第93話 「アールヴの美少女、再び」
抱きついていたソフィアは一旦離れると俺をじっと見詰めた。
「ふふふ、これで妾も晴れてトールの妻となったわけじゃ! あの地下深く居た時は一生結婚も出来ぬと思っていたが……これで、もういつ死んでも良いぞ!」
はぁ?
何、言っているの?
駄目だぞ、ソフィア。
勝手に自分で死亡フラグなんぞ立てちゃ。
そこへアマンダさんが笑いながら話し掛けて来た。
「うふふ、そろそろ宜しいでしょうか? では都合2部屋という事でお手続き致しますね」
ああ、そうだった。
白鳥亭の女将アマンダさんと宿泊手続きのやりとりをしている最中だったっけ!
「ははは、済みませんでした。仰る通りに2部屋でお願いします」
俺は頭を掻きながら宿泊の手続きをしたのである。
その時であった。
「ああ、やっと見つけた! 貴方ったら、何故逃げるのよぉ!」
この声は!?
さっき、中央広場で絡まれてたアールヴの……俺を追いかけようとした少女の声だ。
俺が振り返ると、小柄なアールヴの美しい少女がそこに立っていた。
どうやら旅行者らしいと俺に当りをつけて、この宿へ探しに来たようである。
「あら、フレデリカ様。一体どうしたのですか?」
「どうしたのです? じゃあないわ、アマンダ、聞いて! この男ったら、私の顔を見るなり逃げ出したのよ!」
「うふふ、この街の大体の人間はフレデリカ様のお考えをご存知ですからね。この方もそうじゃないのですか?」
「この方も何も、こいつは初対面よ。それにアマンダ、どうして『私の考え』でこの男が逃げる事になるのぉ!」
フレデリカと呼ばれた少女はアマンダさんに食って掛かる。
何か矛先が変わったみたいなので俺はつい悪いと思って間に割って入った。
「何よ、貴方! って、そうだ! 私、貴方を追って来たんじゃない! そうよ、思い出したわ、どうして逃げたのよ」
「う~ん、どうしてって言われてもなぁ……」
まさか『やばそう』だったとか、『危ない気配』がしたとか言えないし……
言ったらこの子……フレデリカは間違いなく『切れる』だろう。
「まあ、良いわ。貴方、何か強そうね。どう? 私の下僕にならない?」
やっぱり、出たか『下僕になれ』指令!
このパターンでは最早お約束の台詞である。
危ない気配って、これだったのだ。
俺はデジャヴを感じたような気がして、複雑な表情でイザベラとソフィアを見た。
そんな俺の顔を見て思わず苦笑する両名。
彼女達にとってみれば捨て去りたい『黒歴史』に違いない。
俺は複雑な表情のままフレデリカに向き直った。
「君は確かに可愛い……それは認めよう」
フレデリカは俺の言葉に身を乗り出して大きく頷く。
俺に可愛いと言われて余程嬉しかったのか、満面の笑みを浮べている。
「そうでしょう! 私もアールヴの中で1番の美貌だと思っているのよ。その私の下僕ならとても光栄な事でしょう?」
「そうだな……だが、断る!」
「えええ! 断るって、何よぉ!」
「俺は商人だし、やる事もある。悪いが君の下僕にはなれない」
「商人? はん! くだらないわ! 金勘定しか能の無い半端者のどこが魅力なのかしら?」
フレデリカが猛毒を吐いた。
これは……さすがに不味いだろう。
やはり、ジュリアが噛み付いた。
「ちょっと! そこの不細工アールヴ。商人が金勘定しか能の無い半端者とはどういう事よ!」
啖呵をきるジュリアに対して案の定、フレデリカも負けてはいない。
「な、不細工アールヴ!? 不細工って一体誰の事よぉ!」
「あんたに決まっているじゃあない。外見はちょっとばかり自慢するだけの美貌かもしれないけど、魂が『ど』が付くくらいに不細工!って言ったのよ」
ああっ!
言ってしまった!
怒ったジュリアって相変わらず怖いよ!
「ど不細工ぅ!? はあっ!? 貴女、許さないわよ! このアールヴの国イェーラにおいて偉大なるソウェルの孫娘である私を侮辱するのは許されない事なのよ!」
「先に商人である私達を侮辱したのは、あんたじゃない。そっちこそ先に謝罪しなさい」
「ぐううう! この胸ペタの無礼者め!」
「何よ、胸ペタって! アマンダさんみたいなアールヴならいざ知らず、私以上の超胸ペタのあんたに言われたくないわよ!」
容赦ない罵詈雑言の応酬!
火花を散らしあう2人……
ジュリアとフレデリカは、お互いに似たような性格らしい。
こうなると意地の張り合いであろう。
はっきり言って切りが無い。
こうなったら俺が出張って収めるしかないか。
俺が2人の間に一歩踏み出した、その瞬間であった。
「おお、フレデリカ様! こちらにいらっしゃいましたか」
「お父上様がお探しですよ! 早く戻りましょう」
緑色の革鎧を身に纏ったアールヴの美男魔法剣士が2人、白鳥亭に飛び込んで来たのである。
どうやら彼等はフレデリカの父親の指示で彼女を連れ戻しに来たようだ。
2人の登場でフレデリカはこの場は矛を収めようと思ったらしい。
「もう! 仕方が無いわね! そこの胸ペタ! 今度会ったら只じゃあおかないわよ」
「もう2度と会いたくないわ! 超胸ペタ! さっさと行きなさい!」
フレデリカはジュリアの挑発に再度触発された様子でもう1度戻りかけた。
怒りに我を忘れているのか、拳を振り上げている。
そこに俊敏な動きを見せたのが先程の美男魔法剣士の2人である。
「「失礼します!」」
「あ、ぶ、無礼者!」
2人とも中々の『腕』なのであろう。
魔法剣士の2人は慌てるフレデリカをしっかり抱えるとあっという間に白鳥亭の外へ出て行ったのだ。
アマンダさんがカウンターで「ふう」と溜息を吐く。
そしてぽつりと呟いたのである。
「フレデリカ様は仲間を募っておられます」
「仲間? ……いや、普通は下僕って仲間とは言わないでしょう?」
俺がそれを指摘するとアマンダさんは苦笑した。
「……そうですね。まあ、仲間ではありませんね。下僕というか忠実な部下として有能な人物を引き入れたいのでしょうけど……」
アマンダさんはそのまま黙ってしまい、フレデリカが下僕を作ろうとする理由を言わない。
だが、俺は彼女の発する魔力波で大凡の事は理解出来た。
先程の少女はフレデリカ・エイルトヴァーラ
彼女自身が言っていた通りアールヴ族の長であるソウェルの孫娘。
はねっかえりのじゃじゃ馬娘で冒険者志望。
しかし、父親からの指図で冒険者ギルドではフレデリカの登録を受け付けない状態となっている。
その為、自分で私設クランを作ろうと『下僕』を探しているのだ。
方法のひとつとして街で彼女の事を知らない新参者に『ナンパ』される度に大袈裟に助けを求めて、彼女を助けようとする実力のありそうな冒険者を探す事がすっかり有名になってしまった。
相手にもよるが彼女本来の実力であれば殆ど自力で撃退出来るのにだ。
こんな無茶な行動が許されているのは何故か?
俺がアマンダさんに聞くと、余り締め付けると家出をすると言われているらしい。
それでフレデリカに甘い父親は許容しているというのだ。
だからあの時、誰も彼女を助けなかったんだ……成る程な。
俺は憂いを含んだアマンダさんの横顔を見ながら、思わず納得して頷いたのであった。
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