第94話 「ソフィアとの夜」
白鳥亭に着いた日はバタバタと忙しかった……
俺達が翌日以降の予定を相談していたら、あっという間に時間は経ち、夕方になってしまう。
悪魔王国を出てからの旅の疲れもあった俺達は、夕食を摂った後にそのまま寝る事にした。
「妾から、ジュリアとイザベラには許可を貰っておる。今夜はトール、そなたは私を抱いて添い寝してくりゃれ」
「ああ、良いよ」
そんな訳でその夜はソフィアに添い寝してやった。
傍らのベッドでは、もうジュリアとイザベラは寝入っている。
どうやら俺達に気をつかってくれたようだ。
リラックスしたソフィアは嬉しそうに俺にくっつく。
いくら精巧とはいえ、人造人間とも言える自動人形に生殖行為は出来ないから、ソフィアが俺と肉体的に結ばれる事はない。
一瞬、俺の前世にもあった某アダルト向け商品を思い出したが、さすがのガルドルド魔法帝国もそこまではやらなかったようだ。
あくまでも本能的な男に対して女は魂の絆や充足を求めると聞いた事がある。
そのせいだろうか?
今夜は『初夜』ではあるが、たとえHが出来なくてもとりあえずソフィアに不満は無さそうだ。
俺は今日ソフィアと結婚したが、果たして結婚とは一体何ぞや?
高校生の頃の俺であれば、この問いに答える事は絶対に無理だろう。
だが既に2人の嫁が居る今の俺ならこう答える。
他人同士の形式的な結びつきに始まるかもしれないが、そんな2人が価値観を共有し、少しずつ地道に信頼関係を築き、積み上げて行く。
そして精神的にも肉体的にもしっかりと関係を深めながら、長きに渡り生活して行く事なのだと!
俺達はその夜、2人で色々と話をした。
子供の頃の話やこれから生きて行く上での希望や相手に対する要望などである。
話をしていても俺には例の邪神様の事とか、まだまだいくつか話せない事はある。
ソフィアも魔法帝国再興の話は振っては来ない。
だから敢えて俺も彼女の魂は覗かない。
魔力波読みが出来る俺だが、そういった事から夫婦の信頼が生まれてくると思うからだ。
いずれ絆が深くなればお互いにもっと分かり合える筈である。
ジュリアとイザベラともそうだったからね。
ソフィアの秘密……まだ夫の俺にも言わない事……
彼女の旅の真の目的は自分の本当の身体に戻り、ガルドルド魔法帝国を再興させ、世界を征服して女王の座に就く事だ。
生身の身体に戻る事はおおいに助けてやりたいが、ガルドルド魔法帝国の復活はこの世界の大きな火種になるのは間違いない。
邪神様からも世界滅亡への引き金になると言われているし!
だが栄華を誇った祖国の再興は彼女の夢と言えるだろう。
簡単に諦めるとは思えない。
でも……
俺に告白した時の魔力波は……確かに本心からのものだった。
素直に俺の事を好きになったと告白してくれた。
だからこそ俺はソフィアを信じて受け入れたのである。
ソフィアは何故俺の嫁になりたいと思ったのか?
俺は改めて聞いてみた。
きっかけがコーンウォールの迷宮で俺に助け出されたのは勿論なのだが、クランバトルブローカーに合流してから俺達が固い絆で結ばれているのを目の当たりにしたからだそうだ。
夫婦として、友として、お互いに信頼し合い、種族を超えて助け合う素晴らしさ……そのような奇跡が本当にありうるのにとても驚いたらしい。
俺の妻になる決意、それが決定的になったのは竜神族として覚醒する際にジュリアが身体を弱らせた時の俺の甲斐甲斐しい看護を見たからだとソフィアは言った。
確かにジュリアの下の世話までしたからなぁ……
でもあの時、俺はジュリアの世話をする事が全く嫌じゃあなかった。
ジュリアが頼るのは旦那である俺しか居ないと思うと全然抵抗感が無かったのだ。
だが伴侶が何故そのような事をする?
夫といえど、そこまでする?
そんな事は侍女のような、下々の家臣のやる事じゃあないの?
王宮育ちのソフィアにとって全く信じられない行為だったという。
俺を見詰めていたソフィアがぽつりと呟いた。
「なぁ、トール」
「何だ?」
「もし、妾が、あの時のジュリアのようになっても同じ様に面倒を見てくれるかの?」
部下達は居たが、孤独を感じていたソフィアが欲しかったのは確かな絆、そして愛する者からの自分を慈しむ魂であったのだろう。
かくいう俺も自分の気持ちに少しずつ気がついていた。
気位が高くてとても生意気ではあるが、常に明るく健気で優しく、そして強く振舞おうとするソフィアに惹かれつつあった事を。
だから彼女のプロポーズを受けたのであるし、当然今の質問の答えは決まっている。
「当り前だ! お前は俺の愛する大事な嫁だろう?」
「…………」
俺の答えを聞いてソフィアは俯き黙り込んだ。
僅かに肩が震えている。
しかし、彼女は直ぐに顔を上げてはっきりと言う。
その表情はとても晴々としていた。
「妾は嬉しいのじゃ、トール。今ならジュリアの気持ちがよう分かるわ。逆にトールがそうなったら喜んで世話をしてやるからな」
おいおい!
そりゃ嬉しいけど、お互いにそうなりたくないな。
俺がそう言うとソフィアも苦笑した。
自分がおしめをする姿を一瞬想像してしまったようなのだ。
「ふふふ、確かにそうじゃな。お互いにずっと元気に健康でいたいものじゃ」
そんなソフィアを見て俺は思っている事が自然に出た。
「だからお前を一刻も早く本当の身体に戻さないとな、そして改めて抱き締めてやるぞ」
「楽しみにしておるぞ、私のトール……ありがとう」
俺の言葉を聞いたソフィアが顔を胸に擦り付ける。
甘えてくる彼女はとても可愛い。
だが、俺は更に言う事があった。
「もしお前が人形のままでも、永遠に俺の愛する嫁である事に変わりはないさ」
俺には分かる。
今の俺の言葉こそが彼女にとって1番聞きたかったものなのだ。
案の定、ソフィアは魂の底から嬉しそうに笑う。
「ほほほ! お主は優いし、強い! 妾の夫として最高の男じゃ。トールと巡り会えたのは確かな運命じゃ、間違い無い」
ソフィアは感極まったように言い放つ。
そんな彼女の頭を俺は軽く撫でてやる。
「ははは、今更褒めても何も出ないぞ、さあそろそろ寝ようぜ……おやすみ」
「ほほほ、おやすみ……旦那様」
明日も忙しくなるだろう……
2人はしっかりと抱き合ったまま、眠りに就いたのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
翌朝……
白鳥亭で朝食を済ませた俺達はとりあえずこのベルカナの街の商業ギルドへ向う。
まずはこの街の商人鑑札を取得したいと思ったからである。
ちなみに昨夜、食べた夕食と言い、今朝食べた朝食と言い、アマンダさんの言う通りにハーブの効いた料理で俺にはとても美味しかった。
しかし出されたお茶はエルダーフラワーティーだった……
確か魔除けの力もあるハーブである筈だが、イザベラやヴォラクはとても美味しそうに飲んでいた。
怖ろしい悪魔でしょう、この人達……
魔除けの力が全く効かないのは何故だろう?
まあ、良いや。
細かい事は忘れてしまおう。
宿を出てからは例によって街角に立つ美男子アールヴ衛兵に道を聞きながら進んで行く。
本当は美女アールヴに聞きながら――が希望なのだが。
だがソフィアも俺の嫁となった今では、そんな事をしたらとてつもなく怖ろしい事態に陥るのは目に見えている。
泣く泣く諦めるしかないだろう。
「あこがれていたハーレムも自由と引き換えなのか……」
「何か言った? トール」
俺の独り言を聴覚が異常に発達したジュリアが聞いていたらしい。
「いや……リア充って、思ったより辛いと思ってさ」
「リア充? 何それ?」
前世の言葉を使った俺の言わんとする意味が分からず、ジュリアは可愛く首を傾げた。
ほら、そのポーズはやめなさいって。
俺が昔好きだった某芸能人に似ているからさ。
魂がつい、きゅんとなるよ。
「ふふふ、あたし達3人を今後とも宜しくね」
俺のそんな気配を察したのか、ジュリアが俺に腕を絡めて甘えて来た。
分かった!
まとめてばっち来いだ!
暫し歩いて、見えて来た商業ギルドの建物は結構な大きさである。
さあ、仕事だ!
この街でも、しっかり地盤を作らないと!
俺は気合を入れ直してしっかりと歩いて行ったのであった。
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