第68話 「新たな出発へ」
竜神族覚醒の際に起きる体調不良からジュリアが回復したのは、アモンの言う通り、やはり発症後7日経ってからである。
その間も俺はせっせと、ジュリアに対してありとあらゆる世話をやいていた。
発症直後のジュリアは食欲が全く無く、碌に水も飲めなかった。
俺は少量の水を口移しで飲ませていたが、回復間近になった時にはスープが食べたいとジュリアから言われたので、病人でも食べ易いように、長時間煮た消化の良さそうなスープをドーラさんに用意して貰った。
その際に俺がスプーンで掬ったものを口に運んでやると、ジュリアはやはり涙ぐんで俺をじっと見詰めたのである。
元々、これは病気というわけではなかったので、ジュリアがどんどん元気になって行くのを俺は安心して見ていたのだ。
俺が看病する様子を相変わらずじっと見続けていたのがソフィアである。
結構、彼女が長時間居るので「何か用事か?」と聞くと、首を横に振って特に何も無いという。
先程、ソフィアが俺の部屋を辞去して暫く経つと、突然念話で話があると告げて来たのはイザベラであった。
『どうした?』
『トール、あの木偶人形……いや、御免……ソフィアの事だけどさ』
『……ああ、少しは彼女に優しくしないと不味いとは思っていたんだ』
いくら世界征服の野望を持っていたとしても、俺は彼女に冷淡にし過ぎた。
やはり少しはフォローしないといけないだろう。
『そうだよね。最近、ちょっと可哀想かなと思ってね。私も世間知らずの悪魔だから、余り人の事は言えないけど、あの娘はその上を行く王族の箱入り娘さ。その上数千年も眠っていたら、ああなるのも分るよ』
『最近は俺がジュリアの看病をするのをじっと見てるよ。俺に対して何を言うのでも無いけどね』
俺がそう言うとイザベラからは少し考え込む気配がした。
そして思い直したようにゆっくりと俺に語り出した。
『あの娘はね……凄く寂しいんだよ。そして貴方がジュリアに優しくしているのを見て羨ましいのさ。そんな中で常に身体崩壊の不安や恐怖と戦っているんだからね』
『確かにソフィアが辛いというのは分かるよ。自分の本当の身体に少しでも早く戻りたいだろうし、こうやっている間にもガルドルドの技術を受け継いだ人間を探したいのは当り前だ。本当の身体は確実に壊れ続けているんだからな』
『……うふふ、やっぱりあの娘の事を気にかけていたんだね。さすが、私の旦那様だ。分かったら少しはソフィアに優しくしてやって……多分、ジュリアもそう思っているよ』
『おう!』
こうして俺は次にソフィアがアプローチして来た時にそう対応しようと決めたのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
イザベラとの念話があった数日後の朝、ジュリアはとうとう全快した。
俺は愛するジュリアが回復して自分の事のように嬉しい。
「おお! よかったなぁ、ジュリア」
「トールや皆には散々迷惑掛けたねぇ……でもさ、色々と面倒見てくれてありがとう! 本当に感謝しているよ」
俺が回復したお祝いの言葉を掛けると恐縮したジュリアからは謝罪され、御礼を言われてしまう。
まあ、でもそんな事は当然さ。
「旦那として可愛い妻の世話をするのは当り前だろう」
「え!? あ、あううう、ありがとう、愛しているよ! トール!」
俺は思った事をそのまま言うとジュリアは下の世話までして貰った事を思い出したのであろう。
彼女は目に涙を一杯溜めている。
何だか、ジュリアは最近どんどん涙もろくなっているようだ。
「ジュリア……お前は竜神族の血を引きし者だ。何か自分の身に変わった事が起きているだろう?」
そんな俺とジュリアの甘い会話をぶった切るように、アモンが重々しい声でジュリアに問う。
アモンに聞かれてジュリアは首を傾げた。
「変わった事?」
「そうだ……例えば勘が鋭くなったり、力が強くなったり、身体が軽くなったり等いろいろだ」
具体的なイメージが思い浮かばないようなのでアモンはいくつか例を挙げてジュリアに再度、問い質した。
「う~ん、勘の鋭さはある程度あったから分からないな……力は結構強くなった気がする。身体は凄く軽いよ」
いくつか思い当たる節があるようで、ジュリアは指折り数えている。
「もう良いかの……その娘も良くなったようだし、さっさと出発したいが」
ソフィアは充分待ったという表情で出発を催促した。
それは私の台詞だろうとイザベラがソフィアを軽く睨む。
そりゃ、そうだ。
これから行くのは悪魔王国であり、そんな所に宿敵だったガルドルド魔法帝国の魔法工作師が居るような可能性は限り無く低いのだから。
万が一、捕虜になっていたとしてもとっくに死んでいる筈だ。
ただソフィアの気持ちも分かる。
自分の身体が崩壊して行くのを黙って指を加えて見ているだけなんて俺だったら相当きつい状況だ。
それをソフィアは泣き言もいわずに乗り越えようとしているのだから。
俺はソフィアの事も考えて、クランの皆に呼び掛け準備が出来次第、出発する事を決める。
その時であった。
部屋の外で客が騒ぐ声が聞こえる。
「た、大変だぁ! ダックヴァル商店が強盗に襲われたぞ~!」
な、何ですと~!
ダックヴァル商店と言えば、迷宮に潜る前に色々と商売した店だ。
その店が強盗に襲われた?
俺の脳裏にサイラス・ダックヴァルの気難しそうな顔が浮かぶ。
俺はドアを開けて廊下に出るとダックヴァル商店が襲撃されたと叫んでいた30歳くらいの男を掴まえた。
この宿に居るのだから、基本的には商人であろう。
「おい、店主はどうなんだ? 無事なのか?」
いきなりの勢いに吃驚して気圧されたように下がる男だったが、俺が害意を持っていない事を理解するとぽつりぽつりと話し始める。
彼によると店主のサイラス・ダックヴァルは重傷だが、何とか一命を取り留めたらしい。
そして店に押し入った強盗の筈なのに盗難にあった商品も無しだという。
むう、それって不思議な事件だ。
店内にあんなに金目の商品が山積みなのに……これは何かあるかもしれない。
「ダックヴァルさんは気になるけど……何か腑に落ちないな」
「ふむ……その店主には悪いが、今の我々には関係無い事だ。ソフィアの言う通りにさっさと出発しよう。……時間が惜しい」
俺の思考を遮るようにアモンが言う。
むう、こいつはいつもそうだ!
仕方がない、出発の準備をしよう。
「クラン戦仲買人は、皆の準備が整い次第出発する」
今は午前10時。
ここから俺達はイザベラとアモンに先導して貰い、急ぎ悪魔王国へ向かう事になったのであった。
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