表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/78

17.疑念

「あのー、何か失礼な事をしましたでしょうか?」

「こっちに来ちゃダメー」


 チコが洗面所から顔を出した。


「ごめんね、チコちゃん。浩太、可愛い女の子とお風呂に入ると思って舞い上がっちゃったんだ」


 ユイカがニヤニヤしながらチコに近く。


「可愛いって、そんな」


 チコはチコで可愛いと言われて嬉しそうだ。


「よっしゃ。ユイカ姉さんがチコちゃんをしっかりプロデュースしましょう!」


 だから、その指のワサワサという動きはやめろ!

 俺の娘は、どこでそんな動きを覚えたんだ。

 妻へ視線を送るが、妻は明後日の方向を見て、口笛を吹いている。

 そこかー。


 そのまま、ユイカが浩太の代わりに一緒にバスルームに入っていった。


「へぇー」

「おっ」

「ふーん」

「じゃぁ、こうしたら」


 バスルームからユイカの声だけが聞こえて来る。


「お姉ちゃん!変な事をチコにしてないよね」

「しないわよ、バカ!」


 バスルームの手前にある洗面所に顔をひょいと出した浩太の顔面に洗面器がヒットした。


 ----------


 そんな微笑ましい光景に心を癒されながら、リリィと話す。


「タナカ様はチコを男だと思っていたのですか」


「そうなんだよね。見た目と雰囲気で勝手に男の子だとばかり思っていたよ」

「まぁ、名前も男の名前ですしね」


「え、そうなの?」


 そこは知らなかった。


「そうですね。チコは普通、男につける名前です」


 日本だと女の子の愛称で使うけどね。


「チコの父親が男の子が生まれると思い込んでいて、生まれる前から名前を決めていたみたいなんです」


 あー、日本でもありがちだね。


「生まれた後、周りは止めそうなんですが、そのままチコという名前に…」


 それで男の子として育てられたんだ。


「いえ、しばらくしたら、すっかり可愛くなったのか、ちゃんと女の子として育てられたみたいです。名前はもっと大きくなったらチコの要望も聞いて変えようって事になったのですが、その前に…」


 亡くなってしまったんだ。


「だからか、親にもらった大切な名前だって言って、そのまま今も名前を変えずにそのままになってます」


 そうとは知らず、見た目だけで勝手に男の子だと思っていました。

 俺にはどう見ても、村の少年A としか見えなかったしなぁ。

 すみません、チコのご両親。草葉の陰で怒らないでくださいね。


 ドライヤーを使う音が聞こえ、しばらくしてユイカが出てくる。


「ほら、チコ。出ておいて」


 ----------


「はい、お姉さま」


 シャワーを浴びて、出て来たのはユイカの小学生の頃の服を着た、見知らぬ美少女でした。


「髪の毛ごわごわ。顔も体も真っ黒けだったよ。でもしっかり汚れを落として、リンスも使ったからね。まぁ、元がいいからか、これはすぐデビューできる素材ね」


 ユイカが嬉しそうにVサイン。


 ちゃんととかした髪の毛は綺麗なブラウンのストレートヘア。

 前髪をあげ、目がはっきり見える。

 細い目も切り長で細さを感じさせない。

 汚れを落とした顔は思ったより白い。


 その姿は、本当に可愛らしいお嬢さんだった。

 しかし、今、チコはユイカの事を「お姉さま」と呼ばなかったか? 何があった、チコよ。


「あ、あれ? チコ? チコなの?」


 浩太が声をかける。


「そうだよ、コータ。似合わないかな?」


 あ、微笑み光線が浩太の胸に突き刺さった。

 おい、口から魂が出てるぞ。


 ----------


 食事も終わり、発泡酒を片手に、色々と考える。

 いきなり放り込まれたこの世界だが、さすがにこの2日間で、思う事もある。


(1). なぜ、チコが助かったのか。


 これは、浩太の願いの影響かもしれない。

「友達が欲しい」という浩太の願いが、この部屋に入ったタイミングで遂行され、「友達」と認定されたチコが復活したのではなかろうか。


 浩太が友達と宣言すれば、死者すら復活するという、とんでもないチート能力だ。これはまだ、俺だけの心に秘めておこう。


(2). なぜ、リリィが入れたり入れなかったりするのか。


 これは、俺の「安全な住居」という願いが影響しているのだと思う。

 安全じゃない状況に住居が置かれるのを防ぐため、家族以外の侵入を食い止めているのだろう。だが、腰を抱いたくらいで入れるなんて、ザルな侵入検知だとは思う。


 早めに俺が意識を失っているケースで、家族以外が俺を抱えた場合に侵入されてしまうのかの確認が必要だ。


(3). 遭遇するのが稀れだと言っていたスライムになぜ3度も遭遇したのか


 これが目下、一番の懸念点だ。

 昨日聞いていたリリィの話とも矛盾がある。


 はっきり言って、触れれば溶かされてしまうというのは、最悪の能力だ。

 だが、これまで出会ったスライムに、本当に40人も討伐部隊が必要なのか?


 今日、耐酸性のあるゴム手袋で対処できたという事は、この世界でも同じような対処方法があるはずだ。酸による腐食に強い金属で細かく刻むなどをした上で水で流せば、被害は出ずに済むのではないだろうか。死にかけたとはいえ、話に聞いた内容と比較すれば、あまりにも出会ったスライムは弱すぎる。


「リリィ、昨日と今日で3回、スライムに出会ったけど、これは、リリィや村長達の話からすると、異常な頻度だと思うんだが、リリィはどう考えている?」

「そうですね。頻度としては明らかにおかしいと思います」


 やはり、この状況は、おかしいという認識でいいのか。


「一方で、人を襲うスライムにしては小さすぎます」


 ん、あれは小さいのか?


「昨日の段階では、そういう事もあるかと思いましたが、今日は50cm程度と1m程度のスライムでした。通常、人を襲うクラスのスライムは、小さくても2階建てほどの大きさがあります」


 それはでかい。


「そしてその大きさスライムは、そのままですと動きが鈍重なため、体を動かすのではなく、近く獲物に対し、体の一部を高速で弾き出して、攻撃してきます。今回、襲ってきたスライムは、その弾き出す体の一部程度しかありません」


「それでは、その弾き出した身体が、林の道のあたりに散乱したという事か?」


「いえ、弾き出された体の一部は、普通、獲物を捕らえた後、本体へ戻り、再び一つのスライムとなります。また本体が討伐されれば、一緒に死にます。切り離された一部だけが独立して存在し、人を襲うなんて話は聞いた事がありません」


 であれば、今言える状況は、次の3点か。


 1. 通常は人を襲う事の無い大きさのスライムに襲われた

 2.本来はスライムがいない地域に発生している

 3.たまたま、そのタイミングが、我々がこの世界に来た日


 この状況は明らかにおかしい。この世界に対して俺は用心に用心を重ねる必要があるな。


 ----------


 この時、俺は、俺に与えられた情報の中で、この世界・・から、家族を守るために最善の道を選ぼうと足掻いていた。このため、足りていない一番重要なピースが目の前にある事にも、気がついていなかった。

 

 翌日、この世界に渦巻く人々《・・》の欲望が、容赦なく、俺と俺の家族を襲う。

2日目のエピソード、これで完結です。

次話は王国編。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ