第65話 「王女の野望と破滅への道」
「わわわ、妾を連れて行けば、絶対お前達にも良い結果がもたらされるであろうぞ!」
ソフィアは必死に同行を懇願する。
その異常とも言える様子に俺達はつい足を止めた。
「あ、ありがたい! 妾の話を聞いてくれるのか?」
「ああ、とりあえず話だけはな」
「結論から言おう。お前達は商い人なのだろう? で、あれば妾を連れて行けば役に立つのじゃ」
「役に立つ?」
「そう! この世界にはじゃな、妾が知る限り、ここ以外にも我が魔法帝国の秘密の地下都市がたくさんある。体裁はドヴェルグの地下都市を真似たものじゃがな。それらの場所には我が帝国の遺産がたくさん眠っておる筈なのじゃ」
ほう!
ドヴェルグとは一般に良く言われるドワーフの事だ。
資料本によれば彼等は地下から得られる鉱物を加工するのが好きな性格から、深い地の底に街を築いて暮らしたという。
そのような街を旧ガルドルド魔法帝国も築いていたのか?
ソフィアが言う、この世界の旧ガルドルド帝国の遺構に眠る莫大な遺産ってわけか。
その都市の場所をソフィアが知っている?
「ほほほ、その様子では少しは興味がありそうじゃな。もし妾を仲間にするのであれば、お前達を案内し、探索する。そこには行く手を阻む仕掛けや罠も多数あるが、王族である妾が一緒なら問題なく解除し探索出来よう」
成る程!
そういう事か!
「興味があるようじゃの。そうじゃ、財宝が見付かれば、妾を助けてくれた恩に報いてそのいくつかをお前達に渡す。多分その価値は計り知れまい。さすればお前達は巨万の富を得る事が出来るのじゃ」
「それって本当?」
根っからの商人であるジュリアも目を輝かせて話に割り込んで来た。
それを見たソフィアの目が怪しく光ったように俺には見えた。
宝石の目を持つ自動人形の筈なのにだ。
もしかしたら、何かソフィアに思惑があるのだろう。
「まだ話があるのだろう? 最後まで聞こうじゃないか?」
俺は興奮するジュリアの肩を掴むと、引き戻して軽く抱き締めた。
美味過ぎる話には概して裏があるものだ。
「ほほほ、さすがは冷静なリーダー様じゃの。では正直に言おう。ゴッドハルトも良く聞け! 妾の本当の身体は先程の玄室の棺の中にあり、そしてその棺に不具合が起きた事は話したな」
ソフィアの口調はここで酷く冷めたものになる。
「妾の身体は崩壊しつつある。……良くもってせいぜい1年じゃろうて」
これは……ソフィアの衝撃の発言だ。
俺には今迄の経緯を聞いて、何となく予想はついていたが……
「幸い、トールのお陰で魂は助かったが、妾はいずれは本当の身体に戻りたいのじゃ」
戻りたいといっても、このままでは手立てがないだろうな。
「だから妾はお前達の仲間となる! そして帝国が滅びた数千年の後と言われた、この世界を巡り、かつての我が帝国の技術を受け継いだ魔法工学師を何とか探し出し、妾の棺を修復させる」
ソフィアは小さな拳を握り締めて決意を語る。
「棺さえ直れば我が秘法により妾の魂は本来の身体に戻れる……ほほほ、その暁にはな、……いや何でもない」
最後に口篭ったソフィアであったが、神の使徒である俺には彼女から発する魔力波でその真意が読めた。
ソフィアは自分が完全復活した暁には旧ガルドルド魔法帝国を再興させたいのだ。
そして世界を征服し、新たな女王としてこの地に君臨する。
それは良い事なのか?
またこの世界が戦乱に見舞われる事になるんじゃないだろうか?
その時である。
またあの聞き覚えのある声が俺の中に響いてきたのだ。
『ははっ、これもまた巡り合わせだよ』
『うおっ!? 邪神様?』
『ははは、そうさ。君はソフィアというこのガルドルドの王女の人生を、無理矢理に切り開いてしまったじゃあないか。本来は死ぬところだった、この娘の人生をさ』
それって……
『ソフィアが野望を持ったのが俺の責任だというのですか?』
『そうさ! 僕から見ればガルドルドなんて歯牙にも掛けないけど、今の世界の人間や悪魔からしたら、とんだ迷惑を蒙るんじゃないかなぁ……』
『でも……人事みたいに言わないで欲しいのですが、戦乱が起きればスパイラル様、貴方だって管理責任を問われるんじゃあないのですか?』
『あはっ、成長したね! 管理責任なんて上手い事を言うじゃないの! 君も元から考えればだいぶ知恵をつけたねぇ。感心、感心』
スパイラルは俺が斬り込んでも全然動じていない。
それに「知恵をつけた」って、そんな褒め方全然嬉しくないぞ!
しかめっ面の俺にスパイラルは、ぽろっと怖ろしい事を告げる。
『心配は無用さ! 父の創世神には再生の為の破壊をすると言えば簡単に通っちゃうから』
って、待て!
『さ、再生の為の破壊って何ですか!?』
『良い質問だね! 君の前世でも大洪水や神々の戦争、そして人の世の終わりなど、色々な話が伝わっていただろう? 人間が堕落すれば神が大きな罰をくだす。これが再生の為の破壊さ』
な、何だってぇ!
『うふふ、世界を破壊して一旦、人間を殆ど滅ぼすのさ。その後に神が手助けして出来た新たな人間の世に復興の機運が起こり、やがて素晴らしい再生に至るのだよ』
『でも神様が起こす破壊という事は……』
『そう! 神の使徒である君もさすがに死は免れない。破壊の原因を作ったこの旧魔法帝国の小娘や、何の罪もない君の妻達も含めてね。そして、この世は一旦浄化され、作り直されるのさ』
はぁ!?
何となくイメージしていたけど……
神様って非情で怖ろしいよ。
『何か、この世の浄化とか、それって冷酷非情というか、簡単に言い切りますね!』
『だって仕方無いじゃない、僕が神様なんだからね。この世界の事は好きなようにやらせて貰うさ。まあ僕の気が変わるような行いをして、滅びないように頑張るんだね。ばっはは~い』
『あ、ま、待て!』
いつもの通りだ。
スパイラルの奴、言いたい事だけ言って会話を切りやがった。
しかし今回は世界滅亡!?
重過ぎる!
ただ……世界の破滅をもたらさない方法はひとつはある。
それはこの場でか、もしくは外界に出たら間を置かずにソフィアを殺す事だ。
彼女さえ居なければ、世界の破滅へのきっかけは起きないのだから……
でもと……俺は自問自答する。
このような場合、ソフィアが居なくなっても他の誰かがきっかけを作ったり他の原因が生まれるかもしれない。
出した結論は俺が傍に居て彼女を止める!
そのような結論だったのだ。
―――俺は誰かに肩を揺すられる。
小さな手を掛けて心配そうに俺の顔を覗き込んでいたのは、ジュリアであった。
「トール、大丈夫? またぼうっとしていたから」
「ああ、大丈夫さ。それでソフィアの件は?」
「うん、あたし達はトールに一任する事に決めたから」
俺がスパイラルと話している間はじっくりと考え込んでいるように見えたそうだ。
「アモンが言うには、ソフィアはクランの即戦力として使えるだろうって」
確かにアモンの言う通り、ソフィアが類稀なる魔法の才を持つ創世神の巫女だとしたら凄い逸材だ。
しかしそれは諸刃の剣かもしれないが。
「了解したぞ、ソフィア。お前を新たな仲間として迎え入れよう。但し俺の指示には逆らわず全て従う事が条件だ、良いな?」
「わ、分かった! お前の言う通りにしよう」
だが……俺には見える。
彼女がほくそえむ魔力波が……
今のソフィアの台詞はこの場しのぎの嘘なのだ。
しかし、俺はそんな事をおくびにも出さず笑顔で頷いていたのであった。
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