第95話 「フレデリカの慟哭」
果たして商業ギルドにおいて俺達クラン、バトルブローカーはどのような話が聞けるのか?
商人鑑札の取得は必須だが、それ以上にこの街で活動する為の何かを得たいと思う。
それが『人』なのか?
それとも『物』なのか?
いや『情報』なのか?
まあ、あれこれ考え過ぎずに、とりあえずチャレンジだ。
商売も大事だが、緊急事態に陥っているソフィアの為に失われた地の遺跡の情報がまず欲しい。
例えガルドルドの内情に滅法詳しいソフィアが居ても、だ。
失われた地と呼ばれるこの遺跡の探索の安全が絶対に保障されているという事は言えないだろう。
だから情報はいくらあっても良い。
俺達が目の前の商業ギルド内に入ろうとした時であった。
背後から聞き覚えのある鋭い声が掛かる。
「ちょっと待って!」
俺達を呼び止めたのは昨日、会ったアールヴの美少女フレデリカ・エイルトヴァーラである。
振り返って彼女を認めたジュリアが思わず叫ぶ。
「ああっ! 出たな、超胸ペタ!」
「商人だって言っていたから、貴方がここに来るだろうと思って待っていたわ。貴方はトール・ユーキっていうBランクの冒険者でもあるんですってね」
フレデリカは叫んだジュリアを完全にスルーして俺に話し掛けた。
俺の身元は街に入場した際の資料から調べたに違いない。
「こらぁ! 私を無視するなぁ!」
無視されたジュリアが可愛い声で怒るが、フレデリカは動じなかった。
「ここのギルドマスターは私の知り合いなのよ。どうしてもと言うのなら口利きしてあげても良いわ」
フレデリカと同族であるリョースアールヴの支配する街だから、当然商業ギルドのマスターもフレデリカと同じだと予想出来る。
昨夜の失敗からフレデリカは作戦を考え直したらしくて、『力攻め』の方針を完全に転換したようだ。
昨日の諍いなど無かったかのように、澄ました顔でしれっと言うフレデリカ。
そんな彼女に耐え切れなかったのか、俺が返事をする前にジュリアの怒りが炸裂した。
「偉そうに! あんたの口利きなんか絶対に要らないよ!」
ちなみにイザベラとソフィアを見ると、ジュリアに同調するかのように「うんうん」と頷いている。
3人には、もう完全に嫁同士の『絆』が出来ているようだ。
しかしフレデリカは俺の嫁の事など完全に無視している。
「ふ~ん……貴方達は商人でしょう? 今後の商売を考えたら、くだらない感情に流されず私に仲介を依頼した方が、今後この街では円滑に行くと思うけど」
さすがこの街、いやこの国を治めるアールヴ一族のお嬢様だ。
凄い事を言う……
だから俺は確かめるように言ってやった。
「また下僕になれ、とかは御免だぜ」
俺の皮肉とも取れる揶揄に対して、フレデリカは珍しく辛そうに顔を歪める。
「い、言わないわ! もう、そんな事は! 今回の話だけど、実は大事な人の命が懸かっているのよ! まずは私の話を聞いてくれないかしら!」
トーンが変わってきたフレデリカだが、ここでもジュリアがきっぱりと言い放つ。
「こっちこそ、大事な家族の命が懸かっているから急いでいるのよ! 少しでも早く対処しないといけないからね! きっぱりとお断りさせて貰うよ」
「そんな!? こちらの、だ、大事な人って、実は……わ、私の実の兄上なのよ!」
フレデリカの実兄?
それは確かに心配だろう!
さすがに俺は少し同情した。
だがジュリアの返事は変わらない。
傍で聞いていると凄く冷たい言い方である。
「悪いけど……見ず知らずのあんたのお兄さんより、こっちの家族の方が何倍も大事よ。あたし達はあんたと違って家族のみで助け合わなくちゃいけないけど、アールヴでもハイクラスのあんたなら、やろうと思えば色々な力や金を使って人を雇えるだろう?」
「そ、それは……」
フレデリカはジュリアの鋭い指摘に口篭った。
確かに俺達はやるべき事や依頼も多く請け負っているし、バトルブローカーのマンパワーも限られている。
だが……助けを求めているフレデリカの表情は深刻だ。
助けて欲しいのは彼女の兄なのだから無理もない。
このような事情なら少しくらい話を聞いても良い様な気はするけど……
「加えて言えば、このような大事な問題は人頼みにしないでまず自分から動くべきさ、それが筋だろう? さあ、行こうよ、トール。それに皆も」
ジュリアは皆を促すとギルドに向って歩いて行く。
すると、何という事だ!
後ろではフレデリカが嗚咽する声が聞こえている。
号泣といっても良いだろう。
この様子ではもう万策尽きたという事かもしれない。
俺達はそんな彼女の声を背に受けてギルドの中に入ったのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
――15分後
俺達は商業ギルドのスタッフに案内されて応接室に通された。
「サブマスターのクレメッティ・フオタリです。初めまして!」
俺達が商業ギルドに行った際に接見してくれたのは、ギルドマスターではなく、男性のサブマスターであった。
やはりギルドマスターにいきなり接見するのにはそれなりのツテが必要なのであろう。
クレメッティは当然リョースアールヴであり、結構なイケメンである。
ちなみに最初にここで書類みたいなものを書かされた時に俺達はヴァレンタイン王国の商人である事、Bランク冒険者で俺をリーダーとしたクランバトルブローカーである事、加えてその他を記しておいた。
その内容が認められ、サブとはいえナンバーツーである幹部の彼が出て来てくれたに違いない。
そうでなければ巷の一般職員クラスの応対になった筈だ。
「ヴァレンタイン王国の商人兼冒険者のご一行様、クランバトルブローカーとヴォーラ様で宜しいのですよね。リーダーはトール・ユーキ様で間違いありませんね?」
「ああ、間違い無い」
俺の返事にクレメッティは満足そうに頷いた。
「皆様の目的はここベルカナの街での取引先の確保で宜しいですよね?」
「その通りだ」
「ここにはあなた方と同じような結構な数の国内外の商会や個人商人が数多く取引要請に来ていますよ。まあ我々としては競争が激しくなって当ベルカナの経済が活性化する事はとても望ましいと考えています」
ふ~ん。
やっぱり儲かりそうな所に人は殺到するんだな……
「取引内容や商品は特に拘らず……ですか? すなわち商売になるのならどのような商売や商品でも対応するという寛容的な方針ですか? いやこれも素晴らしい。ぜひあなた方に合った商会への紹介状を用意させて頂きます」
引く手数多の状態に嬉しい悲鳴の連続なのであろう。
上機嫌のクレメッティに対して俺達はもうひとつの用件を切り出した。
「クレメッティさん、今迄の話は商人としての話……ここから先は冒険者としての情報収集だが……」
「はい、何でしょう?」
「失われた地の遺跡の情報が欲しいのだが……」
俺がその遺跡の名を言った瞬間、今迄にこやかだったクレメッティの顔がまるで鬼のような怖ろしい表情に一変したのであった。
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