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第52話 「縮図」

 外見はそれぞれ異なるが、人喰い鬼の伝説は世界各地にある。

 日本で言えば、角の生えた筋骨隆々な赤ら顔の大男の事だ。


 俺が資料本で読んだ限りでは、西洋の人喰い鬼(オーガ)も堂々とした体躯を誇り、その並外れた膂力により敵を倒し、その肉を喰らう鬼の一種である。


 今、その怖ろしい人喰い鬼(オーガ)が3体、俺達の方に近付いて来る。

 当然、その目的は俺達を倒し、餌として捕食する事に他ならない。

 しかし幸いな事に彼等は大概、俊敏では無い。

 攻撃も単調で力任せに攻撃する無法者に過ぎないのだ。


「トール、今度はリーダーのお前が他の者に指示を出し、人喰い鬼(オーガ)に対してクラン全員で戦ってみせろ」


 俺はクラン『バトルブローカー』のメンバー全ての能力を把握している訳では無いが、これまでの戦いから得た知識と実戦の経験からクランに指示を出す事にした。


 作戦は至極単純だ。

 考えも無く近寄って来る人喰い鬼(オーガ)を、火炎の攻撃でダメージを与えた所を俺が一気に討ち取る。

 

 本当に、ただそれだけの作戦だ。


「ふん! それが……果たして作戦か?」


 アモンが小馬鹿にしたように言う。


 しょうがないだろう!

 俺はアンタと違って百戦錬磨な悪魔軍の大将軍じゃあないんだから。


「まあ良い。言われた通りにしてやろう」


 アモン……言われた通りにするんだったら最初からケチつけるなよ。


 俺はにやにやと笑うアモンに苦い顔をしたのであった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 そうこうしている間にも人喰い鬼(オーガ)は低い唸り声を上げながら近付いて来る。

 奴等の位置は索敵とも言える俺の鋭い五感ではっきりと把握していた。


 俺は奴等に攻めかかるタイミングを計る。

 5,4,3,2……


 そしてさっと挙がった俺の手のタイミングに合わせてイザベラの火炎魔法とアモンの灼熱の炎が一斉に放たれた。


「ぐああああっ!」「ぎゃうううっ!」


 いきなりの炎の洗礼に人喰い鬼(オーガ)は絶叫をあげ、焼けただれた皮膚を掻きむしる。


 今だっ!


 俺は大きく跳躍すると一気に魔剣を振り下ろす。

 焼け爛れた傷に苦しむ人喰い鬼(オーガ)の首があっけなく刎ねられ、返す剣でもう1体の身体が斜めに断ち切られた。


 1番後方に居た人喰い鬼(オーガ)は仲間2体が盾になってくれたせいか、魔法と炎のダメージをそんなに受けておらず元気であった。

 しかし俺の剣を受けて仲間2体が無残な骸と化すと耳をつんざくような声で咆哮する。


 このような咆哮は怒りから来る自らの鼓舞と相手に対する威嚇の為だろうが、今の俺から見たら無駄以外の何ものでもない。

 ただ怒った顔がちょっと怖いだけだ。


 俺は骸を乗り越えると一気に人喰い鬼(オーガ)に迫り、必殺の三段突きをお見舞いする。

 一拍のうちに喉、鳩尾、そして心臓に突きを貰った人喰い鬼(オーガ)は俺の攻撃が一体何だか分らないまま、その巨体を動かぬ骸に変えて地に伏していたのであった。


 人喰い鬼(オーガ)3体に止めを刺した俺は奴等から魔石を回収すると意気揚々とクランの下へ戻る。


 俺の剣捌きを見たアモンが感心したように言う。


「ほう! 最後の技は何という技だ?」


「無明の剣……俺の好きな武人の必殺技だ」


「無明の剣……無明の剣とは即ち無知や迷いを斬る剣という意味か? それとも無いものを在ると考え、それを斬り捨てる剣の事か?」


 アモンがいきなり俺に無明の剣の由来を聞いて来る。

 俺にはそこまでのウンチクは無いので困ってしまう。


「意味は知らん……名前の意味を知りたい程、俺は拘りが無い」


 俺がそう言うとアモンは残念そうな表情を見せた後でチッと舌打ちをした。

 多分俺の事を思いっきり軽蔑したのであろう……ははは。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 それから俺達は地下4階で何度も戦った。

 1番厄介だった敵がヘルハウンドで、その口から吐かれる高温の火炎である。

 考えてみれば火炎はこちらから攻撃する事しか考えておらず逆に攻撃された時の事を全く想定していない。


 俺がいつものように魔剣を振りかざして突っ込もうとしたら、相手がいきなり火炎を吐いて来たのだ。

 そりゃアモンの灼熱の炎を見ているから、それに比べればヘルハウンドの炎の威力の方が劣るのは分る。

 確かに格段に劣るだろうが、俺は結構な火傷を負い、一旦後退したのだ。

 いくらスパイラル神の与えてくれた身体でも過信はするな!という事だろう。


 負傷した俺にジュリアが魔法杖から回復の魔法を発動して俺を癒してくれる。

 そこで俺は信じられないものを見た。

 焼け焦げた俺の腕の皮膚の表面が再生して、あっという間に回復したのだ。

 

 さっきの発言撤回!

 やっぱりこの身体は凄いよ、邪神様!


 俺が体を回復させて貰う間にアモンがヘルハウンドの群れの前に立ち塞がる。


「お前達を行かせる訳にはいかんな。悪いがここで殲滅する」


 アモンは抑揚の無い声でそういったかと思うと手当たり次第にヘルハウンドの頭を掴み、握り潰す。

 仲間を攻撃されたヘルハウンドの中には例の炎を吐く者も居たが、アモンには全く効果が無い。

 どうやらアモンはある程度の炎など無効化出来る様だ。

 何という大悪魔のチート能力!


 ぎゃうん! ぎゃん! うおん!


 たちまち、阿鼻叫喚の地獄が展開する。

 やがてアモンによって頭をトマトの様に無残に潰された、ヘルハウンドの死体があちこちに散乱した。

 ヘルハウンドは犬の魔物ながら、人喰い鬼(オーガ)より知能が高いらしい。


 どうやら勝ち目の無い戦いに身を投じる事は無いようである。

 劣勢とみるや、リーダーらしい一頭が低く唸ると一転現れた方向に身を翻し、消えてしまったのであった。


「うわぁ……逃げ足……速っ!?」


 これは俺達人間にも当て嵌まる人生の縮図だ。

 弱い者は徹底して叩き、強い者には巻かれるか、さっさと逃げる。

 俺は苦笑してヘルハウンドが消えた方向を眺めていたのだ。


 ヘルハウンドとの戦いが終わって―――ジュリアに治癒して貰っている俺と負傷した腕をアモンがまじまじと見詰めている。

 何か言いたい事でもあるのだろうか?


「お前の膂力といい、その身体といい……やはり只者ではないな」


 や、やばい!

 俺が悪魔の宿敵である神の使徒だと、ばれたのか!?


「た、只者じゃあないって? お、俺は普通の人間で単なる戦士だよ」


 そんな俺の答えを疑わしそうに見ていたアモンだったが、はたと手を叩いた。


「分かったぞ、お前は猛き魔族の血をひいているのだな! その膂力、身体捌き、そして異常な程の身体の回復能力はそれに間違い無い」


 即に俺は当らずとも遠からずなアモンの答えを聞いて、ばれずによかったと胸を撫で下ろしたのであった。

ここまでお読み頂きありがとうございます!

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