第74話 「信頼」
「我輩は悪魔王国ディアボルス王家親衛隊、隊長のエリゴスである。そこの5名よ、捕虜のフルカスを渡して大人しく投降し、我が王国の悪魔裁判を受けよ! もし抵抗すれば……全員殺す!」
抵抗すれば全員殺すって……さっきの悪魔フルカスと言い、この国にはまともに話し合おうという輩は居ないのかね!?
道中、俺はフルカスやエリゴスの言った悪魔裁判について聞いている。
アモンは何故か答えてくれなかったが、イザベラが色々と教えてくれたのだ。
悪魔裁判とは俺の前世の裁判とは違い、被告人に弁護士はつかない。
内容は殆ど一方的で、碌に釈明の場も与えられず、被告を最初から罪人にするようなものだそうだ。
そんな裁判なんか、俺達は御免蒙る。
ともかく相手は悪魔と言えども一応騎士なので、俺は一般常識的な話が通じないか、人間の『騎士の心得』を強調する。
「おい、そこの悪魔……俺の言う事を良く聞いてみろ!」
「よせ! トール!」
アモンが止めるが、俺はお構いなしだ。
「お前には忠誠、公正、勇気、武芸、慈愛、寛容、礼節、そして奉仕という精神が騎士には必須だと考えた事はあるのか?」
「…………」
やはりエリゴスは黙っている。
人間などと話したくないぞ、という露骨な魔力波が立ち昇っていた。
そこで俺は奴の矜持に訴える事にする。
「特に公正と寛容という言葉を選んで贈ってやろう。その意味が分かるか?」
「…………」
やはり奴は黙っていた。
じゃあ挑発……やってやろうじゃないか!
「お前を見てよ~く分かった! 俺はこの国の王女であるイザベラを見て悪魔王国ディアボルスとは素晴らしい国だと考えていたが、どうやら間違いだったようだな」
「!」
俺の言葉にそれまで無言を貫いて来たエリゴスだが、遂に反応があった。
悔しいのか、俯いて身体がわなわなと震えている。
俺は奴を見ながら構わず話を続けた。
「イザベラは美しく優しい。そして曲がった事が嫌いできっちりと筋を通す女だ。俺はこの国の悪魔は皆、彼女と同じだと考えていたが……この爺やお前を見るとまるで真逆さ。特にお前にはこのような命令を何も考えずに受ける歪んだ忠誠心しかない。後の騎士の7つの精神は全く持ち合わせては居ないな」
「やめろ!」
俺の舌鋒にとうとう我慢出来ずにエリゴスが叫ぶ。
こんなに一方的で傲慢な奴に礼儀もへったくれもない。
俺は堂々と惚けてやった。
「何が?」
「これ以上、我輩を侮辱する事をだ!」
予想出来た答えである。
ここで、俺は奴以上の大声を張り上げた。
「ふざけるな! 侮辱はどちらだ!」
喉の奥から絞り出した声は自分でも思った以上に大きい。
俺の声を聞いて、相手のエリゴスは呆気に取られたのは勿論、ジュリアやイザベラ、そしてアモンまで吃驚している。
「まず俺達は商人としてイザベラの姉の案件でここまで依頼の物を届けに来たんだ。それを無謀にも強盗のように奪おうしたのは馬上に居るこの馬鹿だ。その無礼を敢えて譲歩し、男同士の勝負で決めたのにまたお前等が出張って来て、この始末だ!」
「う、煩い! 元々、アモンを始めとしてお前等は犯罪人だ。まともな話などせんわ」
「ほう、正々堂々と戦ったアモンを侮辱して未だそう言うのなら……分かった、俺もこのまま黙って殺されるわけにはいかない。まず名乗らせて貰うぞ……闘神スパイラルの使徒、トール・ユーキの名の元に貴様等を全て殲滅する、覚悟は良いな?」
「スス、ス、スパイラルだと!?」
この悪魔の世界においてスパイラルはよほど怖ろしいのであろう。
彼の名を聞いたエリゴスに怯えの色が見える。
俺は後ろを振り返った。
「イザベラ……どうする? お前は王女だ、こうなってもさすがに殺されはしないだろう。今ならまだ両親と姉の元に帰れるぞ」
「何言っているの? 貴方と一緒に行くに決まっているじゃない。戦うよ!」
俺をキッと睨み、はっきりと言い放つイザベラ。
馬鹿な事を聞くな! という怒りの波動が立ち昇っていた。
俺は即座に皆へ呼び掛ける。
「ジュリア!」
「当然、一緒に戦う!」
「ソフィア!」
「悪魔は元々、我が帝国にとっては仇敵じゃ! とことん戦うぞ!」
最後は悪魔裁判の当事者であるといえるアモンだ。
俺はぐっとトーンを落とし、静かに語り掛けた。
「アモン、俺は悪魔の法は良く分からないが、これではあまりにも無体だ。だから……決めた!」
敢えて何が無体か、言わなかったのはアモンに気を遣っての事である。
彼は俺達と協力して、頑張ってオリハルコンをここまで持って来たのだ。
その釈明の場も与えられず、いきなり有罪では酷すぎる。
「分かった、トール。俺は反逆者となろうが、どうなろうがお前について行こう」
後はと……よ~し、この際だ。
俺はゴッドハルトから貰った滅ぼす者の試作機も試してみる事にした。
ここで試作機の制御を申し出たのがソフィアである。
「トール、癒しの巫女である妾は攻撃の手立てを持っておらぬ。よかったら、この機体を任せてはくれぬか?」
一瞬の間があった。
何せこの子はガルドルド魔法帝国を復活させ、世界征服を狙っている女の子だ。
ゴッドハルトには及ばないといえ、このような物騒なものを預けて良いのだろうか?
しかし俺に迷いは無かった。
「よし! 直ぐに魔力波の登録変更を行ってくれ、やり方は……」
――よっし、ソフィアの魔力波に書き換え登録完了!
俺達の様子を呆然と見ていたエリゴスであったが、戦闘態勢を整えたのを見ると、我に返って激高する。
「貴様等~! 本当に抵抗する気だなぁ!」
当り前だ!
このまま黙って殺されてたまるか!
そして俺の立てた作戦はこうだ。
まずイザベラに遠慮なく爆炎の魔法を連発で撃ち込んで貰い、俺と滅ぼす者の試作機が突出し、相手が混乱の最中、出来る限りの敵を討ち取る。
そこからアモンが出てジュリア達を守りながら、俺と試作機が打ち洩らした敵を掃討。
イザベラには終わったら敵に侵入されないように物理兼用で竜の息を防ぐ為の防御用の魔法障壁を張って貰う。傷ついた者はジュリアの魔法杖で回復して貰う――以上!
基本的にはクラン大狼と戦った戦法の応用だが上手く行く筈だ。
「行け~、爆炎連発ぅ!」
イザベラがすかさず魔法を発動する。
うっわ~、早いな、発動!
だが確かに先制攻撃は大事だ。
エリゴス等親衛隊にとって運が悪かったのは整列していた事だ。
密集した彼等に対して容赦ないイザベラの爆炎魔法が炸裂した。
エリゴスと同じ出で立ちの悪魔が10体以上、呆気なく吹っ飛ぶ。
それを見た俺とソフィアの操る滅ぼす者の試作機はダッシュで敵中に踊り込んだのであった。
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