第77話 「お互いの決意」
彼等にとっては本当に待ち望んでいたものが到着した。
俺の持ち込んだ『賢者の石』と『オリハルコン錬金のレシピ』を見て錬金術師と鍛冶職人からなる悪魔王国ディアボルスの特別チームの面々は色めき立ったのだ。
彼等はここまで苦渋の思いだったに違いない。
何せ第一王女の結婚を無事執り行うという国の威信がかかっているのだ。
その上、国王はあの怖そうなアルフレードルである。
もし、この特別任務をやり遂げられなければ、待っているのは悪魔にとっての死である魂の消滅……もしくは軽くても永久的な魂の幽閉であろう。
悪魔族の錬金術師達はレシピを基にして昼夜貫徹で作業を行い、まずオリハルコンを鋳造した。
錬金術師が作ったオリハルコンを渡された鍛冶職人達が、ティアラと短剣を超特急で作り上げたのである。
輿入れ用のティアラと短剣が完成したと聞いた時の、イザベラの喜びようは尋常のものではなかった。
オリハルコン製のティアラと短剣の手配が、『家出』の口実とか、アモンには散々言われたのだが、優しい気持ちは本当で、イザベラはやはり姉思いの可愛い妹なのである。
準備が整えば、待たされた分、結婚式を行うのは早い方が良いという事になるのはどこの世界でも同じだ。
こうしてイザベラの姉のレイラは隣国の悪魔王ザインの息子エフィム王子と豪華な結婚式を挙げた。
俺が悪魔王アルフレードルに謁見してからたった5日後の事である。
アルフレードルに命じられた通り、俺はイザベラの夫としてその結婚式に親族の1人として出席したのだ。
人間の結婚式にも出た事の無い俺が、いきなり悪魔王家の結婚式に出るとは思いもよらなかったが……
悪魔の結婚式も、人間同様にしきたりなど凄く多いようであった。
下手に動いたり、発言すると直ぐボロが出ると言われたので、俺は結婚式の最中は地蔵状態でずっと黙っていたのだ。
そして式は……漸く終わった。
当然、時間はたっぷりかかった!
何と6時間コースである。
さすがに疲れた……
これはスパイラルから与えられた頑健な身体でも、違う意味で堪える。
王宮内であてがわれた部屋に戻った俺は大きく息を吐いた。
「ふう!」
「お疲れ様、ありがとう!」
イザベラが俺を労わってくれる。
彼女は実に優しい女だ。
アモンの助言もあり、ここ悪魔王国ディアボルスにおいて表向きはイザベラが正妻と言う事になっている。
アルフレードルは多分真実を知っているだろうが、何も言わなかった。
便宜上ジュリアは側室、自動人形のソフィアは侍女となる事もアモンから勧められる。
ジュリアはにっこりと笑って大人の対応を見せたが、ソフィアは俯いてしまう。
かつてガルドルド魔法帝国の王女だった誇り高い彼女にとって、侍女になれとは大変な屈辱であろう。
しかし、一瞬の沈黙の後、結局は口答えせずにその立場を受け入れたのである。
そのジュリアとソフィアはあてがわれた王宮の続き部屋に居る筈だが、その姿は見当たらなかった。
2人は一体どこへ行ったのだろう。
そういえば、このディアボルスで別れる事になったアモンの姿も見当たらない。
アモン……か
俺は一人っ子で兄弟は居ない。
そんな俺が今迄『兄貴』として、凄く頼りにしたのがアモンであった。
確かに邪神の助けが、いかにも神からの加護というのに比べると……アモンはもっと身近な存在だった。
婚約者であるイザベラを略奪するという最悪の出会いではあったけれど、俺は彼を師匠として、兄貴として、時には親友として接して来たのだ。
アモンは侯爵で本来なら結婚式に出席する権利と義務があるらしいが、今回は婚約者剥奪というペナルティで末席にさえ招待されなかった。
ちなみにジュリアとソフィアは他種族で身分が低いという理由から、真っ先に招待客リストから外されている。
それにしてもあいつら、どこへ行ったんだ?
勝手が分からない悪魔王国の王宮内なのに……
その時であった。
ジュリア、ソフィアを連れたアモンが部屋へ戻って来たのである。
「あふう、疲れたよぉ!」
「ジュリアよ! お前はさすがに竜神族だ、筋が良い」
「お、おい! アモンよ! わ、妾は!? 妾はどうじゃ?」
3人は良い汗を流しましたという雰囲気で何か運動をした直後のようだ。
ちなみにソフィアは自動人形なので、汗などかかないだろうが……
「ああ、トール、イザベラ! お帰りぃ~! ね、聞いて、聞いて!」
ジュリアによれば俺がイザベラの姉レイラの結婚式から戻って来る間に、ソフィアと一緒にアモンから戦いの基礎を教えて貰っていたという。
俺とイザベラが結婚式に出ているこの6時間――どう過ごすのか
「2人とも貴重な時間を無為に過ごす事はない、俺でよければ喜んで協力しよう」
アモンは最初2人にこう呼びかけたらしい。
堅苦しい言い方だが、ジュリアは彼の『誠意』を感じたのだ。
言っていなかったが、俺達には普段、王家親衛隊の連中の監視がついている。
嫌味なベリアルによれば『護衛』らしいが……監視役なのはみえみえだ。
なので例によって王家親衛隊の監視の下で、訓練場でもある闘技場に向ったそうである。
ジュリアはアモンの見立てにより、竜神族として目覚めた秀逸の索敵能力と俊敏さを活かしてシーフとしての訓練を受けた。
シーフの適性は当然の事ながら、優れた攻撃役としても素質があると太鼓判を押されたという。
「アモンからさ……自分はもう指導は出来ないけど、次回はトールと連携攻撃の訓練をするようにって……ふう」
ジュリアは寂しそうに溜息を吐いた。
彼女もアモンに対して父や兄の様なイメージを持っていたのだろう。
そんなジュリアを見てソフィアも慌てて言う。
「わ、妾も褒めて貰ったぞ!」
一方、ソフィアは強化役及び回復役としてとても評価して貰ったそうだ。
元々、ガルドルド帝国皇帝の妹にして類稀なる魔法の才を持つ創世神の巫女であるソフィア。
イザベラと並んで超一流の魔法使いなのであろう。
「魔法発動の際の魔力の省力化について良いアドバイスをして貰った……妾は、もっと優れた魔法使いになりたいのじゃ」
トール!
もっと、お前の役に立ちたい!
え!?
何ですと?
それは確かにソフィアの魂の声であった。
目の前に居るソフィアはじっと俺を見詰めている。
彼女から出る波動――魔力波は嘘を言ってはいない。
「おう! 俺もお前の役にもっともっと立ちたいよ!」
「な!? ななな、何を申しておる!」
俺がいきなり前振りもなく、返事をしたのでソフィアは吃驚した。
多分、これは本心を指摘された動揺という奴であろう。
素直な気持ちを吐露するソフィアが、俺には急に愛しく思えて来る。
だから今迄きつく言った分、優しくしてやりたいと思ったのだ。
「お前の役に立ちたいと言ったのさ。少しでも早くガルドルドの魔法工学の知識を持った人間を探し出して、お前を本当の身体に戻してやりたいんだ――お前の事は絶対に見捨てないからな」
「…………」
カタカタカタ……
何の音だろう……
俺が微かな音を聞きつけて周囲を見るとそれは俯いたソフィアが身体を震わせる音である。
「あ、ありがとう……」
暫くして顔をあげたソフィアは真っ直ぐに俺を見詰め、掠れたような声でぽつりと呟く。
その瞳である蒼い美しい宝石には俺の姿がしっかりと映っていたのであった。
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