けたのですが、いっこうに音を上げる気配がありません」
クベロ達の方は、とうに音を上げている。
クベロの言葉を聞いて、アニアがファビオに進言した。
「一旦、リリアナを残して引き上げましょう、一人っきりになれば事故も起きるでしょう」
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村を一時引き上げる際、ファビオは身の回りの世話をするためと言って、12歳から14歳の男女を徴用した。リリアナに対しては首都にて速やかに解決しなければならない問題が発生したため、一時帰還すると言い残し、リリアナだけが任務を継続するよう指示をし、クベロ隊とアニア隊の混成部隊はフェロル村を後にする。
ファビオは村まで1日程度離れたの沿岸部にある宿場町で宿を取る事にしたため、クベロ達も宿場町の迷惑を顧みず、町の中で野営をした。町で待機している間、何らかの工作をアニア達がしているようであったが、ついぞリリアナが事故にあったという報は届かず、その日が来た……
「クベロ隊長! 早馬が届き、聖地に救世主が現れたと……」
疲れた様子のアニアがやってきた。
「はい、先ほど、リリアナより早馬が届きました」
「そうか……クベロ殿、こうなっては仕方が無い。至急、フェロル村へ赴き、リリアナを斬れ」
「はぁ?」
「リリアナに救世主様をお迎えさせる訳にはいかない!」
アニアの目が狂気じみてきた。
「そんな事出来る訳無いでしょう! 相手は王族ですし、そもそも何の罪も!」
「クベロ殿、私は貴殿の考えを聞いている訳では無い。これは命令しているんですよ」
「指揮命令権はこちらにあると!」
クベロが建前であったと理解しつつも抵抗するが……
「従っていただけないでのあれば、王族への反抗とみなし、貴殿の部下の命も、それにフェロル村から連れてきた子供達も処分させていただく」
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クベロは、フェロル村にサンスとラモンを残し、ラモンの配下を引き連れて聖地へ向かった。最悪、クベロの暴走という事で、サンスやラモンに咎が及ばないようにと考えての事だった。
「リリアナ、任務は終了だ! このまま首都へ帰れ!」
「クベロ隊長、これは私が必ず全うするよう仰せつかった王命です!」
リリアナの元に赴き、任務放棄をクベロが勧める。
救世主と思ってきてみれば、子供が2人いるだけだ。
「お前への命令は撤回された!」
「信じられません。女王が私からの土産話を待っていると…」
言葉を変えなんとか意思を曲げさせようとしていたが、とうとう涙目で反論するリリアナの姿を見て、罪悪感に耐え切れず、クベロは思わず拳で頬を殴りつける。
−− 馬鹿野郎! 今、逃げてくれないと、俺はお前を殺さなきゃなんないんだよ!
だが、クベロの拳に乗せた思いが強すぎたのか、リリアナは気絶してしまった。
部下に介抱するよう指示をし、少し頭を冷やそうと、クベロは後ろを振り返った。
「「あっ」」
クベロは、犬を連れた40代くらいの色の白い男と目があった。
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色白の男が救世主だった。
村へ連行しながら、何とかリリアナを逃す算段を立てていたが、突如、スライムに襲われ、部下を2人、失う事になった。
−− こんなクソみたいな任務で……
なぜ、こんな事になったという悔恨の念が湧き上がる。
−− もういっそ、リリアナを斬るか……
フェロル村に着いた時点でクベロは追い詰められていた。剣を向ければ逃げ出すかと、村長に無理やり剣を持たせ脅してみれば、ショックで動けなくなってしまった。
クベロは部下に目で合図を送る。
それは、やはり脅しのつもりだった。リリアナなら避けれる程度の速度で、2人の部下が斬りかかる。
タターン! タターン!
乾いた音が響いて、リリアナに斬りかかろうとした部下が吹き飛ぶ。
倒れた身体の下から血が滲み始めた。
「くそ、おい、ラモン!サンス!動けないのか?」
クベロは倒れた部下に呼びかけるが反応は無い。見たことの無い乗り物に乗った2人の女がそのまま村人の中に突っ込んでいく。
「また2人も……クソ、なんで俺たちが……」
クベロは、救世主に男を睨みつけた。
「部下の2人も殺られるなんて、ちょっと洒落になってませんよ、これは」
クソみたいな任務は、リリアナに嫌がらせをして家に帰す……たったそれだけの話だったのに、大切な部下を4人も失った。
−− どうしてこうなった?
いつの間にか、先ほど村の中に突っ込んでいった女がクベロに棒のようなものを向けながら歩いてきた。
−− ランスはあれにやられたのか……
その時、女に向かって矢が飛んできた。その女を救世主と一緒にいた子供が突き飛ばして庇う。矢はその子供に刺さる。
クベロは、その状況をどこか絵空事のように感じていた。だから何も考えず、その子供の近くに行き、人質に取ってみた。
−− 俺も堕ちたもんだな……
もう一人いた男の子が、何かを叫びながらクベロにしがみつく。
それをヒョイと持ち上げたその時……
クベロの全身を真っ赤な炎が飲み込んだ。
−− 熱い! 熱い! 熱い! 熱い!
−− 熱い! クソ! 熱い!
−− こんな、クソみたいな任務で!!
−− こんな! こんな!
全身を炎に覆われ、地面を転がり回っていたクベロは、やがて動かなくなった。
痛みを感じなくなったクベロは、「クソみたいな任務」を呪いながらも、最期にリリアナを斬らずに済んだのだけは、マシだったなと思った。
次話より第4章です




