第71話 「悪魔の転移門」
俺は元々、用心深い方だ。
1回だけ戦闘中に『へま』をしてアモンに助けられたが、基本的には臆病さに裏打ちされた慎重を期す事を信条としている。
これは転生前から変わらない。
だから相手がヴァレンタイン王国騎士隊と名乗ってもいきなり安心して無用心に武器を捨てたりはしない。
相手の動きや魂を読み込む魔力波読みは便利なものだが信じ過ぎるな、頼り過ぎるな――これがアモンから口酸っぱく言われ、実感しつつあった俺の経験則でもある。
このような場合はどうするか?
当然相手には用心深く接触する。
まあ、いきなり襲われたらかなわないからね。
相手が偽者の場合も考えると、捕まえた『クラン大狼』を前面に押し立てて彼等の所に行くやり方が懸命だ。
最悪、相手が俺達を襲って来た場合には『大狼』の奴等が俺達の『盾』になってくれる。
次にソフィアの存在を隠す事も必要だ。
彼女の存在はアンタッチャブルなのだから。
悪いが、また収納の腕輪の中に入って貰う事にした。
相手の姿が見えて来た。
俺はまず名乗る事にする。
「俺達はクラン戦う仲買人、こいつらは俺達を襲撃した『クラン大狼』で、ダックヴァル商店事件の犯人だ」
「本当か! 丁度良い! そのダックヴァルの証言で奴等を追っていたんだ」
俺が大声で呼び掛けると騎士団から即座に答えが返って来た。
これは運が良い!
すなわち渡りに――船という奴だ。
そして大丈夫!
出で立ちから見ても、俺が魔力波を読んでも、声を掛けて来たのは本物のヴァレンタイン王国騎士団に間違いはなかった。
――約15分が経った。
俺達は一応取調べを受けて事情を聞かれ、事情を話す。
騎士団はダックヴァルと冒険者ギルドから『クラン大狼』の風体を聞いていたので話は早かった。
俺達は全く疑われず、最後はお約束の『嘘発見器』代わりの魔法水晶を翳されて、全員が問題無しと判断されたのである。
俺達は『クラン大狼』の奴等を捕縛したという事で報奨金も貰えるらしい。
この騎士団の隊長であるオーリクさんが冒険者ギルドに依頼をしてそれを成功させたという形にするそうだ。
こうやって治安の悪いこの世界で犯罪者に対して国民の協力を得られるようにヴァレンタイン王国は対応しているようだ。
俺は報奨金がどれくらい貰えるか気になった。
「済みません、下世話ですが金額を聞いても良いですか?」
「ああ、1人10万アウルム、都合40万アウルムだな」
という事は約40万円か……安いな。
俺のがっかりした表情を見てピンと来たのだろうか?
オーリクさんが苦笑しながら説明する。
「今回は何も盗られたものが無かったし、実質殺人未遂に近い暴行と脅迫だけだ。強盗や殺人罪が適用されると報奨金もぐっと高くなる」
成る程――納得しました。
「悪いな、そういう規則なんだ。話は変わるが、……その、君達のクラン名は少し変だよな」
ほら! やっぱり言われちゃったじゃないか。
俺が思った通り戦う仲買人ってのは微妙なんだよ。
俺がクラン名を付けたジュリアを振り返ると、彼女は凄い目でオーリクさんを睨んでいる。
その迫力に思わずオーリクさんが後ずさる。
「あ、ああ……ま、まあ悪くない名前だな。という事は、き、君達は本来商人なのか? だったら今度、騎士団から仕事を頼むよ。冒険者ギルド宛に指名依頼を出せば良いのだな」
発注元としては文句無い優良顧客であるヴァレンタイン王国騎士団。
変な名前と言われて怒っていたジュリアの機嫌も、たちどころに直ってしまう。
「毎度ありがとうございます! お待ちしております!」
がらっと表情を変えて、満面の笑みで発注をお願いするジュリアに対してオーリクさんも複雑な表情で頷いていたのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
30分後――俺達はクラン大狼の連中をオーリクさん率いる騎士団に引き渡して、悪魔王国への転移門に向っている。
腕輪の中に入って貰っていたソフィアも晴れて表に出られて清々しい表情だ。
クラン大狼の奴等による、しょーもない襲撃で結構時間を食ってしまった。
気が付けば時間はもうお昼を越えている。
本来なら、昼食を摂って進む所だが、とりあえず転移門の場所まで行ってしまおうという意見で皆が一致したのであった。
更に歩いた俺達は街道から少し入った所にある雑木林に到着する。
そこは古代、いくつかの建物があった跡が見受けられるが、水の手が周囲に殆ど無い為にその後、新たな建物も建てられず放置された廃墟である。
こんな目立たない所にスパイラルが破壊しなかった? 悪魔の転移門のひとつが残されていた。
さあ、いよいよ俺達は悪魔の国へ赴くのだ。
しかし、ここで待ったをかけたのがアモンである。
「転移門から出た先と王宮までの間は距離がある。ここで腹ごしらえをしておこう」
そうか。
途中飯が食えないのであれば、彼の言う通りだ。
飯を食っておきましょう!
確かに俺達はもうハラペコだったからである。
そうと決まれば直ぐに女子達が昼食の支度を始めた。
最近は悪魔王の娘である箱入りのイザベラも家事の腕を上げている。
師匠は当然ジュリアであり、お茶の支度などはもう楽勝で、いくつかの料理もばっちり作れるようになったようだ。
そんなイザベラの様子を見てアモンが感慨深げに言う。
「女とは男次第でこうも変わるものなのか……」
しかしこれでイザベラが惜しくなったから取り戻そうとか、考えないのが悪魔特有の価値観らしい。
まあ俺としては助かる話だ。
そしてソフィアも徐々に変わって来た。
ジュリアのサポートもあり、なかなか溶け込めなかった女子陣の会話や行動に加わるようになったのである。
ジュリアが頻繁に話し掛けて、最初は迷惑そうであったソフィアの表情も徐々に変わり、随分笑顔が増えた。
自動人形なのにと聞かれそうだが、さすがガルドルドの魔法工学……大まかな表情が出せる仕様になっているのだ。
少しずつ判明してきたが、彼女は気位が高い所はあるのだが、明るく優しい女性でもある。
但し、時折俺を見る視線が意味ありげなのは気になるが……
俺の生活魔法の『しょぼさ』をソフィアがからかって笑い、ジュリアも突っ込む。
イザベラがフォローしているようで自分の魔法の自慢に置き換えると、またジュリアとソフィアが大声で笑う。
こうして、いじられるのは大変だが――これも幸せと言うものだろう。
温かい紅茶に柔らかいパン、兎の乾し肉で昼食を済ませた俺達は後始末をすると早速、転移門の場所に向う。
そこは1番大きい廃墟の大広間だったらしい場所である。
一応周囲を索敵したが、人間や魔物の気配は無い。
どうやら『大広間』の真ん中に転移門を開くつもりらしいので俺達は傍らに退いた。
準備がOkなので俺が頷くとアモンが言霊の詠唱を始める。
禍々しい『気』が辺りに洩れ、立ち昇った。
いわゆる瘴気であり、冥界の大気とも言えるものだ。
「開け! 魔界への大いなる門よ! 魔界に生きる者とその眷属達を導き、誘え! 我、闇を友とし、血と苦痛を糧とする事を誓い、人の夢を喰らう事を称えん!」
アモンの詠唱が終わった。
すると中央に円形の暗き深き穴が出現する。
「行くぞ……」
アモンの促す声と共に俺は唾を飲み込むと思い切って転移門に飛び込んだのであった。
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