第59話 「滅ぼす者」
結局……俺の案は採用された。
アモンは使い魔として下級悪魔のインプを召喚し、軍使として先方の陣へ一騎打ちの旨を伝える手紙を託したのである。
ちなみに手紙はアモンが旧ガルドルド魔法帝国が使用していた文字を知っていたので彼に書いて貰った。
果たしてどうなるか?
俺はそう思ったが、暫くしてインプは無事帰って来た。
奴等の返事だが、この申し入れを受けるという。
その代わり俺達が負ければ無条件でこの階から撤退するという条件付きだ。
1時間後―――支度をした俺は妻達の心配そうな視線を背に前に進み出る。
気になる相手だが、今迄俺達が戦って来た鋼鉄の巨人よりひと際大きく、全身を全く違う金属で覆われた巨人が地響きを立てながら進み出たのである。
ちなみに全身の色は俺の前世で言う眩く輝くクロームシルバー仕様であった。
和製英語で言えばシルバーメタルゴーレムとでも呼べば良いだろうか。
そのような異形の巨人を見たアモンが「むう」と呟いた。
何だ?
アモンの奴、珍しく難しい顔をしているじゃあないか。
「トール、気をつけろよ。あの巨人は悪魔戦を想定して作られた奴等の最終兵器、滅ぼす者に違いない」
「はぁ!? 滅ぼす者?」
「……通常タイプの鋼鉄の巨人の3倍の強度の対物理、対魔法の魔法障壁を誇る装甲は勿論、自動修復装置と擬似魔法射出装置まで備えている。また奴等の唯一の弱点である関節の裏側も攻撃を殆ど受け付けないように強化されている筈だ」
えええっ!?
な、何それ!?
それって……
「ガルドルド魔法帝国の技術の粋を集めて造った鋼鉄の巨人の最高傑作で幻の試作品だ。確かもう1体戦場に投入された時は悪魔数百体を瞬時に殺したと記憶している……こちらも俺が指揮を執って精鋭悪魔の一個大隊でやっと倒した筈だ」
「…………」
確かに俺もスパイラルの使徒で人間離れしているのは認めるけどさ。
ちょっと凶悪過ぎるだろう、それ?
「相手にとって不足はない! 真の男であれば燃える相手だな! はっははは!」
あのね……
このド悪魔!
人事だと思いやがって、このぉ!
「まあ、勝てないと思ったら両手を挙げてギブアップしろ……だが、お前は俺を軽く凌駕した男だ。期待しているぞ」
ええと……もう手を挙げて良いかな?
「トール、まだ相手と戦ってもいないぞ! 頼むから、俺の期待を裏切るなよ」
いやぁ、そんな期待に応える義務は全く無いし!
それに俺だって一応生身の人間だし、あんな化け物とは戦うのは無理無理!
「トール……私、オリハルコン……欲しい」
イザベラの縋るような視線が俺に注がれる。
そんなイザベラを見たジュリアも小さく頷いた。
「トール、もし危なかったら『負け』って言って良いから」
とりあえず全員が俺にチャレンジしろって意見ですか?
そうですか……
「分かったよ……だけど皆、無茶言うなぁ……」
皆の期待を背負った俺は一歩前に出て、仕方なく魔剣を構えたのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
俺と滅ぼす者は距離をとって正対した。
相手の武器は、刀身の長さが3m近くはあろうかという幅広の巨大な剣だ。
あれでどんな攻撃をして来るのか?
そして問題は俺が相手よりどれだけ早く動けるかと、攻撃をある程度読み切って避けられるかである。
がちゃり!
がしゅうううう……
俺がそう考えていると滅ぼす者が起動する。
緊張の一瞬だ!
だだだだだだ!
そこからワンテンポおいて滅ぼす者は地響きを立てながら結構な速さで俺に迫って来た。
奴の脚の回転が速い。
だが俺にとって幸いだったのが、想像していた半分くらいの速度なのと魔力波が立ち昇るので、相手の攻撃がある程度予測出来る事だ。
「よっと!」
滅ぼす者は巨大な剣を軽々と振り回し、俺の首を刎ねようとした。
俺は亀の子のように首を引っ込めてそれを躱すと、さっと奴の傍から離れた。
本来なら、カウンター的に魔剣で一撃を加える所だが、魔力で更に強化されたあの硬い装甲にどこまで通じるか、分からなかったからである。
幸いスパイラルから与えられた身体は常人より遥かにスタミナがあり、少々動いたくらいでは全く堪えない。
しかし守ってばかりでは相手を倒せない事も確かだ。
普通に考えれば通常の鋼鉄の巨人と同様に関節の裏側を攻めれば良い。
相手は俺の動きに驚いたようで、直ぐに守りを固めた。
奴の中身も人間なんだよな……
敵の力を推し量りながら勝機を待つ……さすがは滅ぼす者を任されたガルドルド魔法帝国の軍人だ。
多分、さぞかし名のある有能な軍人だったのだろう。
愛する家族だって居ただろうに……
そう思うと俺は少し物悲しくなった。
いかん!
感傷に浸っている暇は無かった。
俺はじっくりと攻める事にする。
相手も迂闊に攻めて来ないので暫し睨み合いが続く。
誘いを掛けてみるか?
剣の腕は知られていても、相手は俺がどのような魔法を使うか知らない。
俺はイザベラの火炎の魔法の真似をする事にした。
彼女の繰り出す業火に比べれば、ガスライターの炎を最大限強力にしたような『しょぼい炎』なのだが……
いけ~!
猛炎よ!
しかし俺が発した炎を見た滅ぼす者は、アモンの放つ地獄の業火を予想したのであろう。
両手を交差させて魔法障壁を可動させたのである。
「今だ!」
俺は全速で滅ぼす者の下に潜り込むと奴の片足を掴んで、思い切り転ばした。
いくら重い鋼鉄の巨人と言っても上級悪魔に腕相撲で楽に勝てる俺の膂力である。
滅ぼす者は派手な音をたてて、思い切り転がって巨大な剣を離したのだ。
俺はすかさずその剣に近寄ると両手で掴んで、これまた思い切り遠くに投げ飛ばした。
これで奴の攻撃手段をひとつ奪った事になった。
武器が無ければ、戦局はだいぶこちらに有利になる筈だ。
しかしこの攻撃が相手の怒りに火を点けてしまう。
ぶっしゅううう!
滅ぼす者は素早く立ち上がり、思い切り排気口から蒸気を噴射した。
そして両手を広げると、さっきより全然早い速度で俺に襲い掛かったのであった。
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