第92話 「ソフィアからのプロポーズ」
俺達はアールヴ美少女の呼び止める声を振り切ると、中央広場を足早に抜けて教えられた通りに向う。
聞き間違いがなければ、まもなく『白鳥亭』が見えてくる筈だ。
――10分後、街中に目立つ白壁の建物と同じ造りで、白鳥が羽ばたく大きな看板が描かれた建物の前に着いた。
ここが『白鳥亭』であろう。
ドアを開けるとそこはロビーのようになっているが、今迄の大空亭や絆亭のように食堂とは一体化しておらず、しっかりと区切ってあった。
ドアを開けた正面に受付の主人がいるカウンターの形状は今迄宿泊した他の宿屋とほぼ一緒である。
ローペが言っていた『気立ての良い女将』らしいアールヴの女性がカウンターに陣取って居た。
彼女は先程、俺が道を聞いた女衛兵に輪をいくえにも掛けたくらいの超美人である。
身長は160cmを少し超えたくらいか。
長い金髪を後ろでポニーテール風に纏め、すらりとした体型でアールヴにしてはやけに大きい胸が目立つ。
透き通るような白い肌の二の腕が眩しく、鼻筋の通った涼しげな顔立ちに瞳は深い灰色をしていた。
金髪の間から覘く、アールヴ特有のやや尖った小振りな耳が彼女の可愛さを更に引き立てている。
これは俺から見たら『完璧』といって良い美しさだ。
俺も思わず声がうわずってしまう。
「お、お、おはようございます、こ、ここは白鳥亭……ですよね?」
「ええ、おはようございます! そうですよ。ここが白鳥亭です」
ああ、アールヴって本当に綺麗な声だ。
鈴を転がすような声って形容がぴったりである。
人間とは出自が違う妖精族だからなのか?
俺がうっとりしているとまた背後から怖しい気配が伝わって来た。
見ると俺の嫁ズがまた睨んでいる。
だけど面食いのジュリアとソフィアだって、最初はヴォラクの顔をじっと見ていたじゃあないか。
まあ良い。
この人達に反論は一切無駄だと分かっている。
俺は女将に対してローペに言ったのと同じ台詞を繰り返した。
「俺はトール・ユーキ。彼女達は妻と友人です。俺達はベルカナへ交易をしにやって来たヴァレンタイン王国の商人兼冒険者でクラン名はバトルブローカー。彼、ヴォラクだけは途中で一緒になったバートランドの商人です。全員、この宿でお世話になりたいのですが……」
美人相手だと言葉もつい丁寧になる。
俺を綺麗な灰色の瞳で見ていた女将はにっこりと微笑む。
「私は白鳥亭の主人でアマンダ・ルフタサーリといいます。ようこそ、いらっしゃいました」
ああ、やっぱり良い声だなぁ……
アマンダさんって言うんだ。
漸く落ち着いた俺は言葉遣いもいつもの口調になった。
「実はローぺという人から勧められてこちらに来たんだ。この街も含めてこちらは初めてなんで勝手も分からない。いろいろと教えてくれないか?」
「かしこまりました。まず宿泊についてですが、おひとり様1泊朝食付きで7,000アウルム。大銀貨7枚となります。夕食は別途で昼食はやっておりません。同部屋でお泊りになる場合は1,000アウルム割引となります」
連泊割引とかは無いのかな?
聞いてみるか?
「長期滞在割引とか、何か特典は無いの?」
「特典? うふふ……ありますよ」
おお、何だろう?
「長期滞在割引は無いですが、この街の商業ギルドに加盟すれば支払い時に鑑札提示と引き換えに1割、つまり10%お値引きしますよ」
ふうむ、商業ギルドね。
どちらにしろこの街でずっと商売をするなら行かないと不味いだろうな。
「次にこの宿ですが、他の店と同様にハーブが『売り』ですわ」
「ハーブ?」
「あら、ご存知ないようですね。我々アールヴの国イエーラの特産品のひとつです。色々な効果効能があって珍重されていますの。ハーブ料理もこの街の名物です」
ここでジュリアが会話に割り込んで来た。
「トール、とりあえず部屋を頼もう。アマンダさんとの会話は後!」
うむむ……
最後は何か怒りが篭もっているような気がしたが。
ええと、部屋割りは俺達夫婦3人とソフィア、ヴォラクで良いよな。
「で、では部屋を……ええと、都合3部屋で良いよな?」
「「OK!」」
「兄貴、ありがとうございます!」
ジュリアとイザベラ、そしてヴォラクは直ぐに了解の返事をしたが、何故かソフィアだけ答えない。
俺は再度、ソフィアに問い質した。
「おい、ソフィア。お前はいつもの通りに個室で良いんだろう?」
「…………」
しかし相変わらず返事が無い。
改めてソフィアを見ると彼女は俺と視線を合わせた後に俯いてしまった。
「おい?」
3回目の問い掛けに対してとうとうソフィアは感情を迸らせる。
「いやじゃ! 妾はトール達と同じ部屋が良いのじゃ!」
は?
何じゃ、そりゃ?
「いやじゃって……悪いけど俺とジュリア、イザベラの3人は夫婦だ。分かるだろう?」
俺は思わずソフィアの真意を質す。
夫婦は秘密の夜の生活だってあるんだぞ、と。
しかしソフィアは完全に駄々っ子であった。
「分からぬ、お前達夫婦の事など分かってたまるか! 理屈など関係ない! 妾はトール達と同じ部屋が良いのじゃ!」
あれ!?
ソフィアの奴……
この魔力波って!
何か、彼女が放出する波動って……もしや好意!?
戸惑う俺と俯くソフィアを見かねたジュリアが助け舟を出してくれる。
「ソフィア、貴女……一緒の部屋が良い、って事は自分の気持ちに答えを出したって事ね」
「…………」
ソフィアはジュリアの質問に対しても言葉で答えない。
しかし僅かにこくりと頷いたのである。
今度はイザベラが俺に向き直った。
「で、あれば後はトール次第だね。私達と同じ妻としてソフィアの面倒も見てくれる? 旦那様」
妻!?
ソフィアの面倒?
何か女子3人の様子を見ると俺が居ない所で恋話をしていたらしい。
ジュリアとイザベラは両名とも優しい女の子だから、ソフィアの生い立ちや現在の境遇を聞いて、すっかり同情していたのだろう。
うむ!
こうなったら迷うな!
男は甲斐性だ!
「ソフィア、俺達の家族になりたいのか?」
俺がずばり聞くと、どうやらソフィアも覚悟を決めたようである。
「そ、そうじゃ! 妾はお、お前の妻になりたいのじゃ! そしてお前達と生涯を共にしたいのじゃ!」
ソフィアは大きな声で叫ぶと俺の胸に飛び込んで来た。
おおっ!
言った!
これって、俺への告白というか……プロポーズかよ!
ようし!
ばっち来いやぁ!
「分かった! お前も今日から俺の嫁だ。ついて来い!」
「トール! 妾はそなたが好きなのじゃ! 妾を死の淵から助けてくれたそなたが…… これからは妻として一生、大事にしてたもれ!」
俺は胸の中で甘えるソフィアの華奢な背中を、優しくさすっていたのであった。
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