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第80話 「期待」

 俺とイザベラは義姉レイラの部屋でエフィム、レイラ夫婦と正対している。

 2人から大層な魔道具は貰ったが、まだ大事な話が残っているからだ。


 大事な話というのは、俺達クランバトルブローカーがディアボルス王国同様に、エフィム王子の祖国トルトゥーラ王国においても、出入り自由の御用達商人として営業許可を与えられる事だそうだ。


「おう! そんな事は全然構わないぞ、あう! レ、レイラ? な、何を?」


 鷹揚に頷くエフィムをどん!と押し退けて、俺と話そうと出て来たのはレイラだ。


「貴方は引っ込んでいて! 私は2人に頼みがある。多分、父上も同じ事を考えているわ」


 レイラは改まった様子で真剣な表情をしている。

 突き飛ばされた傍らのエフィムは鬼嫁の尻に何度も敷かれて罰が悪そうだ。

 普通の表情に戻ったレイラはふうと溜息を吐いて俺に言う。


「私達悪魔の国々は基本的に貧しいの。太陽の恵みを受けられないこの世界は慢性的な物資不足に喘いでいて、豊富な地下資源以外は満足に行き届いていない状況だから」


 確かに転移門から、この悪魔の住む世界に出た時に、余りにも地上と違う荒涼とした世界である事にとても驚いた記憶がある。

 このような世界に封じ込められているのは、神からの命令だろう。


「神の厳しい縛りがあるでしょうからね」


「トールは分かっているようね」


 俺の指摘に対して、レイラは唇を噛み締めていた。


「人化して僅かな悪魔が目立たぬように人の街で暮らす分には神からお目こぼしされるけど、国をあげて大量の悪魔が地上へ移住など到底考えられないわ……神力ゴッドオーラに耐性が無い私達は直ぐに滅ぼされてしまうから」


「……この魔界で地道に暮らせ……そういう事ですよね」


「トールの言う通りよ。私達悪魔が平和に暮らす為にはこの魔界で幸せになるしかないの」


 平和で幸せに……

 その為に愛は必須だが、愛を潤す為には経済的に豊かであった方が良いと俺は思う。


「その為には国を富ませないと……地上とこの国を行き交い、双方に富をもたらす商人が必要ですね」


 俺の考えにレイラも賛成のようだ。

 大きく頷いた仕草が、それを証明していた。


「ええ……その通りなんだけど、この国の宰相があのベリアルでは駄目ね。彼は小賢しいし、その場凌ぎの愚劣な政策しか考えつかない。本当に役に立つ事など行った事がないの……他の側近も軍も同様に大馬鹿よ」


「大変だな……ふむふむ……でも争いも無く平和ならばそれで良いではないか?」


 エフィムがぽつりと呟いたが、すぐさまレイラの厳しい叱責を受ける。


「何を人事(ひとごと)みたいに暢気(のんき)な事を言っているのですか? 貴方のトルトゥーラ王国もこのディアボルスと全く同じ窮状なのです――あちらに行ったら直ぐ義父上ちちうえに上申して、びしばしと、やらせて頂きますよ!」


「う、うぐぐ……」


 ぴしりと、新妻に言われてエフィムは俯いた上に口篭ってしまう。

 

 成る程ね……

 レイラは裕福に育った王女でありながら意外にも冷静でクレバーな現実主義者であり、エフィムは優しくて人は良いが、夢見がちな典型的坊ちゃん王子なのである。


「ともかく! 父上がこのディアボルスにてあなた方に行った事はトルトゥーラ王国においても同様に手配しておきます。トールとイザベラの夫婦が商人として成功してくれれば私達悪魔は生き延びる可能性が出て来るのですから」


 話をしているとレイラは単なる『鬼嫁』ではなく優れた政治家でもある事が窺がえる。

 そんなレイラは俺達バトルブローカーにはとても期待しているらしい。


「あなた達はさ、神の悪戯でこの世界に転生した使徒トール、悪魔の王女イザベラ、竜神族の娘ジュリア、そして失われたガルドルド人で創世神の巫女ソフィアというとんでもない組み合わせのクランでしょう?」


 レイラはそう言うと悪戯っぽく笑った。


「良いにしろ悪いにしろ、絶対に普通にはならないわ――何かが起こると思うもの、私は全面的にバックアップするわ」


 俺とイザベラはトルトゥーラ王国においても便宜を図って貰う約束をして2人の部屋を後にしたのであった。  


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 あてがわれた部屋に戻った俺は直ぐに全員を召集して、これからの予定を告げる。

 既にアモンは王宮を去っており、部屋に居たのはジュリアとソフィアだけだ。


 まずはディアボルス悪魔大学の学長オロバスに会わなくてはならない。

 彼に会えばガルドルド魔法帝国の失われた技術に関して、何か有意義な情報を得られる可能性がある。


「早速、悪魔大学へ行こうよ! ソフィアを助ける為に次にあたし達がどこへ行くのか、重要な手懸かりになるような気がするよ」


 覚醒したジュリアの竜神族としての勘だろうか、彼女はオロバスに少しでも早く会おうと強調して来た。

 それを聞いたソフィアはじっとジュリアを見詰めていた。

 仲間の自分を思う気持ち……それをしっかりと実感しているに違いない。


 しかし!


 ここ王宮から大学までの道のりを、どうするかという問題が生じてしまう。

 まずベリアルとエリゴスの配下達には頼めない。

 悪意を持った彼等は、俺達を敵視していて粗探しに躍起だからだ。

 それに全く土地勘の無い俺達が、いきなり大学へ行くのは無理だし、イザベラも護衛無しで訪問した事など全く無い。


 ……それに帰り道で義父アルフレードルに紹介して貰った、このソドムにあるディアボルスの有力な商会に行く手立ても欲しい所だ。

 こんな時にアモンが居たらと助かるとのにと思うが、居ない者は仕方が無い。


 とりあえずイザベラに聞くのが手だ。

 俺は事情を説明した上で彼女に問う。


「イザベラ……誰か良い案内役は居ないかな?」


 イザベラは可愛く首を傾げ、暫し考えた末にポンと手を叩いた。


「侍従長に相談してみましょうか?」


「侍従長?」


「私とレイラを凄く可愛がってくれている父の側近の長が居るの……ほら、あの人よ」


 イザベラの説明で記憶の糸を手繰ると、俺はその侍従長とやらの風貌を思い出す事が出来た。


 そういえばアルフレードルへの謁見の時に付き従う大柄な老人が居た。

 眉間に皺を寄せて、見るからに頑固で気難しそうだなぁと、思った印象があったっけ……


「でもね、難点があるの」


「難点?」


 イザベラはそう言うと俺達を見渡して溜息を吐いた。


「彼は悪魔族以外は大嫌いなの……特に人間は超が付くほど大嫌いなのよ」


 むう!

 それって、気難しそうだという外見通りじゃないか!

 協力して貰うのは難しいのか……

 

 アルフレードルやレイラのように今の俺達には『シンパ』って奴が絶対に必要だ。

 いわゆるバトルブローカーの支持者、賛同者、協力者という存在である。

 俺達単独では目的を成し遂げるのが難しい時に、彼等に頼んで様々な便宜を図って貰う事が必要なのだ。


 そうか……

 これが人脈つくりってものなんだな。


 俺は今更ながらジュリアが以前言っていた事を実感していた。


「でも他に手は無いんでしょう?」


「このままではらちがあかぬ……その侍従長とやらを呼ぼう」


 ジュリアとソフィアも侍従長を呼ぶ事を提案する。


 俺は頷いてイザベラに侍従長を部屋に呼ぼうと話したのであった。

ここまでお読み頂きありがとうございます!

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