第70話 「クラン大狼」
俺達はダッシュで雑木林に飛び込むと、尾行していた奴等も一気に速度を上げて追いかけて来る。
しかし身のこなしは俺達の方が数段上だ。
俺は奴等が来る前に、メンバーへ改めて指示の再確認をして行く。
驚く程にスムーズに指示の言葉が出て来る。
我ながらクランのリーダーとして様になって来たみたいだ。
「もう1回作戦を言うぞ! まず正面にアモンが盾役で立つ! イザベラはアモンが立ったら威嚇の意味も込めて一発、火弾を相手の中にぶっ放してくれ! ソフィアはイザベラの魔法発動後に魔法障壁を頼むぞ! アモンを中心にして左右を囲むように発動するんだ」
「心得た!」
「了解!」
「分かっておる! 妾に任せておけ!」
「アモンはイザベラの魔法が着弾したら突出して敵を迎撃してくれ。相手のクランの戦士とシーフを引き付けてくれている間に俺が背後から魔法使いと僧侶を叩く! ジュリアは相手の動きを見て3人のフォローを頼む。もしダメージを食らったら魔法杖で回復頼む!」
「トール、妾も回復魔法は得意中の得意じゃ!」
俺がジュリアに回復の指示をしたのに対抗したいのか、ソフィアが自分も魔法を使えると主張する。
「よし、機会があったら頼むぞ!」
「任せておくのじゃあ!」
ソフィアが自信たっぷりに言い返す中、ジュリアは覚醒後の戦闘という事で少し硬いようだ。
「トール! あたし緊張しているかも……」
俺は不安を訴えるジュリアをリラックスさせる事にした。
「ははは、今度一緒に戦おうぜ! 練習を兼ねて仕返ししてやろう、奴等に!」
「え!? 仕返し? 奴等?」
「ゴブだよ、ゴブ! 今度は奴等を木の上に追い立ててやろう」
「あ、ゴブ!? そうだよね! あたし殺されそうになったけど、今なら勝てるよね! 仕返し、ぜひやっちゃおう!」
ジュリアは面白そうに笑った後、真剣な眼差しで俺を見詰めた。
「トール、本当にありがとう! 愛してる! あたし一生、トールから離れないからね」
「おう! 俺だって!」
ジュリアと俺の掛け合いを聞いて、今度はイザベラが言い放つ。
「私も同じさ、トール! 貴方に嫌われても絶対に離れないから!」
「馬鹿! 嫌うわけないだろう、お前が大好きなんだから!」
ジュリアとイザベラに対抗したかったんだろうか、ソフィアも俺に何か言われたいようだ。
俺は先手を打ってやる。
「頼りにしているぞ、ソフィア。お前の事もしっかり守ってやるからな!」
「あああ、お、お前がそう言うなら頑張らんでもないぞ、トール」
「来るぞ!」
重々しい声が響く――アモンだ。
俺と嫁達+@の甘い会話をぶった切るのは、やはりこいつである。
「アモン、前へ! イザベラ発動頼む!」
「おう!」「火弾!」
雑木林が上手く俺達の姿を隠してくれたようだ。
アモンが大剣を振り上げ、敵を威嚇するとイザベラがすかさず火弾を発動する。
大きなアモンの身体に威圧されて躊躇した戦士とシーフの周囲に火弾が着弾した。
彼等は暫く動けないであろう。
「イザベラ、火弾連発だ。時間差で行け! その直後にソフィア、魔法障壁を頼む!」
「了解! 火弾……火弾!」
イザベラの火弾発動の直後にソフィアの魔法の言霊が詠唱される。
「ビナー・ゲブラー――ケト!」
ソフィアが自信たっぷりに言うだけの事はある。
強固な魔法障壁が間を置かずに目の前に張り巡らされたのだ。
魔法障壁は普通肉眼では見えないが、魔法発動の際に放出される魔力波を変換したものだ。
チート能力で魔力波読みが与えられた俺には、はっきりと見えるのだ。
さあ、今度は俺の番だ。
ソフィアの魔法障壁の発動と同時に雑木林を飛び出すと大きく迂回し、奴等の背後を衝く。
俺は奴等の動きを見ながら、身を伏せて回り込んで行った。
イザベラの火弾で相手方の戦士とシーフは出鼻を挫かれたばかりか、相当混乱してているのが分かる。
そこにアモンが出張っていったので、相手の戦士も盾役として対抗して直ぐ前に出たのだ。
しかし、大剣を振り回す戦鬼アモンの破壊力の前に全く動けず、周囲を索敵していたシーフらしい男が慌てて戦士のフォローに赴いている。
つまり今は俺の思惑通り、僧侶と魔法使いを叩く絶好のチャンスという事だ。
俺は瞬時に状況を把握すると、気配を殺して神速で奴等の背後に回りこんだ。
その時、魔法使いはイザベラと同様に火弾の魔法を発動したが、それほど威力がなかったのであろう。
ソフィアが発動した強力な魔法障壁に弾かれてあっさりと霧散したのである。
俺に無防備な背中を晒している魔法使いと僧侶。
魔法使いの使った火弾の魔法が、ソフィアの魔法障壁により俺達に全く通じなかったので、とても落胆しているようだ。
俺の気配を感じている様子は無い。
俺はすかさず奴等の背後から打ち込み、戦闘不能にしてやった。
いわゆる峰打ちという奴だ。
前衛で戦っている戦士とシーフはアモンの攻勢に対応するのが精一杯であったから、後衛の仲間を気にする余裕は一切無い。
そのまま俺は背後から、戦士とシーフを攻撃した。
後ろから卑怯だって?
不意打ちなんて神の使徒として失格?
そんな文字は俺の辞書には存在しない。
アモンと言う脅威に晒され、防戦一方だった彼等を倒すのは簡単であった。
魔法使いと僧侶が援護してくれるという前提があった上での戦いだったので、それが崩れた今、彼等クランの作戦はあっけなく崩壊したのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
襲って来た冒険者クランを締め上げて白状させた所……
奴等の正体――それはダックヴァル商店にガルドルド魔法帝国の魔法の鍵を売りに来たクラン大狼であった。
俺はリーダーの魔法使いを問い質す。
最初は不貞腐れていて無言だったリーダーも脅したり、宥めたりしてやっと話を引き出す事が出来た。
何とこいつらはダックヴァル商店襲撃事件の犯人だったのだ。
先日襲われて大怪我をしたダックヴァル商店の店主サイラス・ダックヴァルから魔法鍵を売ったクランを聞き出して襲い、俺達が手に入れたであろう『隠されたガルドルドの財宝』を手に入れようと画策したそうだ。
魔法使いは「ふん」と鼻を鳴らし、俺を睨みつけた。
「サイラスによ、あの鍵を売らせて、そのクランがガルドルドのお宝を手に入れる。お宝を手に入れたクランを襲って全てを手に入れる……こんな絵を描いていたのによ!」
はぁ!?
こいつら……
お宝を持ち帰ったクランが自分達より強くて返り討ちになるとか考えなかったのか?
今回みたいにさ。
ここで魔法使いが悔しそうに言う。
「だがよ、サイラスがどんな奴等に売ったか白状しなかったんだ!」
「白状しない?」
「そうさ! そんな事は教えられねぇと抜かして、全然白状しやがらなかった……だからヤキを入れて何とか最後にゲロさせたんだよぉ!」
成る程!
先日の強盗事件の真相はそういう事か!
「ようく分かったよ、さてこいつらの処分……どうする? 皆」
俺はクランのメンバーの意見を聞いてみた。
「当然、始末するんじゃないのか?」これはアモン……
「こいつら……また同じ事をするよ。私はアモンに賛成だね」これはイザベラ。
「妾もアモンとイザベラに賛成じゃ。ガルドルドの秘密を知り、このような性悪の者共を生かしておいても仕方なかろう」これは――ソフィア。
そして最後に黙っていたジュリアに意見を求めたが……
「もう少ししたら……あたし達が手を下さなくても処理出来るよ」
これから起こるであろう、彼等の行く末を意味ありげに言ったのである。
何が? 起こるのか……
そう言えばこちらに近付く反応がある。
敵意は無いが、何か警戒しているような魔力波を発している一団だ。
ジュリアはすかさず一団の正体を言い当てる。
「多分、地区警護の騎士隊か、キャンプの衛兵隊のパトロールさ。こいつらを彼等に渡してしまおうよ」
俺達は戦闘態勢を取ったまま、その場で待つ。
するとその一団が俺達を認め、大声で呼び掛けて来た。
「おお~い、我々はヴァレンタイン王国騎士団だ。こちらで戦闘が行われていると通報があって来たが、どうしたぁ!? もし我々に歯向かう気なら容赦しないぞ! 武器を持っているなら速やかに捨てて投降しろ~!」
どうやら治安維持の為に巡回中であった王国の騎士達らしい。
どうやらジュリアの言った事はビンゴである。
彼女はにこっと笑い、親指を立てた手を俺に突き出して見せたのであった。
ここまでお読み頂きありがとうございます!




