第78話 「美味い話の裏」
イザベラの姉レイラの結婚式が終わった翌朝……
俺とイザベラは、彼女の父である悪魔王アルフレードルに呼ばれて、王宮へ伺候した。
「よくぞ、来た。我が息子に我が娘よ」
我が息子に我が娘?
その呼び方って、この親爺に認めて貰ったって事か?
この俺が……
良いのか、悪いのか、色々な意味で微妙だが……
「この前の話通り、余から仕事を発注しよう。我が悪魔王国ディアボルスが他国に誇れるような宝物を購入せよ、但し予算は金貨100万枚、報酬は別途支払うが、購入金額の2割としよう」
おおっ、すげぇ!
予算100億円!?
で、最大利益が20億円!?
これはグレイトオファーだ!
期限等何か条件はあるのだろうか?
「期限は本日より1年以内、更にオプションとして当該の宝物が、我が王国に貢献すれば、別に金貨10万枚の褒美を取らそう」
我が王国に貢献?
それって経済的な貢献?
好感度上昇に貢献?
って、方法は?
「任せる……自由でよい。その代わり両方とも余が認めた場合に限る」
そうか……
でもさ、これって話が美味過ぎる。
……このような場合は契約条件の確認だな。
悪魔は人間を陥れるのが好きだが、契約自体はきちっとするからな。
「万が一、貴方に認められなかったり、定められた期間内に見付からなかったりした場合はどうなるのですか?」
「死……だな。正確に言えばお前の魂を喰らわせて貰う」
「お父様!」
とんでもない条件提示にイザベラの非難の声が飛ぶ。
しかし、アルフレードルはしれっとして意に介していない。
だけど……何じゃあ、そりゃ!
こんな無謀な仕事は受けられる訳がない。
俺はきっぱりと断る事にした。
「ペナルティが『死』なら謹んでお断りします!」
「許さぬ!」
断固とした俺の返事にアルフレードルは不機嫌さを隠そうともせず、眉間に皺を寄せた。
禍々しい瘴気と負の魔力波が押し寄せる。
だが俺は今度ばかりは怯まなかった。
「どうしても受けろ! というなら貴方と本気で戦います。俺には家族との先約がいくつかある。それを先に果さないといけませんから」
「むう! では金は要らぬのか? お前は人間らしくない欲の無さだな。普通の人間ならこれほどの金を提示すれば、魂と引き換えに金を取るぞ」
不思議そうな顔で俺を覗き込むアルフレードルであったが、何か思いついたように、はたと手を叩いた。
「……そうだ! 考えられないくらいの快楽も与えようぞ……人間族の絶世の美女数人と五感に染み渡る快感もつけよう!」
「お父様ぁ! いい加減にして下さい!」
イザベラの金切り声が響く中、今度はトーンを落として俺を説得にかかる
やはりアルフレードルは百戦錬磨の悪魔王だ。
剛だけで押して来ない。
柔の物言いも中々だ。
普通の人間なら直ぐ飛びつくだろう。
……だけど、これって考えたら直ぐやばいと分かる話だ。
20億は魅力だけど、成約条件がこの親爺が「気に入ったなら」なんて曖昧な基準じゃあ危なくて仕方がない。
俺は再度、言い放った。
「俺はイザベラを始めとした家族を置いて簡単には死ねませんのでね。その代わり商人としてこのディアボルスに貢献させて貰いますよ」
すると俺の強硬な主張に対してアルフレードルは拍子抜けするくらいにあっさりとオファーを取り下げたのである。
「ふふふ、分かった……ではお前達に期待して先行投資しよう。無利子・無期限・ペナルティ無しで返してくれれば良い。金額は金貨5万枚だ」
ええっ!?
無利子・無期限・ペナ無しで5億円も貸してくれるの?
これならば凄く美味しい!
イザベラを見たが、笑顔で頷いているので、こちらの話は信じてよさそうだ。
なので、俺は遠慮なく受ける事にした。
口頭での話なので後で「言った、言わない」が怖いが、イザベラも一緒に聞いているから問題は無いだろう。
俺は素直に礼を言った。
「ありがとうございます」
「うむ! それとこれをやろう」
機嫌が良くなったアルフレードルから渡されたものは書面で、どうやらどこぞへの紹介状らしかった。
裏面はしっかりと封蝋が施されている。
ええと……これ、宛名は?
悪魔語か?
残念ながら、俺にはこの文字が全く読めない……こんな時は……
「イザベラ」
「了解!」
俺はイザベラに書面を渡し、宛名を読んで貰った。
「ええと……ディアボルス悪魔大学学長オロバス殿って……トール、これって王国で有名な学者だよ」
王国で有名な学者!?
するとガルドルドの事を知っている?
そんな俺の魂を読んだ様にアルフレードルは言う。
「オロバスが、どこまでガルドルドの事を知っているかは正直、余には分からぬ。だがこの王国で最高の知識を持つのが奴だ……何なりと聞いてくるが良い」
おおっ!
これも嬉しい。
後、1年で肉体が崩壊するソフィアの為に少しでも早く手懸かりを掴まなくては!
――更にアルフレードルは悪魔王国内の商会宛にいくつか紹介状を書いてくれた。
これは俺達が王のお墨付きで商売を出来るようにする為だ。
折角、悪魔王国ディアボルスの御用達商人になったのだ。
よ~し、商売、商売!
頑張るぞぉ!
あれ、俺って……完全に商人仕様になっているなぁ。
これって絶対にジュリアの影響だぞ。
俺は微妙な心持ちでアルフレードルに跪いて深く頭を下げたのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
アルフレードルに謁見した俺達は『拝謁の間』を出ると、あるカップルに呼び止められた。
……イザベラの姉のレイラ王女と隣国の悪魔王ザインの息子エフィム王子である。
俺にとっては義姉、義兄にあたる。
結婚式の時に初めて会って挨拶した時に感じたが、姉のレイラはイザベラに面影が良く似てはいるが、もう少し表情を柔和にしてふくよかにした癒し系的美人な雰囲気である。
反対に夫のエフィム王子は細面の苦みばしった二枚目であり、人気若手タレント某に良く似ていた。
転生前の俺ならレイラが俺のどストライクでもある事から、「リア充――爆発しろ」と必ずエフィムを呪ったであろう。
「イザベラ、トール、お前達にぜひ話があるのよ」
俺達はとりあえずレイラの部屋に招かれたのだ。
15分後――レイラの部屋
「懐かしい、この部屋! でも姉さんもあと1週間でトルトゥーラ王国に旅立つのだものね」
イザベラとレイラの姉妹を中心に話は盛り上がる。
というか、もう暫く会えないであろう2人に存分に話して貰うエフィムの配慮らしい。
良い人だ!
いや凄く良い悪魔じゃないか、エフィム。
聞くとエフィム王子のトルトゥーラ王国でも結婚式をやるらしいのだ。
え!?
俺達、出席しなくても良いの?
「良いのよ、トール」
俺が心配するがイザベラが首を左右に振る。
心配は杞憂であった。
双方の国でやる結婚式は『当地の身内』だけで執り行うらしい。
だから、今度はエフィム側の親族と一族郎党で行うわけだ。
おかしいとか突っ込みは無し!
悪魔の結婚式だし、異世界だし……まあ、良いじゃあないですか。
「お前達に3つ贈り物がある。今回俺達の為に頑張ってくれたお礼だ。本当にありがとう!」
エフィム・レイラ夫妻からの御礼とは……何と金貨3万枚と、金貨2万枚相当の宝石であった。
こりゃ、凄い!
「義父様がお前に出した金貨5万枚に合わせたのだ」
そういうのを悪魔流と言うらしい。
改めてイザベラに聞いた所、あの金貨5万枚は無利子・無期限という事で俺にくれるのと同義であるそうだ。
「そしてこれは俺からプレゼントだ。アモンが仲間から抜けると聞いたものでな」
エフィムは、ぱちんと指を鳴らした。
ほぼ無詠唱の召喚魔法をそれも数秒で発動させたらしい。
……恐るべきエフィム。
――何かが来る。
それも冥界からだ。
巨大な魔力波を感じる。
どんな奴が……
俺はイザベラを庇い、地の底から湧き出る瘴気と魔力波が漏れ出す地をじろりと睨んだのであった。
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