第75話 「妻として」
イザベラが得意の爆炎魔法を容赦なく連発させたので、エリゴス麾下の王家親衛隊は大混乱に陥った。
はっきり言って奴等は俺達の事を舐め切っていたのであろう。
あのような無防備な態勢で上位級の攻撃魔法をまともに受けては堪ったものではない。
左翼からはソフィアが制御する、滅ぼす者の試作機が突っ込み、悪魔騎士達をなぎ倒すと混乱の度合いは一気に加速する。
「ええい! 隊列を立て直せ! 盾役の戦鬼アモンさえ討ち取れば、後は烏合の衆だ! 大勢で一気に正面から突っ込め!」
どうやらエリゴスの奴は俺がスパイラルの使徒であると名乗りをあげたのに、全く信用していないらしい。
イザベラに対しては、王族である能力は認めても戦闘慣れしていないから大丈夫と踏んだようだ。
アモンはイザベラの目前に立ち、完全に彼女を守る盾役に徹している。
ソフィアは試作機を操りながら、何と魔法障壁を張り巡らしている。
一度に2つ以上の魔法を発動させるとは、やはりソフィアは魔法の天才なのだ。
ソフィアの傍らに居るジュリアは魔法障壁に守られて戦況を見詰めていた。
「トール! もう一発、爆炎行くよ!」
イザベラの大声が響く。
爆炎の魔法が左翼に炸裂し、試作機も左翼から敵を崩しているので相手の目線はそちらに行っている。
右翼はがら空きであり、ここは絶好のチャンスであった!
俺が狙うのは大将のエリゴスただ一騎!
大将を倒せば戦意を喪失するのはゴッドハルトの時と同じと俺は考えたのである。
手薄になった右翼を、一気に突いた俺は馬上の騎士を敢えて狙わなかった。
このような場合は相手自体より図体の大きい馬を狙う方が効果的だ。
俺は的にした騎士達の馬を切り裂きながら一気にエリゴスに迫った。
馬とはいえ、魔界の馬なので神力を僅かに込めた俺の剣で呆気なく絶命する。
騎乗馬を殺され、あえなく地に落ちたエリゴス麾下の騎士達は俺に対して直ぐ反撃など出来ない。
護衛がおらず無防備なエリゴスに肉薄すると、俺はやはり奴の馬を倒し落馬させた。
落馬したエリゴスは虚を衝かれた事に呆然としている。
はっきりいって奴は俺の攻撃速度に全くついていけないのだ。
「エリゴス、覚悟!」
基本的に悪魔は死なないという。
だがエリゴス達の乗る悪魔の馬が死んだように彼等にとって俺が放つ神力はある意味天敵のような破邪の力だ。
多分、神力は悪魔族の魂を容易に破壊してしまうのだろう。
もし、そうであれば悪魔族がスパイラルの軍勢に全く歯が立たなかったのも頷けるのだ。
その時である。
俺の魂に聞き覚えの無い声が響いたのだ。
気取ったプライドの高そうな男の声である。
『待て! 停戦する! エリゴスを殺すな!』
これは緊急の念話であり、この場の全員に聞えたらしい。
「宰相! 我輩は人間などには絶対に降伏せぬぞ!」
座り込んで、刃を向けられたエリゴスは呼びかけられた声に抗う。
どうやら彼の上席らしいが、悪魔騎士の誇りとやらが敗北を良しとしなかったのであろう。
そしてエリゴスは俺を睨みつけると、観念したように叫んだのである。
「我輩を殺せ! 汚らわしい人間め、ひと思いにな。それが我輩の騎士としての矜持だ!」
俺はエリゴスをスルーして、宰相と呼ばれた声の主に返事をした
『おい! 宰相とやら、姿を現せ! ちゃんとこちらに来てお前がエリゴスの代わりに人質になるんだ!』
しかし宰相と呼ばれた男は少し待っても現れない。
状況を察してすかさずイザベラのフォローの念話が俺に入る。
『さっき念話で叫んだ奴は悪魔王国宰相のベリアルだよ、相当にしたたかな悪魔だから気をつけて!』
悪魔王国宰相のベリアル?
アモンと並んで以前に俺の読んだ資料書にあった有名な大悪魔の名前だ。
かつては天の御使いとして誕生したが、地に堕ちても強大な魔力と弁舌で力を振るったという大悪魔である。
その資料通りの奴だとしたら狡猾でしたたかな奴なのは間違いがない。
そこで俺は先手を打つ事にしたのだ。
俺は念話でイザベラに呼掛けた。
『イザベラ、もしかしてお前の魂から両親や姉に呼び掛けられるか?』
『え!? で、出来るけど……な、何故? あ!』
イザベラは勘が鋭く、聡明な女だ。
俺の申し入れの意味に直ぐ気付いたようである。
『ベリアルが全く信用出来ない男なら、しっかりと保険を掛けておこう。直接、お前の両親と姉へ、これから出向くと伝えるんだ。出来ればここまで迎えに来て貰うなら、なお良い。そうなればベリアルも簡単に俺達を謀殺出来ない筈だからな』
『な、成る程!』
イザベラは俺の言葉に納得すると同時に両親と姉宛に念話を開始した。
無論、ベリアルにも聞えるようにだ。
『父上! 母上! 姉上! 只今帰りました。 とても遅くなりましたが、姉上の輿入れの為に必要なオリハルコンのレシピと材料を持ち帰りましたよ。ちなみにこれらを得る事が出来たのは私の夫であるトール・ユーキ及び家族達の多大なる協力によるものです。その中には当然、アモンも含まれています!』
イザベラの家族への呼掛けに対して、宰相ベリアルが動揺するのが彼の発する魔力波によって、はっきりと伝わって来た。
もし、この動揺さえも擬態であれば、ベリアルはとてつもない策士であろう。
『イザベラ!』
重々しい声が響く。
俺の魂にもずっしりと響くような声だ。
もしかして……
『イザベラ、無事で何よりだな……お前の、その様子だとやはり下々の報告が違っているようだ……そこな人間よ、お前にも我が声が聞えているだろう。余がイザベラの父、悪魔王アルフレードルである』
やっぱりそうか!
じゃあイザベラ、次のお願いだ!
『父上、我々はそちらが無理をしなければ抵抗しません。というよりは我が夫トールは強者です。エリゴスやフルカスを一蹴したのですから……それにそもそも彼は私を力で打ち負かし、荒々しくも優しく抱いたのです』
はぁ!?
私を力で打ち負かし、荒々しくも優しく抱いたぁ!?
おい! 違うだろ!
それじゃあまるで俺が無理矢理Hしたみたいじゃないか!
しかしここでも悪魔の倫理が炸裂した。
『ふむ……お前のような剛毅な娘を無理矢理抱いて惚れさせたか……大したものだ』
ええっ!?
イザベラぁ!
俺、いつの間にお前を力で抱いた事になっているの?
しかも、それが大したものだって……何!?
悪魔王、却って嬉しそうにしてるじゃないか!
『父上! トールは強い男です! アモンも正々堂々と戦って打ち負かしたわ! だから彼はこの通り、トールに付き従っているのよ』
イザベラの念話が飛ぶとアモンは黙って一礼した。
これは彼が今の話を肯定するといった意思表示であろう。
イザベラは更に要求を続けた。
『父上、宜しければ私達が居るこの場所までお迎えに来て頂けますか……ここまで私達が理不尽に受けた仕打ちを考えると、それくらいして頂いても良いと思いますが……』
イザベラがそういうと、一瞬の間を置いて豪快な笑い声が響き渡った。
『ははははははは! 面白い! イザベラ、お前はもうその人間の妻として堂々と振るまっておるのだな』
『はい! 貴方の娘イザベラはもうトール・ユーキの妻ですので』
父親の指摘に対して、イザベラは間を置かずにきっぱり言い切ったのであった。
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