第51話 「骸骨戦士」
地下4階への階段の傍で、俺達は紅茶を飲みながら階下での戦いをいろいろとシミュレーションしていた。
俺は主に剣士としての身体の捌き方、そして技についてだ。
言っておくが前世の俺は剣道に関しては全くの素人である。
但し、散々読み耽っていた資料本の中に、剣豪と呼ばれる人達のものが数冊あったので、知識は一応あるのだ。
だが、その本にしたって主に剣豪達の足跡を語っているだけのものが殆どだから、技なんかは大体俺の推測と想像である。
今、俺が主に使っているのは沖田総司の無明の剣と呼ばれる3段突きだ。
しかしこの技は単なる突き技ではない。
基本は喉、鳩尾、胸の急所を突く技と伝えられているが、突く順番はおろか、それ以外のどこを突くかも、攻撃する相手により千変万化であり、定型は全く無いという。
また刀を水平にして構えて刃を外に向ける事で、突き技以外にも斬る事への切り替えが容易に出来る優れものなのだ。
幕末の京都の街の路地で威力を発揮した新撰組の剣技が、同じ様に狭い迷宮の中でも使い易いと来ているから鬼に金棒である。
動物型のヘルハウンドはともかく、一応人型の魔物である食人鬼とスケルトンソルジャーに対してこの『無明の剣』を使い、もっと練度を高めて行く価値は充分にあるのだ。
ある程度『無明の剣』で戦ったら、俺が試してみたい剣法はまだまだある。
俺の体術、身体の捌きや速度は既に人間離れしているので型さえ身につけて練度を高めればこれまた夢見た剣豪への道まっしぐらであろう。
俺が憧れているものに居合いがある。
これは納刀の状態から抜刀し、さらに納刀に至るまでの間に相手を斬る技である。
達人になればその瞬間は常人の目には捉えきれない速度だという。
また沖田総司の次に好きなのが宮本武蔵の二天一流……即ち2刀を使いこなす剣法だ。
俺が持っているのはスパイラルに授かった魔剣1本のみなのでもう1本剣を手に入れられればぜひ試してみたいと思っている。
他に試したい剣豪の技はたくさんあるので随時試して行くつもりだ。
これは俺のチート野郎としての特権である。
そして最後は現在の俺の奥義とも言える魔力波で相手を触れずに遠くから斬る技。
風の魔法使いが行使する大気で相手を切り刻む魔法、風刃ともいうべきものであろうか。
風の代わりに俺は魔力波で相手を斬るのであるが。
この前は使う魔力の加減が分らず、俺は魔力切れを起してしまったが、いずれ極めなくてはならないだろう。
俺はこの異世界で仲買人にはなるが、これから家族も守らなきゃいけないし、修羅場をいくつも潜るだろう。
アモンの言う通り、強いに越した事は無いのだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
俺達は充分に休息を取った後に万全を期して地下4階に降りて行く。
当然、俺は鋭くなった五感を駆使して敵が居ないか探っている。
とりあえず階段近辺に敵は居ないようだ。
それを知って俺はホッと息を吐いた。
そんな俺を見たアモンの口調は相変わらず重々しい。
「この階でも今迄の階とやる事は変わらない。お前の戦闘の経験値をしっかりと積み、場合によってはクラン全員で戦う」
僅かに頷いた俺は例によって先頭に立ち、すっすっと静かに歩き始めた。
そして暫く歩いた俺達は最初の敵に遭遇する。
地下4階で初めて出会った敵は不死者の一種であるスケルトンウォリアーであった。
数は計4体である。
予想通りだが……やはり骸骨が武器を持っているだけの姿だ。
俺達を見付けたスケルトンウォリアーは最初はぎくしゃくした動きで近付いて来たが、だんだんこなれて来て動きが鋭くなっている。
「トール……お前の力を試してみろ」
アモンの声に押されて俺は足を前に踏み出した。
俺を組し易しと思ったのか骸骨が笑う。
肉が全く無い骸骨が笑うなど変と言われるかもしれない。
奴には表情など作れない筈なのだから……
しかし骸骨は唇の無い口をカタカタと動かして確かに笑ったのだ。
それを見た俺の魂には闘志が湧き上がる。
俺をシロウトだと思ってるなぁ……
畜生!
舐めるなよぉ。
しかし骨ばかりで急所が分らないな。
まあ、良いや……ただ倒すだけだ。
俺は思い切り息を吐き出すと魔剣を抜き、骸骨の群れに飛び込んで行った。
早速チート能力が働いたのだろう。
骸骨共の動きが途端に遅くなる。
スケルトンウォリアーにはそれぞれ個体差があるようだ。
能力差と言っても良いだろう。
よく見れば体格も様々で持っている武器も違っている。
これは奴等の前世のせいだろうか?
先頭に居る奴がそこそこ長い槍を振りかざす。
リーチがある武器なので相手が強ければ遠距離からの攻撃で圧倒されるが、相手の動きは鈍く、はっきり言ってスロ-モーだ。
そもそも俺の速度について行けていない。
俺は難なく魔剣で槍の柄を跳ね上げると、骸骨の首をあっさりと刎ね飛ばしたのである。
脳や心臓が無くても首を無くしたスケルトンウォリアーはまるで糸が切れた人形のように崩れ落ちた。
俺がホッとしたのも束の間……
ぎしぃ……
骨が軋む音がしていつの間にか残りのスケルトンウォリアー達が背後に忍び寄っている。
奴等は間を置かず俺に向かって一斉に襲い掛かって来たのであった。
次の敵はロングソードを持った剣士である。
さっきの槍の戦士よりは身体の捌きが若干素早い!
しかし……ほんのちょっと速いだけだ。
俺は斬撃を難なく躱し、相手の首を刎ね飛ばす。
骸骨の首がまたも転がり、残された胴が崩れ落ちた。
次のメイスを持った敵も同様である。
俺の頭を粉砕しようと頭に振り下ろそうとしたメイスを掴み、思い切り蹴り飛ばすと骸骨野郎は迷宮の壁にぶつかり、粉々に散らばった。
残った敵は骸骨の癖に巨大なクレイモアを持った戦士である。
戦って分かったが、こいつの実力は今迄戦った骸骨に比べて抜きん出ていた。
骨だけの身体のどこに、このような膂力があるのか分からないが、今迄のスケルトンウォリアーとは段違いのパワーと速度で攻撃して来る。
さすがの俺もこれまでのように簡単にはいかなかった。
結構な速度で繰り出して来る斬撃を躱して、暫くは相手の動きを見極める事に徹したのである。
そのうちに俺は相手の攻撃パターンが『一定』なのに気がついた。
やはり生身の敵と不死者は根本的に違うらしい。
それしか記憶が無いのか、それとも彼を操る邪悪な存在が限られたパターンしかプログラミング出来ないのか知らないが、決まった攻撃しか出来ないのだ。
こうなれば「しめた!」ものである。
俺が攻撃を仕掛ければ、奴はそれなりに『受け』の対応をするが、反面あちらからの攻撃はワンパターンだから、攻撃の後に出来るその一瞬の隙を突けば良い。
俺は相手の攻撃の後で狙いすますように頭蓋骨の額へ突きを入れて粉砕する。 すると相手は今迄と同じ様に、呆気なく崩れ落ちたのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ふむ……まあまあと言った所だな」
そう言いながらアモンの口角は少し上がっている。
少しは機嫌が良いみたいだ。
一応は合格ということだろうか?
「強いよ、トール!」
「頼もしいよ、トール」
アモンから合格を出して貰えなくても、嫁達は凄く褒めてくれたので俺は気持ち的には全然ダメージを受けない。
その時であった。
俺は迫り来る気配を感じる。
巨大な影が3体……
これは?
「……どうやら人喰い鬼のようだな。ここでの戦いの波動を感じて何か獲物が無いかと探しに来たようだ……ようし、今度はクラン全員で戦ってみよう」
アモンの言葉に頷いた俺達は、人喰い鬼達が現れるのを身構えながら、待ち続けるのであった。
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