第58話 「安息」
鋼鉄の巨人が囮の悪霊の一体を追っている背後から俺は斬りかかった。
俺は神であるスパイラルの使徒ではあるが、正々堂々を謳った武士道や騎士道に基づいて戦っているわけではない。
後から襲うのは卑怯だの何だのは一切関係無いのである。
勝たなければ意味が無いと考えているからだ。
事前の打合わせ通り、俺は奴の関節後面の『継ぎ目』を狙う。
注意して見ると、薄いゴムの皮膜のような部分が確かにあった。
ほんの僅かな、面積にすると猫の額のような大きさに過ぎないが、俺はそこに魔剣の一撃を振るう。
魔剣の凄まじい切れ味の前に、その部分はバターを切るようなあっけなさで切断された。
鋼鉄の巨人は慌てふためいて暴れるが、もう遅い。
最初が両脚、そして両腕がそれぞれ切り離されると鋼鉄の巨人は、やっと無力になった。
まず一体か!
俺は次の『獲物』を探そうと周囲を見回した。
しかしそんな俺に追い縋るかのように声が掛かる。
「コロシテクレ!」
見ると『胴体』だけになった鋼鉄の巨人の頭部から、くぐもった声が聞こえて来た。
これは魔法水晶に封じられた人間の魂が発した叫びだ。
そうだ!
もしかしてこの魔剣のあの力は使えるのか?
俺は黙って魔剣を鋼鉄の塊と化した哀れな元人間へ向ける。
すると頭部の口と思しき場所から、人の拳ほどの魔法水晶が吐き出されたのだ。
これがこの鋼鉄の巨人の心臓部、真理である魔法水晶であろう。
硬いと言われる透明な魔法水晶であるが、この魔剣は魔力を使ってこのような材質の物も断ち切る事が出来る。
俺は魔剣にほんの少し魔力を込め、水晶を真っ二つにした。
「ア、アリガトウ……コレデ……ヤット……ネムレ……ル……」
俺の剣の一撃により、旧ガルドルド魔法帝国の兵士らしい魂は永遠の労働から解放され、安息の眠りにつくことが出来たのだ。
俺の居た前世の科学とて万能ではない。
特に人間に近いものを造ろうとする分野ではあらゆる研究がされていた。
それはこのガルドルド旧魔法帝国と変わらない。
しかし中には禁断の部分や倫理的に人が手を触れていけないものがきっとある。
この鋼鉄の巨人はその最たるものであろう。
魂――すなわち人の感情は旧魔法帝国のどんな技術者、魔法工学師でも再現出来ず、結局は禁断の技法に走ってしまった。
ゴーレムとはいわば神から伝授された擬似生命の技法だ。
やはり人間が安直に……簡単に触れて良いものではないのだ。
俺は割れた魔法水晶を見て心からそう思ったのであった。
―――俺が10体ほど鋼鉄の巨人の関節部分を斬り離して倒すと、とうとう奴等も俺の狙い所が分かったとみえて迂闊な行動をしなくなった。
すなわち群れから離れて単独行動はせず、無防備な背面を見せなくなったのだ。
こうなると焦りは禁物だ。
膠着状態になるが、無理をする事はない。
元々、鋼鉄の巨人は装甲といい、守備重視で製作されている。
力攻めをしても効果は余り無い。
俺は念話でアモンとイザベラに悪霊部隊の撤退を指示した。
また俺自体も後退し、次の戦いに備えるのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「トール、やはり……お前は戦いの神の化身だ」
戦いの神の化身って――スパイラルの使徒だから確かにそうだ。
アモンが俺の事をそう言ったので俺は魂の中で呟いた。
「俺達上級悪魔でも苦戦した鋼鉄の巨人を、初陣で何と10体も倒すとは――凄いのひと言だ」
「俺じゃあない……魔剣の……力さ」
俺の力は……チートなもの。
自身の力じゃあないからな。
それを聞いたアモンは皮肉とも言える笑みを浮かべる。
「ははは、何を悩む。俺達、悪魔だって元は天界の住人だ。いわば神から与えられた力だが、使えるものは使え! そう考えて行使している」
アモン……見抜いていたか。
俺が神の使徒である事を……
「分かった。じゃあ皆で次の作戦を考えよう」
俺はアモンに笑いかけると、全員を見渡して休憩を告げたのである。
30分後――
簡単な食事を摂り、再戦の準備を整える俺達に対して鋼鉄の巨人達は守りを固めて動かない。
「致命的になるから極力起こさないように魔法で制御されては居るが、奴等には恐怖心がある。そこが付け目だ」
恐怖心……
確かにそう言える。
だから、鋼鉄の巨人達は俺と真っ向から戦わずに守りに入ってしまったのだ。
「恐怖心……それを更に煽る……」
一体……恐怖心を煽るとは?
「この現世では余り長く保っていられない姿だが、今の人型の擬態を解いて俺の本体を見せる」
それを聞いたイザベラがハッと息を呑む。
「俺達悪魔の本体は人間にとっては恐怖の対象だ。その上奴等は多分、冥界での悲惨な敗戦を経験している。その時の記憶が呼び覚まされる筈だ。動揺して隙を見せた所を一気に叩く」
「ちょっと思ったけど……」
アモンの言葉を遮った俺に皆が一斉に注目する。
「鋼鉄の巨人の隊長格の奴は居ないのかな? 全員を潰さなくても、そいつを可動不能にすれば隊は戦意喪失しないか? 例えば一騎打ちを持ち掛けるとか」
他の皆が黙る中、アモンが俺の言葉を聞いて面白そうに笑っている。
「トール、やはりお前の目の付け所は良い。俺が本体の姿で攻める前に、駄目元で申し入れをする価値はあるかもな」
駄目元って……
余り可能性が無い、低いって事か。
「相手が騎士で誇り高い男であれば応じるかもしれないな。このままでは奴等は戦士として臆病者のレッテルを貼られる事になる。……まあそんなレッテルを張る王族や国民は既に死に絶えて現世には居ないがな……くくく」
騎士か……
確かに騎士なら逃げる事を由としないだろう。
「当然、奴等が一騎打ちを受けた場合は、トールが相手をするのだぞ」
「ええっ、俺!?」
驚いた俺にアモンは笑いながら念を押す。
「当然だ。相手も隊長ならこちらもクランのリーダーを出さねば駄目だろう?」
俺はアモンの言葉に苦い顔をしながらも渋々と頷いたのであった。
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