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第7話 「彼氏と彼女」

 大空亭、1階食堂午前7時……


 俺とジュリアは今、テーブルに座りながら向かい合って朝食を摂っている。

 本来ならジュリアは宿屋の朝の仕事をしている筈なのだが……

 話は意外な方向に転じたのである。


 2時間前の事だ。

 昨夜の『痛み』が治まらないのに大空亭の従業員として無理に宿の仕事をしようとするジュリア。

 辛そうな彼女を見かねて、俺は一緒に仕事をやると宣言したのだ。

 『痛み』と言うのは乙女にとって1番大事な物を俺に奉げた際に伴うものである。


 宿に来た昨夜に続き、確りと手を繋いで現れた俺とジュリアを見たジェマさんは、ジュリアの仕事を代わりにやると張り切る俺を見て相変わらず淡々としている。


「ふ~ん、あんたって変わった客だよ。じゃあ勝手にしな」


 何故俺がジュリアの仕事を手伝うか、理由など聞くでもなく、ただこれだけであった。


 昨夜俺が感動したのは俺にとってジュリアは最初の女、ジュリアにとっても俺は最初の男だという事だ。

 俺が前世であのまま暗い人生を送っていても、こんな素晴らしい出会いは100%起こるわけが無い。

 まあ勢いでHしたんじゃないかと突っ込みを受けそうな展開ではあるが、とりあえずは困っている「彼女」の仕事を手伝わなくてどうする?


 俺は自然にそう感じた。

 最初は何故手伝ってくれるのかと不思議そうな目で見ていたジュリアも、俺がてきぱきと仕事をこなすのを見てからは頼もしそうに見詰めている。


 ジェマさんに何をやれば良いかジェマさんに聞いた所、ジュリアが手伝っている宿屋の業務のうち、単純作業だけをやれば良いと言われたのでそれらを行ったのだ。

 具体的にいうと薪割り、水汲み、朝食の支度と後片付けの補助、掃除、洗濯…… 前世の俺なら気持ち的にも体力的にもやる気の出ないような肉体労働ばかりだが、今の頑健な身体とジュリアに対しての愛情があれば全くの楽勝だ。


 俺がひと通り仕事を終えると朝食を食べるようにジェマさんに言われ、その際にはジュリアも俺と一緒に食べるようにと念を押された。

 俺がテーブル席に着き、食事を取りに行こうとするジュリアを押さえて何とジェマさん自ら朝食を運んで来てくれた。

 支度をするジェマさんは食器を置きながら俺をじっと見る。


「その様子だと、あんたがジュリアを『女』にしてくれたんだね。ところでジュリア、トールからちゃんとお金は貰ったのかい?」


 ジェマさんは相変わらず回りくどい言い方をしない。

 直球をびしっと、ど真ん中に投げ込んで来る。

 ジュリアは黙って首を横に振ると真っ赤になって俯いてしまう。

 俺は黙って50,000アウルム=金貨5枚をジェマさんの前に置く。


「ほう! これはどういう意味だい?」


「ジュリアが貴女から借金している事を聞いた。これで少しは返済の足しになるだろう?」


 ジェマさんは俺の話を聞いていないかのように大笑いする。 


「ははははは、凄いね! 私が言った約束の倍額かい! まあこんな時、けちな男は駄目さ。逆に金離れの良い男は好かれるよ」


 ここで初めてジェマさんはにこやかに笑う。

 それは昨夜見せた単なる愛想笑いとは全く質の違うものだ。


「私が見た所、トールは初めての仕事も難なくこなすし、前向きだ。ゴブも簡単に倒すほど腕も立つ。今時、こんな男は中々居ないよ」


 何だ!?

 いきなり褒め殺しですか?

 何か魂胆がありですか?


 俺が?マークを頭上に浮かべてジェマさんを見ていると彼女はジュリアに向き直る。

 そしていきなり爆弾発言が飛び出したのだ。


「ジュリア、トールは強くて優しい良い男だよ。あんたさ、このままトールと一緒になるってのはどう? 結婚しなくてもトールの彼女になって暫く付き合うとか。トールが嫌だって言えば、当然この話は無しだろうけど」


「ええっ! お、叔母さん!」


「おわっ!」


 ジュリアは吃驚して俯き、俺もジェマさんの意外な提案に驚いてしまう。

 そもそも見ず知らずの俺に対して何故そんなに信用があるのだろう?

 俺が恐る恐る聞くとジェマさんは自信あり気に胸を張った。


「私の勘だね! きっとあんたはジュリアをしっかりと守れる強い男さ。昨日の出会いもスパイラル様の運命のお導きに違いないよ」


 あっと、そう来ましたか!

 って事はこれってあいつの加護ですか!?


 そんな事を考える俺に更にジェマさんの話が続く。


「……それにジュリア。あんた、トールの事が気になって仕方がないんだろう? 昨日だって今朝だって、男嫌いのあんたがトールとは確り手を繋いでいるじゃあないか」


 え?

 男嫌い?

 このジュリアが!?

 一緒に村へ帰る時だって、ずっとにこにこしていてそんな素振り、一切見せていないぞ!

 

 ……そして昨夜はあんなに俺に甘えていた……


 俺は思わずジュリアを見詰めてしまう。

 ジェマさんの問いにもジュリアは答えず可愛く俯いたままだ。

 その顔は相変わらず真っ赤である。


「図星のようだね。何せあんたの命の危機を救ってくれた王子様だからね。きっとひとめぼれなんだろう?」


「…………」


「そしてトールが夜伽を望んでいないのに勇気を出して処女のお前が自ら抱かれに行った。ふふふ、あたしにはすぐに分かったよ」


「お、叔母さん!」


「良いかい、ジュリア。恋っていうのは女から行かなきゃ掴めない場合もあるのさ。頑張りな!」


 姪を励ましたジェマさんが今度は俺の方に向き直った。


「この50,000アウルムは要らない。逆にあたしからのお祝いで50,000アウルム差し上げるよ。少ないけどジュリアの持参金と命を助けて貰った礼金も兼ねてね。ああ、それからジュリア。言っておくけど、あんたが頑張って返そうと貯めたお金は私には不要さ」


 ジェマさんの意外な申し出にジュリアは更に驚いている。


「お、叔母さん……」


「何て顔をしてるんだい。あたしの姉さん、つまりあんたの母さんにはこの宿屋を開店する時もとても世話になったんだ。それに可愛い肉親のあんたから金なんて取れる訳がないだろう」


 ジェマさんの温かい言葉にジュリアは思わず泣き出してしまった。


「あ、あ、あ、ありがとう! 叔母さん、うわあああああん……厳しくされたけどあたし、叔母さんの事、母さんみたいに思っていたのよ」


 ジェマさんは泣きじゃくるジュリアを抱き締めながらぽつりぽつりと話してくれた。


 姪のジュリアの事を実子のように愛している事。

 ジュリアが生きて行く為に厳しく教育した事。

 元々、自分は感情表現が下手でぶっきらぼうな事。

 ジュリアがゴブリンに襲われたと聞いて心配し、俺が助けたのを聞いて涙が出るほど嬉しかった事。

 男嫌いの筈のジュリアが俺にぴったりとくっついているのを見て驚いた事。

 そんなジュリアの様子にピンと来て『夜伽』の話を俺へ特別に振った事などを淡々と話したのである。


「言っとくけど、あたしの大事なジュリアに普通は夜伽なんかさせないわ。それもこれも相手がトールだったからだよ」


「…………」


 俺はジェマさんに頭を下げるとジュリアを見詰めた。

 ジュリアも熱い視線で俺を見詰めて来る。


 その場で俺はジェマさんに意思決定を求められた。

 ようは男の俺からジュリアに告白して欲しいって事で一種の儀式となってしまう。


 以下、その時の会話である。

 女性と交際した事のない俺は相変わらず不器用であったが、思い切っていうしかない。 


「俺はジュリアが好きだ。よければ一緒に居て欲しい……その……俺の彼女になってくれ」


 俺の言葉にジュリアは俯いたままだ。

 あれ?

 ここは即答しないのが『お約束』なのかしらん。


「あたし……あたし……」


「嫌だったら無理にとは言わない。俺はこの村で経験を積んでから旅に出るさ」


 俺が言葉を足して返事を促すとやっとジュリアは答えてくれる。


「……昨夜言ったようにトールと一緒に居たい。あんたが好きなんだ、あたしをトールの彼女にしてくれる?」


 顔をあげたジュリアはにっこりと花が咲いたように笑う。

 

 くう!

 愛し愛されるってこういう事か!

 俺は初めての感覚に戸惑いつつも、込み上げてくる嬉しさに拳を握り締め、思わず全身が震えてしまった。


 ジュリア――これで君が俺の初めての彼女に正式決定!

 この瞬間、ずっと人生の暗黒時代として綿々と続いて来た『俺の彼女いない歴17年』も終わりを告げた。


 出会いだけで考えれば特殊じゃないかって?

 確かにそうだ……まあ夜伽から始まる恋って何だし、普通に出会って友達から恋人へなんて良いかなと思ってはいたけど……


 しかし! 


 俺はもう(こだわ)っていない。

 ようはお互いに幸せならば良いわけだもの。


「良かった! これで決定だね。ジュリアは我が姪ながら、頭の回転は速いし、身のこなしも鋭いよ。巨乳だった姉さんと違って胸が全然無いのが玉に(きず)だがね」


 にっこりと笑うジェマさん。

 我が意を得たりと言う感じだ。

 しかも俺がジュリアの胸をちら見したのを察してか、彼女の胸の事を突っ込んでくれた。


「お、お、叔母さんたらっ!」


「あははは、これからトールに一杯胸を揉んで貰えばいいんだよ。そうすれば姉さんみたいに大きくなる……かもよ」


 本当?

 ぜひやろう!

 彼氏の特権で揉み揉みしてやろう!


「もう!」


 恥ずかしがるジュリアが可愛いし愛しい。

 もし前世の俺の趣味を知っていた奴が知ったら、お前は優しい巨乳タイプが好きじゃないのかと言うかもしれない。

 確かにジュリアは胸が無い……でもそれが何だ。

 所詮は愛だ!


 俺はいつの間にか今迄の女性の好みに拘っていない事に気が付いていた。


 好きになった女性が俺のタイプだ!


 そんな言葉をのたまった、かつての友人の声が今の俺の頭の中には響いていたのである。

ここまでお読みいただきありがとうございます!

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