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第8話 「仲買人への勧め」

 大空亭1階食堂、午前9時……


「トールはこれからどうするの?」


 よくよく聞けばこの世界で彼と彼女の間柄になるという事は、たとえ結婚はしなくてもふたりで生計を立てて暮らして行くという事らしい。

 

 これからの俺達の将来……

 

 ジュリアは今後どのように暮らして行くかという人生設計を、俺と一緒に考えたいようだ。

 女性はどの世界、いつの時代でも現実的という事だろうか?

 そこで俺はこの世界に来て、やってみたい職業のイメージを彼女へ伝えてみる。


「俺、最初に言ったように冒険者になろうかと思っている……つまりトレジャーハンターだな」


 トレジャーハンターとはありとあらゆる未知の場所に(おもむ)き、宝を探す冒険者の事だ。

 ……例えば廃墟や遺跡の奥深く隠された古代文明の遺産、険しい山の中に隠された財宝、海なら沈没船の探索など、一般世間から隠されたお宝を探し出すのである。

 昔の映画や小説の冒険者のイメージを思い浮かべた俺はその格好良さに興奮してずっと憧れていた。

 これぞまさに俺が中二病の証拠でもある。


「でもさ、トール。凄いお宝なんて中々見つからないよ」


 夢よ叶えと、入れ込む俺に対してジュリアは冷静だ。

 生と死が隣り合わせの、この異世界で生きている女性だけの事はある。


「厳しい自然や無慈悲な魔族や魔物。迷宮の怖ろしい罠なんかを考えるとね。結構な危険があるのに対して大きな見返りは滅多にないから……信頼性の高い情報を掴んで確証を得た時は大いに『あり』だけどね」


 頭から否定しないのがジュリアの良い所だ。

 加えて、彼女には提案したい職業があるらしい。 


「ものは相談なんだけど……あたしが宿屋の仕事の傍らにやっていた仲買人(ブローカー)の方が全然美味しい仕事だと思うよ。こっちだって度胸と物を見る目がないと勤まらないけど」


 仲買人?


 俺がそう思っていろいろ話を聞くと、ジュリアは借金返済のお金を貯める為にいろいろな人から不用品を仕入れて転売し、利益を出していたそうだ。


 いわゆるブローカーという奴か、はたまたジャンク屋の事か?

 確かにそれだと冒険者に比べて危険はまだ少ないが……

 この世界に来て憧れの冒険者になろうと思っていた俺の願望はどうなる?


「じゃあ……冒険者は諦めた方が良いのかな?」


 俺が男の子らしい気持ちをほんの少し話した時である。

 ジュリアは顔を歪め、泣きそうな表情になってしまったのだ。


「だ、だってトールに万が一の事があったら……あたし……何でこんな気持ちになっちゃったんだろう……あたし、あんたの事……やっぱり凄く好きなんだもん」


 あれ!?

 あれれれれ!

 俺の事、そんなに心配してくれるんだ!?

 好きだって言ってくれるんだ、俺の事。

 それも凄く好きだなんて!

 今迄の人生で、一番感動したよ!

 可愛いな、俺のジュリア!


 ジュリアに心配された俺は彼女に対して急に愛しさが込み上げて来た。

 真っ赤になったジュリアは、ばつが悪そうに無理矢理話題を変える。


「と、ところでさ、仲買人でも冒険者でもしっかりと稼ぐには大きな街に行った方が良いよ、例えば冒険者の街と呼ばれるバートランドとかね」


「え!? ぼ、冒険者の街!? そ、それ、どこ? どこにある?」

 

 勢い込んで聞く俺にジュリアは若干引き気味だ。


「凄い食いつきようだね。 で、でもトールがこの前言った通り、暫くはこの村の近辺で生活して慣れてから旅立った方が良いよ。それにゆくゆくは大きな街で仲買人をやるとしてもあたし、まずはこのタトラ村の為に貢献したいんだ」


 タトラ村に貢献?

 ふ~ん……偉いなジュリア。

 お前はこんなに若いのに凄くしっかりした娘だ。

 ……今更だけど……この子っていくつなんだろう?


 俺が何か聞きたそうにしているのでジュリアも反応する。


「何?」


「お前の年齢って?」


「もう! あたしだって15歳だからもう完全に大人だよ!」


 うは~!

 たった15歳でもう大人か!


 2つも歳上の俺は……この体たらくだし……

 もっともっとしっかりしなければと強く思う。


 それにはやはりこの世界の情報収集だ。

 情報源はまずジュリアからである。


 30分後――

 じっくり話して分かった事だが、ジュリアは俺が思ったよりずっと博学だ。

 この国の大きな街の事は余り知らならしいが、このタトラ村と周辺の地域の事は熟知している。

 だから俺は安全策を取る事にした。

 よくよく考えたら『最強』ではない俺が慎重さを欠けば即ゲームオーバーなのだ。

 もしかしたら彼女と巡り会わせてくれたのもあいつの加護かもしれない。


 『童貞を捨てさせてやったのもそうだよん』


 え?

 一瞬何故か変な声が聞こえたような気がしたが……

 まあ、良い。

 聞こえなかった事にしておこう。


「手持ちの金が出来たから、まずは隣村のジェトレまで一緒に行って貰うよ。この村よりは全然大きい村で『市』も立つし、『オークション』も行われる。近くには古代王国の遺跡もあって冒険者のクランがそこから持ち帰ったお宝をさばいているのさ。あたし達はそのお宝をいくつか買って転売して利益を出して戻る……これをクリアするのが最初の課題だね」


 ジュリアはそうやってお金を貯めていたらしい。

 凄いな、ジュリア。


 俺はまずジェトレ村までの距離を聞いてみた。


「そのジェトレって村まではどれくらいかかるのかい?」


「うん、あたしの足で約5時間ってところだね。この村をお昼前に出れば、少なくとも夜になる前にはジェトレ村に着くよ。4、5日程度あっちで商売して儲けを出してから、タトラ村に帰って来るってのはどう?」


 そうやって何往復かすれば俺も商売にも慣れるだろうとジュリアは言う。


「ああ、良いよ。でも何日か泊りって事は……夜は……」


 俺の言葉にジュリアは昨夜の事を思い出したらしく顔を真っ赤にした。


「ば、馬鹿! トールのエッチ!」


 だがジュリアは今度は俯かない。

 しっかりと俺を見てにっこりと嬉しそうに笑ったのであった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 俺とジュリアは今、タトラ村の中を手を繋いで歩いている。


「仲買人でも冒険者でも最後に助けてくれるのは人脈さ」


 人脈って?

 人付き合い?


 コミュ障気味の俺にとっては一番苦手な部分だ。


「それって……ジュリアに一切任せちゃ駄目か?」


「何、言っているの? 駄目に決まっているじゃない! 人との密なやりとりがどんな職業でも基本だよ」


 一刀両断の如く、ジュリアにびしっと言われてしまう……

 やはり俺もどんどん人と繋がっていかなきゃ駄目なのか。


「じゃあ、とりあえずはこの村で練習だね、行こう!」


 ジュリアが連れて行こうとしているのは村で唯一の商店だ。

 店の入り口の上に看板が掲げられていた。

 看板には下手な字で『モーリスの店』と書いてある。


 この店は万屋(よろずや)だ。

 すなわち食料品を始めとして日曜雑貨まで扱っていて、今でいうコンビニみたいな店である。

 中に居た店主はジュリアを見て笑顔を見せた。

 

「おう、ジュリアちゃんか!」 

 

「おっちゃん、こんちわ!」


 ジュリアは店主へ気さくに声を掛ける。

 同じ村人同士で顔馴染みなのは勿論、大空亭の手伝い以外に仲買人をやっているジュリアの商売柄、普段から付き合いをしているのであろう。


「今日は何の用だい? ……おっとその男は?」


 男が俺を(いぶか)しげに見るのでジュリアは慌てて紹介する。


「彼はトール、あ、あ、あたしの……か、彼氏だよ」


 噛みながら俺の事を紹介するジュリアの姿を見て、俺は改めて彼女と恋仲になった事を実感する。


 そうか!

 俺も名乗らなきゃな。


「ええと、トール・ユーキです」


「トールって言うのか! 俺はここの店主のモーリスだ、宜しくな。それにしても吃驚びっくりだ! あの大の男嫌いのジュリアちゃんがとうとう彼氏を作ったか? こりゃ目出度い……よおし、大サービスだ」


「男嫌いって……ただ理想の男に出会えてなかっただけだよ」


「まあまあ、良いじゃないか。ちょっと待っててくれよ」


 モーリスは一瞬店の奥に引っ込むと、何かを持って来て店のカウンターに並べた。

 並べられた商品は3つである。


「この3つのうちひとつだけ5,000アウルムで売ってやろう。それぞれ最低でも8,000アウルムはする商品ばかりだが、価値にはバラツキがある。当然一番高い商品を買った方が得だぜ」


 モーリスも一風変わった男である。

 商人として俺達を試して物を売ろうとしているのだ。


「ほら、トール。良い機会だから選んでみてよ」


 ジュリアが促す中、俺はモーリスの提示する商品を見極めにかかったのであった。

ここまでお読みいただきありがとうございます!

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