21.急転
===== Main =====
「おい、門を開けろ!」
クベロが大声で叫ぶ。
すぐに門が開く。
門を開けたのは2人の黒塗りの男だ。
「2人やられた」
門の中に入るなり、クベロが門を開けた男に告げる。
「2人って、どういう事ですか?」
「アダルとミゲルが死んだ。スライムだ。聖地までの道でスライムが大量発生しているのかもしれん」
「そんな」
「とりあえず、ファビオ様が到着次第、首都に戻るぞ」
「はい、わかりました」
そのまま、村の中央へ向かって歩き始めた。
俺たちも仕方無しに付いて行く。
昨日、宴が開かれた広場に村人が全員集められていた。
「クベロ様、言われた通り、皆を集めておきましたが……」
不安そうな村長の声だ。よく見ると集まった村人も緊張しているのが解る。
「村長、ちょっとこっちに来い」
村長がクベロに言われて前へ出てくる。
「村長、救世主様はこちらの準備が揃い次第、首都へ移動する」
「村の子供達は……」
「そっちは俺は知らん。後でファビオ様が来たら確認しろ」
「わ、解りました。それで私たちは何を?」
村の子供?
「前回、部隊が引き上げる際に、12歳〜14歳の子供を手伝わせると言って、ファビオ様が連れて行っているんです」
リリィが小声で囁く。
「ファビオ様は、この国の王族ですの1人です。本来、聖地へ派遣される王族は1人なのですが、なぜか今回、ファビオ様も部隊に帯同されて……」
俺の表情を見て、リリィが補足してくれた。
王族とはとんだ大物が出てきた。
それに聖地へ派遣される王族?
どういう事だ? あともう1人いるって事か?
「はい、あれ? 言ってませんでしたっけ?」
「聞いていませんが」
「もう1人は私です」
「はい?」
「この聖地に派遣された王族は私になります」
「聞いていませんが」
リリィが王族?どういう事だ。
「あ、王族と言っても私は末端の末端ですし、そもそも父の愛人の子なので、王族として育てられた事もありません。今回、92ある聖地に派遣するのは王族じゃないと駄目という事で、人数合わせで無理やり呼び出されました」
「殴られてなかったか? 王族ってそういう扱いなのか?」
「どう……なんですかね? シエロ男爵家でも殴られはしませんでしたが、従士でしたので、しょっちゅう怒られていましたよ」
「あー、これは特別扱いだ。俺たちも普通、王族を殴ったりはしない」
「……だそうです」
俺たちの会話が聞こえたのか、クベロの言葉に、リリィが涙目になる。
「ここまで来たら仕方がないか……」
クベロが独り言のように淡々と呟く。
「これを持ってみろ」
クベロがつかつかと村長の所まで行き、自分の剣を握らせる。
何をする気だ?
「はい、何でしょう?」
村長は引き吊った愛想笑いを浮かべる。
「剣を使った事は?」
「いえ、ありません」
「そうか……まぁ、大丈夫だろう」
「え?」
「いいから、ちょっと構えてみろ」
淡々と話すクベロ。
「あ、はい」
その口調につられたかのように村長は剣を構える。
「よし、そのままな」
クベロが今度はリリィに目を向ける。
「リリアナ、お前はそこに立て」
「え、あ、はい」
リリィは言われた通りに動く。その後ろにクベロの部下が二人付く。
「ここでよろしいでしょうか?」
「ああ、そこでいい。よし、村長。リリアナを斬れ」
「へっ?」
「なっ?」
リリィさんは殴られるだけではなく斬られるみたいです。
===== Hitoe =====
「ユイカ、そのまま顔を埋めてなさい」
悲鳴を押し殺し、ユイカが私の背中に顔を埋めている。
サスペンションで衝撃を吸収しながら、階段を下りきり、平地に入った所で、私は親指のコントロールでアクセルを全開にする。しばらく走ると、前方に黒っぽい物体が道を塞いでいる。
「スライムかっ!」
ブレーキでも間に合わなそうだったので、ハンドルを切って、石畳からはみ出て、接触をギリギリで避ける。
「キャ、キャ、キャ、キャ」
石畳から落ちた衝撃でユイカの悲鳴が変な事になっているが、そのまま突っ切る。
横を抜ける時、チラッと黒い物体の正体を見たが、中身の無い鎧のようだ。
喰われたか。スライムらしき塊は2つあったが、そのどちらにも鎧が取り込まれているみたいだ。鎧を着ているなら、浩太じゃない。カズトでもない。
「ユイカ、ちょっと浮くわよ!」
「浮くって、きゃー」
石畳に無理やり戻る。
ガコン!
ちょっと車体を擦ったが、速度優先。
スピード全開、先を急ごう。
===== Main =====
「ああ、早く斬れ」
クベロの言葉は淡々としているが、それがかえって、その本気さを伝えてくる。
「た、隊長。なんで……」
リリィが、問いかけるが、クベロの表情は変わらない。
「そ、そんな。私には無理です」
村長が構えを下す。
「ふざけんな!」
村人の中から、若者が飛び出し、叫んだ。ルカスだ。
「村長、こんな奴の言うことを聞く……がっ」
飛び出して来たルカスに向かって、クベロの部下が静かに近づき、後頭部に剣の柄の部分で殴りつけた。
ルカスはそのまま昏倒してしまう。
な、なんだこれ。
俺はあまりの事に動く事が出来ない。
「村長、あまり時間をかけるなよ。これでも村にはお世話になったと考えているから、犠牲を出したく無いんだよ。ファビオ様が来るまでに、終わらせないと……」
「そんな」
村長は青ざめたまま、動けなくなった。
犠牲を最小限と言われれば、俺でも何となく理解できる。
こいつら、場合によっては村人を全滅させる気か…
「おい、クベロって言ったな」
ここに来て、俺も余所行きの言葉遣いを捨てる。
こんな奴に礼節を持って接する必要は無い。
「どういう事だ? 状況がわかんねーぞ。何で、リリィを斬る? 最小限の犠牲ってどういう事だ?」
「救世主様は、この後、用がありますので、静かに待っていただけないですかね」
「いやだね。リリィにも世話になっているし、この村とも仲良くご近所付き合いさせて頂く予定だ。このまま見過ごすなんて出来ないね」
クベロが顔を掻く。
「うーん、出来れば、無理矢理って避けたいんですよね。救世主様が世界を救うって話、信じちゃいませんが、本当だったら、俺も困りますしね」
「知らん。救世主がどうかは勝手にお前らが言っているだけだ。それに、本当に俺が救世主だったとしても、お前を助ける訳は無いだろ」
「まぁ、それは後で考えるとして……おい、村長。さっさとリリアナを斬れ」
「村長ダメだ。リリィ、こっちに来い」
リリィは俺を見て、動き出していいのか一瞬逡巡した。
「ハァ」
クベロがため息をついた後、リリィの後ろに目で合図し、後ろにいた2人が抜剣する。
「リリィ、後ろだ!」
こちらの声に後ろを振り返る。
そこへ、振り上げた剣が振り下ろされる。
「リリィ!」
チコが叫ぶ。
タタ、タン! ……タタ、タン!
乾いた音が広場に響いた。
===== Hitoe =====
「門が開いてる! このまま行くよー!」
「ママ、パパが! あ、それよりリリィが!」
「ユイカ、ハンドル!」
「え、えええーー」
強引にユイカとポジンションを入れ替え、背中から89式を下ろし、構える。
揺れるから、一発じゃ当てられないかも。
リリィに当たらないように…身体を狙って引き金を軽く引く。
「タタ、タン! ……タタ、タン!」
今、まさに剣を振り下ろそうとしていた黒い鎧の男が吹っ飛ぶ。
当たった! もう1回…
「タタ、タン! ……タタ、タン!」
キョトンとしてこちらを見たもう一人の黒い鎧の男が、同じように吹っ飛ぶ。
「マ、ママ……殺しちゃったの?」
「わからない。頭は狙ってないから……」
即死していないだけかもしれないけど……今は家族の安全が優先。
小銃を持った時点で、そこの覚悟はした。
「ユイカ、それより、お父さんの近くに止めて」
「ブレーキ無いよ! どうやるの!」
あ、しまった。
自転車と違って、フットブレーキだって説明してない。
「え、わー」
「足のペダル踏んでー!!」
移動中かつ悪路で上下動があるバギー上から小銃が必中なんてありえねーというご指摘は、ご容赦ください。