第73話 「勝利と約束」
悪魔フルカスは憤怒の表情のまま、傍らに居た騎乗馬らしい蒼い馬に跨った。
俺は暫し、考える。
相手の槍とはどのような武器か?
間を置かずに戦わなくてはいけないので、余り考える時間は無い。
槍については少し資料本を読んだが、主にチェックしたのは日本の槍だ。
しかしフルカスが持っているのはスピアと呼ばれる西洋槍である。
西洋と東洋……槍に違いはあるだろうが、基本的に構造や戦法はほぼ同じだと考えるしかない。
槍が棍棒、斧などと並んで古くから良く使われてきた理由で、最も大きいのはリーチの長さであろう。
はっきり言って敵の攻撃圏外より、先に攻撃出来るというのは大きい。
敵への恐怖心が随分軽減されると言えよう。
突くというイメージが強過ぎる槍だが、決してそれだけではない。
斬撃や打撃などでも戦えるのだ。
某カブキ者の物語を読むと良く分かる。
彼は長大な朱槍の名手だが、敵に対して攻撃を軽々と受けるのは勿論、薙ぎ払い、打ち下ろし、斬り裂き、刃先で引っ掛ける等々、様々な攻撃や防御にと自由自在に使いこなしているのだ。
あそこまで行くと神に近い領域の腕だが、他の一般的な武器に比べると基本動作や用途が簡便と言えるであろう。
そうだ!
あと、……投げる!
すなわち投擲と言うのもあった。
槍の数少ない弱点とは達人になる為の習熟が難しい事、柄が長い為に狭い場所での戦闘時に不利な事などが上げられるが、相手が相手だし、ここは開けた地形だ。
弱点は……全く考えなくて良いだろう。
更に相手は馬上である。
ええっ!?
となると俺、滅茶苦茶不利じゃないか!?
「いざ! 参る!」
そんな俺の思いを他所にフルカスは裂帛の気合で戦闘開始を告げる。
「トール! 今迄積み上げてきた戦闘の経験とお前の才能を信じるのだ!」
背後から珍しくアモンの熱の篭もった声が飛ぶ。
普段冷静沈着な彼にしては珍しい。
「おう!」
見える!
フルカスの魔力波が!
彼の意思が見える!
あいつ、俺の右側から接近してあっさりと首を刎ねるつもりだ。
ようし!
俺はじっと待った。
反撃のタイミングは俺の首を刎ねようとした瞬間だ。
どのような武器でも攻撃を仕掛けた直後が、相手に隙が出来て最大の反撃のチャンス、すなわちカウンター攻撃というものが仕掛けられるのだ。
奴の馬は凄い速度を誇る冥界の馬らしい。
あっという間に俺に近付いて来た。
そして!
奴が俺に近付き、槍が一閃したその時!
俺はその一撃を躱すと、魔剣に込めた例の特別な魔力波を飛ばす。
一拍の間に3回攻撃する例の無明の剣の攻撃を『神力波』を放出して行ったのだ。
「おお、これは!? も、もしやっ!?」
アモンが驚愕する声が聞こえた。
どうやら彼は俺が何を使ったのか気付いたようだ。
そうだよな……
アモンはスパイラル率いる神の軍勢と散々、戦ったのである。
俺が行使するモノなど遥かに凌駕する威力の神力波を体感しているに違いないのだ。
そもそも悪魔にとって『神力波』とは猛毒のようなものらしい。
俺の神力波の攻撃を受け、創世神に忠誠を誓っていた神の騎士のゴッドハルトでさえ、あっけなく意識を失ったのだ。
槍を握った手、心臓、そしてこめかみに俺の『神力波』を受けたフルカスはあっさり硬直してしまった。
当然の事ながら、意識を手放して馬上から転げ落ちるとぴくりとも動かなくなってしまったのである。
しかし、この技も魔力を著しく消耗するらしく、俺の全身を強烈な倦怠感が襲う。
「トールの勝ちぃ~!」
「やった~!」
気だるい感覚でいる俺に、いつも通りのジュリアとイザベラの嬉しそうな声が聞こえ、アモンの満足そうな魔力波が伝わって来る。
しかし、ここでアモンがまた余計な事を言う。
「トール、良いか? 夫としてイザベラ様を抱く時は今の『神力波』は厳禁だぞ」
それを聞いたイザベラは真っ赤になってアモンの脛に思い切り、蹴りを入れる。
凄い音がして、アモンは苦悶したがイザベラはぷいっと横を向いた。
俺は思わずそれを見て苦笑したのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
悪魔とは魂が滅びない限り、未来永劫不死の存在である。
しかし神力波は悪魔の魂さえも簡単に破壊するという。
倒れたフルカスにあのまま俺の『神力波』を注げば、彼は消滅していたらしい。
この悪魔王国ディアボルスにおいて……
国王の娘イザベラが俺の嫁ではなく、戦鬼アモンも俺の知己でなかったら、こんな憎たらしい奴などさっさと消滅させているところである。
だがフルカスの奴も哀れだった。
彼の部下は人数だけは多かったが、質は著しく酷かったからだ。
1,000体居た悪魔軍団もいわば烏合の衆……
ウコバク、ザファン、ベリアスなどの下級悪魔の面子を見ただけで予想していた事だが、フルカスが俺にあっさり敗れると一斉に逃げ出してしまったのである。
「よくあんなの……雇っているね?」
「…………」
俺が逃げ出す悪魔達の後姿を見て、呆れたように言うと、アモンは黙って俺の顔を見た。
「はぁ……確かに、な」
大きく溜息を吐くアモンが何故か人間臭くて俺はにやっと笑ったのだ。
俺がフルカスに圧勝して悪魔軍団は瓦解。
もう行く手を阻む者達は居なくなった。
束縛の魔法で縛ったフルカスを奴の馬に乗せ、無人の関所をあっさりと越えて俺達は進んで行く。
アモンは相変わらず無言だが、珍しくイザベラも無言だ。
フルカスには勝ったが、奴と交わした約束が履行されるかは微妙である。
アモンによるとフルカスは公爵であり、爵位は侯爵であるアモンより上ではあるが、実質的な役割は地方長官といった所らしい。
「父は水晶球でトールの戦いを見ている筈よ……フルカスと約束をした事もね」
ふうん……
全て見られているか……
悪魔王アルフレードルに……
そう考えながらまた歩くと地平線の彼方に大きな街が見えて来た。
どうやらあれが悪魔王国ディアボルスの王都、ソドムであるらしい。
ああ、その前にまた悪魔達の反応がある。
先程の1,000体より遥かに数は少ないようだが……100体は居るようだ。
先程の様な混成軍ではなく、全員が逞しい魔界馬に乗った屈強な騎士達である。
「そこの者達、停まれ!」
中央に居る指揮官らしい騎士から鋭い声が発せられた。
「彼等は王家親衛隊だ……」
アモンが低く呟いたのを聞きながら、俺は悪魔の騎士達をじっと見据えていたのであった。
ここまでお読み頂きありがとうございます!




