第82話 「悪魔大学」
バルバトスが来て1時間後――
俺達はバルバトスの案内で、悪魔王国ディアボルスの王都ソドムの街中を、魔界の馬が引く馬車に揺られていた。
アルフレードルが書いてくれた紹介状によりディアボルス悪魔大学に向い、学長のオロバスに会う為である。
この馬車は侍従長のアガレスが統括する悪魔王国内務省所有の馬車で、10人乗りの大型のものだ。
5人ずつ向かい合って座れる大型のシートを備えていて、近・中距離の旅行にも使えるという。
バルバトスによれば、この馬車は悪魔王国国産ではなく、地上にある人間族の某国に依頼して作らせた特注品の馬車であり、購入価格は結構高値であるらしい。
基本的に悪魔の世界と、地上の人間界の商取引はなかなか難しい。
例えばこのような馬車製作の取引をしてくれる者はほぼ限られているそうだ。
確かに、まともな人間は公に悪魔と商取引などしない。
万が一、そんな事をしたら創世神と一子スパイラルの教義を信じる国や創世神教会関係者は当事者を厳しく断罪するだろう。
創世神の教えとは悪魔を忌み嫌い、全ての悪の根源としているからである。
当事者は良くて投獄か、追放……下手をすれば容赦なく死刑にしてしまうのは間違い無い。
なので、こういった商売に関して、表向きは商人を生業とする死霊術師達が務める事が多いようである。
彼等は悪魔に忠誠を誓い、魂を弄び死者を操る事を生き甲斐としているからだ。
だが、彼等死霊術師はそもそも本業?の死霊術に血道をあげており、崇拝する悪魔相手といえども商売をメインにする者は殆ど居ない。
よって彼等によって片手間で行われる取引の規模は極めて小さく、この異界に入って来る地上からの物資は余りにも少ないのである。
バルバトスは暗い表情で俺達に問う。
「この世界の光景はご覧になりましたか? 我等悪魔王国の貧しい大地を……」
そう言われた俺はジェトレ近郊の転移門からこの『魔界』に来た時の事を思い出している。
独特の深い紫色をした空に、乾ききった大地。
地表は岩で出来た切り立った山、岩と砂に塗れた砂漠、ほんの僅かな草地にはサボテンのような独特な植物がまばらに生えるという光景がずっと続いていたのだ。
川や湖なども見当たらないので、聞くと水は地表には一切無く、魔法で少量か、井戸を深く掘って得ているという。
太陽の光も無く水も無いこの様子では地上で耕作出来るような麦、米に始まり、野菜等の一般的な作物は殆ど育たないであろう。
それに加えて瘴気が満ちる大気において地上の家畜である牛、豚、鳥、山羊等の動物が無事に育つ保証も無い。
この大地に育つ野生動物といえば、地上よりふた回りほど大きい独特な形状の昆虫やワーム、蠍や毒蛇が主であるという。
そして哺乳類は獰猛な魔狼、馬車を引っ張っている野生馬や岩兎など10種類を超える程度に限られているらしい。
悪魔は人間同様に基本雑食であり、何でも食べられるのではあるが、岩兎以外、美味という食材には程遠く、俺達が王宮で食べた肉も全て岩兎のものであった。
「アルフレードル陛下及び、レイラ様のご懸念は当然の事です」
バルバトスは苦渋に満ちた表情で頷いた。
確かにこれではジリ貧であろう。
最終的には地下資源に頼らず、この大地でも展開可能な産業を育成するしかないのは明白である。
手を貸してやりたいのはやまやまだが、これは規模が大き過ぎて、単なる中二病の元高校生であった俺の手には余る問題だ。
誰かプロの手と人脈が要る事ははっきりしている。
俺の役目は直接これらの難問に携わるのではなく、これらの問題に対応出来る仕組構築の手助けをする事にあるのだ。
「大学でオロバス学長にお会いになった帰りにこのディアボルスの主要な商会にお連れ致します。商会の会頭達と一緒に何とか手立てを考えないといけません」
馬車の窓から見えるソドムの街に活気は無い。
悪魔達は俯き加減で歩き、威勢の良い声も聞こえて来ないのだ。
街中に悪魔達の吐く溜息の声が聞えて来そうである。
「トール様、何卒宜しくお願い致します」
深く深く頭を下げるバルバトスに俺も小さく頷いていたのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ディアボルス悪魔大学はソドムの街の外れに位置する広大な敷地の中にある。
前世で大学に行けなかった俺には、キャンパスというのは少し興味がある。
ただキャンパスといっても、街の外の砂漠と変わらず岩だらけの荒野に過ぎない。
俺の前世でのイメージが強い、緑の芝生が青々とした爽やかなキャンパスとは全く違うのだ。
校舎は敷地の一番奥にそびえ立つ石造りのいかめしい城砦のような建物であった。
おっと!
言い忘れたが、バルバトスは俺達の為にある手立てを講じてくれていた。
男性悪魔達の真の姿……本体は俺達人間の精神には、とても有害だと言う。
ちなみに女性悪魔の本体は人化した時と殆ど変わらない。
俺はイザベラの真の姿は見せて貰ったが、却って野生的でエキゾチックな感じになったので全然OKだ。
逆に刺激になって思わず夜に『頑張った』くらいである。
え、えっと……
話を元に戻そう。
バルバトスが俺達に支給してくれたのは形状がゴーグルに似た魔道具だ。
これを装着すると悪魔の姿は全て人化したものに変換される。
王宮で悪魔全員が各自、人化したのは、アルフレードルの命令があったからで普通、悪魔は故郷でわざわざ人化したりはしないのだ。
バルバトスに先導されて校舎への道を歩いていると、キャンパスに居る学生悪魔達はあからさまに好奇の眼差しを向けて来る。
それにしても様々な悪魔が居る。
顔立ちも体格も千差万別だ。
まあ男性悪魔はどうでも良いが、女性悪魔達は結構な美人、いや美悪魔揃いであった。
もしイザベラやジュリアが居なかったら、俺がデートに誘いたいくらいのレベルである。
彼等、彼女達はひとめで人間と分かる俺達が余程、珍しいのであろう。
もしかしたら研究材料として人間を課題にしている者もいるかもしれない。
俺達はそんな中、キャンパスの中に設置された石で敷き詰められた道を歩いて行ったのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「おお、イザベラ様! ディアボルス悪魔魔法女子学園首席の貴女様が本校に進学されないのを聞いて何と落胆した事でしょうか!」
ここは学長室……学長のオロバスは俺が資料本で読んだ通りの風貌だ。
顔がとても長く、目がくりっとして口が大きい。
はっきり言って典型的な馬面だが、全体から受ける印象は穏やかな中年男といった趣きだ。
多分、俺の中二病の知識が影響しているに違いない。
彼はイザベラが大学進学しなかったのを大袈裟に残念がっていた。
それにしても悪魔魔法女子学園なんて学校もあるんだ……
俺の妻、イザベラは首席という成績抜群の生徒だったらしい。
伝聞されるオロバスは天地創造の秘密を知る為に命を懸けた悪魔だという話は読んだが、実際目の前に居るこの世界の彼はどうなのだろうか?
バルバトスが頃合を見て俺を紹介してくれた。
「オロバス様、彼がイザベラ様の夫君であらせられるトール・ユーキ様です」
「おお、これはこれは! アルフレードル様も剛毅な! イザベラ様と、人間である貴方様との結婚をお認めになるとは! しかしバルバトス殿からの話も全てお聞きしました。であればこのオロバス、全面的に協力させて頂きましょう」
俺達が暫し待たされた間にオロバスはアルフレードルからの書簡を読み、バルバトスは俺達がこの世界の為に働く話をちゃんと伝えてくれたらしい。
こうなると話が早い。
「実は古に滅んだガルドルド魔法帝国の手懸かりを追っています。王国きっての貴方の知識に頼ろうと伺った次第です」
俺は早速、直球を投げ込んだ。
「ふむ、ガルドルド魔法帝国!? これは意外というか、丁度良い……実は私の専門は古代史、それも今、1番興味があるのがガルドルド魔法帝国の歴史と技術なのですよ」
おおっと!
渡りに船とはこの事ではないか!
俺はオロバスが嬉しそうに話すのを期待を込めてじっと聞くのであった。
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