第98話 「ヴォラクの提案」
俺達はアールヴの美少女フレデリカ・エイルトヴァーラの事情を聞いてしまった。
改めて考えたが、やはり『依頼』として請ける事は出来ないと俺は判断した。
一旦、正式な依頼として請けてしまうと『責任』の問題が発生する。
彼女の兄アウグストを助けられなかった場合、俺達は糾弾されるだろう。
もし、それが不可抗力であってもだ。
救援対象者がアールヴのソウェルの孫と言う事実が更にそれを確実にする。
「申し訳ない、マスター。俺達クランは既に商人としての依頼を何件も受けているし、自分達の事で精一杯なんだ。もし彼を見かけて可能であれば助けるとしか言えない」
俺がクリスティーナさんにそう言うと、彼女は眉を顰めて首を横に振った。
「フレデリカの依頼は断わるのは当然としても……君達はあの遺跡に探索に行くのか? ……探索自体はこの国の法律で禁止などしていないから私が止めるわけにはいかないが……どうせならやめておいた方が良いぞ」
このような表情もクリスティーナさんならば、とても趣きがある。
美人と言うのは何をしても絵になるなぁ、なんて見とれていたらジュリアに思い切り膝をつねられた。
あはは、不味かった!
……今後は注意しないと。
「申し訳ないのですが、この冒険者ギルドに来た理由は『失われた地』の情報収集です。出来れば迷宮の地図があればベストですが、記録とかでも構いません。提供して頂きたいのですが」
俺の丁寧な物言いにもクリスティーナさんはしかめっ面をして腕を組んだままだ。
「悪いが、ギルドで探索や仲介を禁止している以上、それを幇助するような行為は禁じられている」
そうか……
国では禁止していなくても冒険者ギルドで『失われた地』に関わる事を禁止していたら当然か……
「分かりました! 別件で何かあったら直ぐご相談しますよ」
俺は『別件』と言う所を特に強調してクリスティーナさんに伝えると、皆を促して冒険者ギルドを後にしたのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
俺達が冒険者ギルドを出るとまた『彼女』に会った。
いわずと知れたフレデリカである。
しかし今度の彼女は1人では無かった。
アールヴと人間族、それも女性ばかりを引き連れて立ちはだかっていたのである。
「トール! さっきはよくも冷たくしてくれたわね。この私のたっての頼みだと言うのに! でもね、貴方が断わっても、私は全然平気なんだから!」
だから!
そういう態度や言い方をするなよ……変に誤解されるから。
でもフレデリカは俺の嫁ズ同様に『反論の魔法』はきっぱりと無効化するだろうな。
それにしてもアールヴのお嬢様フレデリカが集めただけあって魔力波から判断すると皆、結構な腕の持ち主だ。
「冒険者ギルド非公式だけど私のクラン、スペルビアよ。皆、自己紹介して!」
「ロドニアの戦士ダーリャ・グリーンだ」
「ヴァレンタインの元司祭ベレニス・オビーヌです」
「フレデリカ様の侍女、ハンナ・エクルースでございます」
フレデリカの指示で3人のクランメンバーが順番に名乗った。
ちなみにフレデリカとハンナがアールヴ族、ダーリャとベレニスは人間族である。
「そして私がクランリーダーのフレデリカ・エイルトヴァーラよ」
魔法剣士であるフレデリカが攻撃役、頑丈そうなダーリャが盾役、ベレニスは当然、回復役であり、1番小柄なハンナは強化役か、シーフであろう。
「スペルビアは女性だけのクランだけど……例外として貴方は入れてあげようと思ったのに!」
そりゃ、どーも!
でも今だって俺はそんなクランに居るからなぁ。
「じゃあ失礼させてもらうわ! 皆、行きましょう!」
「「「はっ!」」」
フレデリカ達は踵を返すと俺達の前から去って行った。
多分、遺跡へ向かうのであろうが、門番のチェックとか大丈夫なのであろうか?
確かフレデリカ本人は遺跡の探索を認められていない筈だ。
そんな事を考えているとヴォラクから声が掛かる。
「兄貴! ソフィア姐御は頼りになるのは分かっているけど、このままじゃあ余りにも情報不足だ。この街の情報屋に急いで接触しましょうや」
ほう!
情報屋か!
確か、ヴォラクは俺達の情報をソドムの情報屋から買ったと言っていたっけ。
多分かなりの金は掛かるだろうが、少しでも情報があれば命を失う事や怪我を回避出来るだろう。
それなら安いものである。
但し、もしガセネタならとんでもないが……
「当てがあるのか?」
「ええ、この街に来ると決まってから直ぐに調べておきました!」
おお、こいつ使えるじゃあないか!
「よし、俺とヴォラクは情報屋に会って来る」
俺とヴォラクの会話を聞いた嫁ズの反応は様々だ。
意外にも1番興味を示したのがソフィアである。
「トール! 妾はの、情報屋という種族に会った事がない! 興味津々じゃ!」
あのね……
情報屋って種族じゃあなくて職業なの。
俺が苦笑していると、ジュリアから提案が出た。
「じゃあ、ここはふた手に分かれようか? あたしとイザベラは商業ギルドから紹介状を貰ったこの街の商会を回って来るよ、当然契約までは行かないで顔見世程度にね」
「大丈夫か?」
「うふふ、心配してくれているの? ここは今迄の街とは比べ物にならないくらい治安が良いし、イザベラもついているからナンパなんかされないよ」
いや!
超絶美少女2人連れって、大いに心配なんですけど。
俺の不安げな表情を見て、今度はイザベラが笑う。
「ふふふ、大丈夫だよ。私には死の魔法もあるしね」
それはやりすぎだって!
まあ、むやみに闇魔法を乱発しなければ良いか……
死人が続出すると困るので一応、俺はイザベラに釘を刺しておく。
「イザベラ、その魔法は絶対に禁止。ちょっと平手打ちか、グーパンチをお見舞いすれば、お前は大抵の男に勝てる筈だから、その程度で頼むよ」
「分かった! 旦那のいう事に従うのが妻……だよね」
「そうだね、私もイザベラと同じだよ。トールの言う通りに注意するよ」
話は纏った。
俺とソフィア、ヴォラクは情報屋に会いに、ジュリアとイザベラはこのベルカナの街の商会回りに向ったのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「おお、これが貧民街という奴か! 感動じゃ!」
ええと……
余り大きな声を出して欲しくないぞ、ソフィア。
今、俺達が歩いているのは決してスラムなどではない。
中心街に比べるとぐっと地味な雰囲気だが、庶民の暮らす区画といった趣きだ。
だが王族であり、当然王宮暮らしのソフィアには見るもの全てが珍しいらしく、つい叫んでしまうようだ。
「ソフィア、ここは俺みたいな庶民が暮らす街だ。スラムなんかじゃないよ」
「ふうん……そうなのか? トールみたいな庶民じゃと!? 何故、偉大な神の使徒が庶民になるのじゃ? 妾には分からぬ……」
あの……
それは重大秘密だって。
これは……まめにソフィアに教育していかないとな。
そういう俺だって未だこの世界は初心者なんだが。
俺は一旦、唇に指を当ててソフィアを抑えると、ヴォラクに話し掛ける。
「これから会う相手はどんな奴なんだ?」
「ああ、デックアールヴの情報屋ですよ。この街では結構顔が広いって聞いていまさぁ」
「ふうん……」
デックアールヴとはリョースアールヴ――いわゆるエルフとは対極の位置にいるアールヴで闇の妖精として区別されている。
果たしてどんな奴なんだ?
考えてみれば、ソフィア同様俺だって情報屋に会うのは初めてだ。
俺は情報屋が居るという家の前について、相手と会う前からちょっと緊張していたのであった。
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