第81話 「侠気」
「善は急げ」とばかりに侍従長を直ぐ呼ぼうと、イザベラは部屋の外に居る侍女に伝言を託そうとする。
しかし、そんなイザベラを俺は一旦止めた。
「何故?」
怪訝な顔をするイザベラ。
「レイラさんに話を通して貰ってから、お願いした方が良いと思う」
「何故、姉に?」
不思議そうな表情のイザベラも俺の話を聞いて、漸く納得した。
ようは、気難しい侍従長へ、俺達と話をする前にレイラから事前に意図を伝えておいて貰うのだ。
これは話が上手く行く為の日本流根回しである。
可愛がっていた王女姉妹から頼まれた上に、その内容が悪魔達の幸せの為なら、表向きは協力を断わる理由が無い。
超が付く人間嫌いで頑固者の侍従長も渋々、手を貸してくれると俺は踏んだのだ。
俺とイザベラはまず姉のレイラに話をした。
内容と趣旨を聞いて快諾したレイラは早速侍従長を呼び出す。
こうなれば俺達は先に退散し、元のあてがわれた部屋で待機をすれば良い。
侍従長は話が終われば、こちらへやって来る筈だ。
1時間後――
とんとんとん!
扉が軽快にノックされた。
一見軽くノックされてはいるが、思い切り扉を叩き壊したいくらい、殺気が篭もったような雰囲気なのが分かる。
この怒りの波動を発するのが侍従長と呼ばれる爺さんであろう。
「どなた?」
イザベラがノックの相手を一応問う。
「アガレスが参りました」
「どうぞ!」
ドアを開けて入って来た侍従長=アガレスは以前、謁見の際に会った時よりも100倍以上不機嫌そうな面持ちで部屋に入って来た。
一見、上品で気位の高い老人というアガレスは金髪の鷲鼻だ。
眉間には深い皺が寄り、唇は固く噛み締められている。
その視線はイザベラ1人に向けられており、傍らに居る俺や他の者達には一切向けられなかった。
イザベラに聞いている通り、余程人間が嫌いらしい。
「話の内容はレイラ様からお聞きしました。我等悪魔の将来にかかる話であれば仕方がありません。但し、私はあくまでもイザベラ様だけにお仕えしている事をお忘れなく!」
事前の作戦で、無理やり頑固なアガレスを説得するのを避ける事でクラン全員が一致している。
イザベラが苦笑して頷くと、アガレスは部下を寄越すと言って来た。
自らが仕えるとなると、人間の俺と接点が出来るから絶対に嫌なのであろう。
「バルバトスと申す者です。武勇と智略に優れた者で、アモンとは昔からの知己でございます。実は以前から王女様にお仕えしたいと希望しておりました」
ふ~ん……バルバトスね。
って! よくよく思い出してみればバルバトスもこのアガレスも凄く有名な悪魔じゃないか!
「30分後にこの部屋に来させましょう、宜しいでしょうか?」
「構わぬ、良く分かってくれた」
「はい! この爺はイザベラ様がとても心配でなりませぬゆえ!」
最後のひと言は強烈な皮肉であろう。
アガレスにとって手塩に掛けて育てたと、自負して来た美しい王女が、自分の大嫌いな人間などの嫁になるとは晴天の霹靂であったに違いない。
「では失礼させて頂きますぞ」
結局、アガレスは俺達と一度も目を合わせずに部屋を出て行ったのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
それから、30分後――
とんとんとん!
ドアがリズミカルにノックされた。
約束の時間きっかりだ。
「どなた?」
「アガレス様の命により、バルバトスが参りました」
「どうぞ!」
「失礼致します!」
入って来たのはクールで思慮深そうな一見30代前半の男であった。
身長は俺と同じくらいで約180cm、体格は筋肉質でがっちりしている。
髪は茶色で短髪、顔はほどよく日焼けしていた。
まあアモンほど偉丈夫という感じではない。
多分、彼も人化……しているのであろう。
「久し振りですね、バルバトス」
「イザベラ様にはご機嫌麗しゅう! そしてご結婚おめでとうございます!」
「ありがとう! 謁見の際にも見たでしょうけど、彼が夫のトールよ」
「改めまして! トール様、バルバトスでございます!」
じっと俺を見る鳶色の瞳……
俺は思わず彼から放出される魔力波を読み取ろうとした。
この男が俺をどう思っているか、つい見てみようと思ったからだ。
何と魔力波は暖かなオレンジであった。
これは!?
え?
好意!?
友情?
そして忠誠!?
「ふふふ、トール様。私の魔力波はどう見えましたかな? 私は友であるアモンから貴方の話を聞いてぜひ伺おうと思ったのですよ」
あ、ばれてる?
って、アモンから俺の事を?
「アモンは王の命により、新たな妻を娶った上、この国に留まり、これまでと違う任務に就く事になります。しかし彼の本意は違う。貴方と……トール様と引き続き、この世界を旅したかったのです」
俺はそれを聞いて思わず胸が熱くなった。
俺だって!
俺だって、このまま……兄貴のようなアモンとまだまだ旅をしたかった!
「ははは!」
いきなりバルバトスが笑った。
しかし別に俺の事を馬鹿にしての笑いという感じではない。
嬉しそうな、ホッとしたようなそんな笑いであった。
「いや、失礼! 貴方はやはり私の想像通りの方だ……アモンと同じお気持ちでいらっしゃる」
どうして?
も、もしかして!
「私も少々、魔力波読みを使う事が出来ます。とは言っても貴方のような達人に比べると感情の内容を大雑把に知るくらいの児戯のようなものですが……」
ここでバルバトスは跪いて頭を深く下げた。
「アモンは私の心の友……貴方も彼の心の友だとすれば、我々はお互いに心の友になれる可能性がある。ましてや貴方は神の使徒でありながら、私達悪魔の為に働いてくれるという。これで力を貸さなければ、私は男でなくなります」
バルバトスは顔を上げると、にいっと笑う。
日焼けした顔の中で僅かに開いた口から見えた、その白い歯はやけに目立っていたのであった。
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