第79話 「夢の成就」
レイラの部屋の床が眩く光っている。
いよいよエフィムが召喚した魔族が現れるのだ。
俺はもう心臓がどきどきして堪らない!
どうき、息切れ、気つけに良く効く薬が欲しいくらいだ。
だってさ、GAMEで散々遊び、資料本を読み込んだ俺も初めて目の当たりにする召喚魔法発動の瞬間なんだもの!
まず不定形で強力な魔力波が立ち昇る。
固唾を呑んで見守っていると、魔力波がだんだんと形になって行く。
こ、これは!?
この形は?
い、犬?
それも3つの首がついているぜぇ!
って事は!
もしかしてぇ!
もしかしてぇ!
がああああああああ!
実体化して、目の前に現れたのは、怖ろしい声で咆哮する大型の3つ首犬。
ビンゴ!
やはりケルベロスだよぉ!
こいつは絶対に俺の長年の想いを乗せて現れてくれたのである。
まさに夢の成就といえよう。
ケルベロスとは「底無し穴の霊」という意味の名を持つ冥界の番犬である。
ギリシャ神話の怪物であるテューポーンとエキドナの息子。
竜の尾と蛇のたてがみを持つ巨大な犬であると言われるが、目の前に居るケルベロスは3つ首なだけで竜の尾や蛇のたてがみなど無く、ふさふさした触ると気持ち良さそうな茶色の毛並みを持っている。
見た所、大きさだって、シベリアンハスキーくらいじゃね?
とうとう俺は嬉しさの余り思わず大声を出していた。
「兄上! 姉上! ありがとうございます!」
「ほう! そんなに嬉しいか?」
俺の反応にエフィムの顔も綻ぶ。
「そりゃ勿論! 俺にとってはケルベロス召喚が永遠の憧れでしたから!」
今やクラシックとも言える、天才絵師デザインの某悪魔呼び出しゲーム。
これに嵌った人なら必ず分かる筈だ。
ゲームスタートから少し経って、イベントで手に入れる強力な魔獣。
序盤で連れまわすケルベロスは掟破りとも言える主人公の強力な味方だからだ。
「ふうむ……こんなに喜ぶとはね。まあ良かったよ」
エフィムは俺が凄く喜んだのでホッと息を吐いた。
「トール、本当にケルベロスでよかったのか? 一応、夢魔か、こっちにしようか、相当、迷ったのだが……」
エフィムは彼なりに俺へのプレゼントの内容を考えて悩んでくれたらしい。
しかし!
それは余計な、実に余計なひと言であった。
「貴方!」
鋭い、それも怒りの声がエフィムに投げ掛けられたのである。
声の主はイザベラの姉であるレイラであった。
余りの怒りに髪の毛は逆立ち、目は吊り上がっている。
息を吐けば灼熱の炎が吐かれそうな気配だ。
あ、あの優しい癒し系のお姉さんはどこに行ったのよ?
「わあっ、何だ? レイラ?」
「何? 夢魔って?」
「ええっと……ト、トールへのプレゼントさ。側室か、あ、愛人にしたらどうかなと思って……」
俺に夢魔を贈ろうと思った理由をしどろもどろに語るエフィム。
格好良い雰囲気と違って、よく言えば優しく、悪く言えば……単なるヘタレである。
俺がそんな事を考えているとレイラの怒号が響く。
「何が側室か、愛人に……です! イザベラとトールの夫婦仲が折角上手くいっているのに、夢魔なんか与えるなんて! 2人の間に波風を立てる事はこの私が許しません!」
「は、は、はいっ! 御免なさ~いっ! もうしません!」
エフィムを容赦なく叱責するレイラ。
絶対に優しい癒し系だと思っていたら……全然である。
レイラは恐い形相で小さくなって詫びるエフィムを睨みつけていた。
早くも夫をどんと尻に敷いているのだ。
これでは強そうな悪魔王子も形無しである。
俺は思わずイザベラを見た。
しかしイザベラはにこにこしている。
そんな2人の事を全然心配していないようだ。
そしてぽつりと呟いたのである。
「大丈夫……この召喚を私達の為に考えてくれた事だし、喧嘩するほど仲が良いって言うでしょう?」
そんな……ものですか?
暫し経って、一方的な夫婦喧嘩というような騒ぎが一旦収まってから、俺はエフィムに話し掛けた。
「ええと……兄上……ちょっと宜しいでしょうか?」
「う、うむ! 何だ? 今取り込み中だ」
さすがにエフィムは歯切れが悪く、落ち着きが無い。
俺達の前であんなに叱責されては彼の面目は丸潰れだろう。
「それはよ~く理解しております……だけど、ひとつだけ優しい兄上にお願いが……」
「お願い?」
「はい!」
「そうか、願いか? ようし、可能な限り……叶えよう」
『可能な限り』というのが、鬼嫁レイラに対しての牽制球なのだろうが、俺が両手を合わせて頼み込むとエフィムは少し余裕を取り戻したように見えた。
そうそう!
冥界の番犬ケルベロスを貰ったお礼に、少しはこの可哀想な義兄を立ててあげないとな。
「実は俺……」
「うむ! 早く言え!」
口篭る俺をちょっといらついたように促すエフィム。
俺はさりげに聞いてみたのだ。
「俺って肝心の召喚魔法が全く使えないのです! どうやってケルベロスを呼べばよいのでしょうか? てへぺろ」
「「「はぁ!?」」」
この場に居た者は俺以外目を大きく見開いて驚いている。
「イザベラ……この人、大丈夫? てへぺろって……ちょっと気持ち悪いけど」
レイラが心配そうに妹に聞く。
「う~ん、大丈夫だと……思う……けど」
姉に迫られたイザベラの答えは、何故か全く歯切れの悪いものだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「召喚魔法が使えない上級悪魔なんて聞いた事がないわ」
「そうそう! レイラの言う通りだ!」
あ、きったね~!
風向きが変わったらすかさず嫁さんに取り入っているよ、この悪魔め。
それに俺は悪魔じゃないっつ~の!
ま、まあ、主人は冷酷で悪魔みたいな邪神だけど……
「トール……本当に使えないの?」
イザベラもせつなそうな目で俺を見る。
しかし俺はそんな視線は無視してきっぱりと返す。
「うん! 使えない!」
後から聞いたら上級悪魔って数万の手下を使う時に召喚の魔法が必須みたい。
しかし折角貰えた憧れのケルベロスが使えないのは辛い。
「仕方が無い……これをやろう」
頭を抱えていた俺に助け舟を出してくれたのは、やはりエフィムであった。
彼は古ぼけた真鍮製らしい指輪を、ひとつ渡して来たのだ。
「え、これって?」
「ルイ・サロモンの魔法指輪を模した召喚の指輪だ、それも結構な上物だぞ。このケルベロスを召喚と言霊を詠唱すれば簡単に召喚出来る」
おおお!
気が弱いのが玉に瑕だけど、優しい兄貴に大感謝だ!
「召喚だけじゃあないぞ! 戦った敵に勝って止めを刺す前に支配と唱えて成功すれば、従属させる事が可能だ」
へぇ!
召喚&従属の指輪なのね!
「従属した相手は指輪内に封じ込める事が出来て、なおかつ10体迄、召喚対象に出来るんだ」
何だって!
それって、あの某ゲームそのものじゃないか!
中二病の俺は、とてつもないお宝を手に入れた喜びに、全身を打ち震わせていたのであった。
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