第60話 「生と死の淵」
ガルドルド魔法帝国の最終兵器滅ぼす者は今迄より倍近い速度で俺に襲い掛かって来た。
すなわち隠されていた『ギア』を上げたのだろう。
しかし神の使徒として動体視力と敏捷さに秀でた俺には未だアドバンテージがあった。
俺の『動き』からすれば相手の攻撃を充分に対処出来る範囲内である。
しかし俺も通常タイプの鋼鉄の巨人なら致命的な弱点である筈の関節裏を攻めているのだが、何か魔法で処理がしてあるのだろう。
ほんのカスリ傷しかつけられないのだ。
そんなわけで戦局は一進一退である。
武器である大剣を奪われ、怒り狂っているらしい滅ぼす者は攻撃も冷静さを欠いていた。
一見、悪魔には見えない俺に翻弄される自分が許せないのであろう。
ここらへんが機械ではなく人間臭さを感じて俺には少し切なくなるのだ。
いかん!
また感傷に浸ってしまった!
今の相手に、俺が気をつける事は擬似魔法の直撃を受けない事と、身体を掴まれて自由を奪われない事である。
とんでもない移動速度を誇る俺に対して、相手は焦り始めていた。
何せ俺がするりするりと自分の攻撃を避け続けているのだから。
逆に俺は考えている。
いつ、どのようなタイミングにおいて擬似魔法で攻撃して来るのか?
またそれは具体的にどのようなものなのか?
威力はどこまで凄いのか?
いわゆる相手の奥の手が分らないまま、仕掛けるほど危険な事は無い。
そして遂にその時は来た。
腹部の一部が小さく開いたかと思うとサッカーボールくらいの火球が1度に数十発襲って来たのだ。
これが擬似魔法か?
確かに結構な威力である。
イザベラの強力な魔法やアモンの灼熱の炎には劣るが結構な威力の火球がこの量で1度に撃ち出されるとは……多分、下手な魔法使いが100人居るよりも凄いだろう。
魔力波で発射のタイミングと軌道を予測した俺は何と全ての火球を掻い潜った。
だが、奴の狙いはこの擬似魔法で俺を倒す事ではない。
火球を避けた俺に出来た隙に乗じて、俺を捕らえ強力な力で圧殺しようとしていたのだ。
更に相手の動きを予測した俺は、凄まじい速度で真っ直ぐ伸びて捕まえようとする奴の腕をも躱した。
しかし奴もここが攻め時だと考えたようだ。
ここで一気に勝負をつけるつもりらしい。
何と擬似魔法を続けて撃とうとしたのである。
しかし俺もこのタイミングを待っていた。
何せ比較的柔らかい筈の関節裏でさえ、攻撃を受け付けない強固な装甲である。
様々な攻撃を想定した正面の分厚い装甲はまともに斬りつけてもダメージを与える事はほぼ無理に違いない。
俺が見るに奴等の弱点は俺が止めを刺してやった魔法水晶――いわば真理と呼ばれる心臓部であろう。
そして擬似魔法の射出孔が開かれた時、そこはほぼ無防備である事も容易に想像出来たのである。
攻撃する機会は擬似魔法の火球が放出され、直ぐ閉じられる瞬間である。
今だ!
俺は自分の最大の攻撃方法である魔力を剣に篭めて撃ち出す技を発動した。
大気をも斬り裂くという魔剣を使用したあの危険な技である。
危険というのはこの技、下手をすれば魔力枯渇に繋がる程、魔力を喰う。
オークを倒した時は、本当に危なかった。
アモンに助けられなければ、俺はオークに確実に殺られていたであろう。
しかし今は状況が違う。
魔剣に注入する魔力の加減も覚えたし、こいつを倒したら他の鋼鉄の巨人が襲って来るという事も無い。
この滅ぼす者とはタイマン、すなわち1対1の勝負をしているからだ。
だが万が一の場合もあるから、俺は魔力枯渇にならないように注意して魔剣を振りかざして擬似魔法の射出孔に必殺の魔力波の刃を撃ち込んだのである。
すると!
滅ぼす者は何故か腹を押さえ、苦しがった。
俺の打ち込んだ魔力の刃の渦は擬似魔法の射出孔から彼等の心臓である真理へ迫って行くのが分かるのだろうか?
そして!
とうとう俺の魔力波が心臓部の魔法水晶に達して損傷を与え、滅ぼす者はどうと倒れてしまったのである。
か、勝った!
俺は勝ったぞ!
「トールの勝ちぃ~!」
「やった~!」
ジュリアとイザベラの嬉しそうな声が聞こえ、アモンの満足そうな魔力波が伝わって来た。
俺がホッとしかけた、その瞬間、俺の魂にとんでもない危険の予感、いや確信が生じる。
倒れている滅ぼす者の内部にある装置に、いきなりスイッチが入ったのである。
それが滅ぼす者自体の意思では無い事は、停止している心臓部の様子を見ても明らかであった。
最終兵器という事もあり、この機体はガルドルド魔法帝国にとっては極秘扱いなのだろう。
機体が破壊されたり、故意に停止させられると秘密保持の為、自動的に完全破壊される装置が発動するのだ。
それって……もしかして爆破装置!?
俺の想像が間違っていない事は奴の後ろに控えていた鋼鉄の巨人達の慌てぶりで分かった。
このとてつもなく頑丈な機体が完全に爆破されるって……どんな威力!?
……この遺跡全部が破壊されるくらい?
もしそうなったら、悪魔の上位種であるアモンはともかく俺達は絶対に助からないだろう。
何とかしないと!
それに多分、時間も無い!
異様な空気を感じ取ったのだろうか……
ジュリアの泣き叫ぶ声に、心配そうなイザベラの声。
そしてアモンが大声で俺を呼ぶ声が交差しているが、皆に応える時間や余裕は無い事が俺には分かる。
助かる方法はもうひとつしかない。
滅ぼす者の自爆装置に魔剣を使って俺の魔力波を流し込んで完全に破壊し、止める事だ。
これはこれで危険なやり方である。
魔力波で破壊しようとした瞬間に自爆装置が暴発する可能性も高いからだ。
だが迷う余地は全く無い。
俺は倒れている滅ぼす者の機体に駆け寄ると、開いたままである擬似魔法の射出孔に魔剣を持った手を当てた。
俺は滅ぼす者の機体を凝視する。
停止している機体の中で唯一可動している部分が自爆装置だからだ。
あった!
胸の装甲、心臓部である魔法水晶の少し離れた場所にそれはあった。
規則正しく一定の魔力波を放出し続けている。
ままよぉ!
行っけぇ~!
もう躊躇する事は無い。
俺は持てる魔力量を全て魔力波に変換して魔剣を経由し半開きの射出孔から流し込んだ。
俺の魔力波の影響だろうか?
その瞬間、滅ぼす者の青白いシルバーカラーが燦然と輝いたのである。
と同時に身体の全てを喪失感が襲い、俺は意識を手放したのであった。
『…………おいおい! まだ永遠に寝ちゃ駄目だよ、トール』
俺の魂に呼び掛ける声がする。
これは?
『ふふふ、僕だよ、螺旋さ』
あ、あれ……こうなっているという事は俺は詰んだ……のか?
『あはは! 大丈夫さ、君は生きているよ。君が使ったあの技は単なる魔力波攻撃じゃないんだ。そうじゃなきゃ対魔法防御の処理をしたこの巨人の心臓部を破損出来る筈がない』
え?
ただの魔力波攻撃じゃあ無い?
『そうさ! あれは僕みたいな神が発動する神力波の攻撃なのさ。まあ神が使うものに比べれば多少、威力は落ちるけどね』
神力波!?
何それ?
『そんな事より、君ってとても成長したよね。今回の勇気ある行為……見直したよ。臆病で他人の為に頑張ろうとした事なんか皆無だった君がさ。何という勇気を持った男だって父上も褒めていたよ』
父上!?
え?
もしかして?
『ふふふ、そう! 偉大なる創世神さ。何か気になるの?』
やばい!
神の使徒である自分が竜や悪魔の娘を嫁にしたら不味いかなと……
『ははは、大丈夫さ。ばれてどうなるかとは思ったけど、結局は僕の見解同様、とても面白そうだから見物させて貰うって!』
……うわぁ、創世神様の寛容力、ぱねぇ!
『という事で君はまだまだ人生を楽しめるよ、ばいば~い!』
スパイラルの声が魂の中で反響しながらフェードアウトして行った。
同時に俺の瞼がゆっくりと開けられる。
「「旦那様!」」
「おおっ! トール! 気が付いたか!?」
目を覚ました俺が周囲を見ると、仲間であるジュリア、イザベラ、アモンは勿論の事、敵である筈の鋼鉄の巨人達も俺を心配そうに見詰めていたのであった。
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