第50話 「迷宮の秘密」
地下3階では蟻酸を大量に吐き散らす、気持ち悪いくらい大きい蟻の大群とか、相変わらず豚にしか見えないオークとは何回か戦ったが大体楽勝であった。
俺がもしチート能力を持ち合わせていなかったら、本当にヤバイと思った相手は大蟷螂と呼ばれる魔物だけである。
通常の種でも共食いをするような獰猛な雌の蟷螂。
このようなとんでもない昆虫が、そのまま大型の魔物になったような奴で、その鎌状になった前脚は下手な剣よりも遥かに鋭利である。
何せ革鎧は勿論、薄手の金属鎧も紙のように切り裂いてしまうのだ。
地下3階で初心者のクランが淘汰される主な理由がこいつの存在にあるそうだ。
動きも結構敏捷であり、幻惑するような動きを見せて、獲物を混乱させて翻弄する。
そして頃合を見て、一気に首を刎ねるか、相手の身体を怪力で絡め取って丸齧りをするというのが奴等の戦法なのだ。
そんな相手だから俺も最初は躊躇した。
たかが虫とはいえ体長は3m以上、体高は1m以上もある小型の肉食恐竜という趣なのだ。
あの感情の欠片もない三角の眼から見据えられたら震えも来よう。
元々小心な俺にとって怖くないわけが無い。
しかしアモンの指示は敵がたった1匹な事もあり、またもや俺が単独で戦えという無情なものであった。
最後は例によって愛する嫁達の安全を盾にとって迫って来たのだ。
しかし!
そんな俺も徐々に覚醒しつつあった。
最初から『俺様最強』では無いが、しかるべき師につけば才能が開花する。
スパイラルの言う通りであり、このまま行けば師匠は悪魔アモンという事になる。
神の使徒の師匠が兇悪な悪魔なのは皮肉であるが……
そんな訳で大蟷螂と正対した俺だが、最初はやはり様子見だ。
大蟷螂はいつもは餌とみなす相手に対するのと同じ様に、羽を大きく開き、身体を左右に振って俺を幻惑しようとする。
しかし、相手が出す肉食獣特有の殺気に満ちた魔力波は至極分り易いものであった。
次に奴がどう動くか、どのような攻撃を仕掛けて来るかが、丸分りなのだ。
俺は某アニメの主人公のように相手の動きを予測し、懐に飛び込むと一気に首を刎ねた。
一撃必殺!
俺の動きに対して思わずアモンの口からひゅうと音が洩れる。
どうやら口笛のようだ。
どうせ俺のやった事を真似したのであろう。
あいつ!
やけに嬉しそうじゃないか?
さっきの火炎のお返しか?
「ええと……」
戦いの後は戦利品の獲得だ。
ジュリア曰く、大蟷螂は魔石だけではなく、その前脚は武器を作る際に、稀少な部位になるという
俺は白い腹を晒して倒れている蟷螂の骸から左右それぞれ1m近くはある前脚を切り離すと収納の腕輪に入れたのであった。
大蟷螂と戦った後、俺達は真っ直ぐに地下4階への階段を目指す。
階段に辿り着くまでにオークやゾンビの群れが出現したが、俺達は何なく倒して進んだ。
アモンが俺に聞いて来る。
「どうだ? 魔力波読みの方は?」
アモンは俺の戦い振りをじっと観察していたのだ。
大蟷螂との戦いでコツを掴んだ俺は、それを活かして圧倒的な勝利を収めたからであり、戦いへの手応えを聞きたかったに違いない。
「ぼちぼち……だな」
「ぼちぼち……か。まあ良いだろう」
悪魔らしくないアモンの慈愛に満ちた眼差しに俺は父のような兄のような温かいものを感じていたのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
コーンウォール地下迷宮地下4階への階段付近……
この階段付近も幸い待ち伏せをしている敵は居なかったので俺達は車座になって簡単な作戦会議を行う。
念の為、イザベラに魔法障壁を発動させて貰い、俺が周囲に注意していても普段よりはずっとリラックスしている。
こんな迷宮の中で温かい紅茶を飲んで皆で寛ぐのも奇妙な感覚だ。
「でもさ……不思議だね」
ジュリアが可愛く首を傾げる。
くう!
ここが危険な迷宮ではなく、更にアモンも居なければきゅっと抱き締めている所だ。
しかし何が不思議なんだろう?
俺がきょとんとしているとジュリアは口を尖らせてもうっという表情になる。
「トールったら! 少しは気付いてよ。あたし達がこの迷宮を結構探索していても、あれだけ居た他の冒険者のクラン達と全然遭遇しないじゃないか?」
成る程!
確かにそうだ。
俺達の前にあれだけ居た冒険者達と全然会わないのは何故だろう?
50人位は先行していたよな~
「それは俺が説明しよう」
口を開いたのはやはりアモンであった。
「この迷宮は多分様々な異界と繋がっているのだろう?」
異界?
異界って俺の知識通りで良いのかな?
「異界って天界、冥界も含めて現世と違う世界……それで良いのかな?」
俺の言葉を聞いたアモンはふんと鼻を鳴らしてから、面白そうに笑うと俺を見詰めた。
「ほう! トールは中々、知識はあるようだな。ならばそれに俺が補足してやろう。この迷宮で言えば、多分冒険者が入るごとにそれぞれが違う異界の同じ構造の迷宮に飛ばされるのであろう。階層ごとに湧き出る怪物も、ある一定の決まりを設けて、どんどん補充されているのに違いない」
「それを造ったのは……」
「ははは、やはり古の旧ガルドルド魔法帝国であろうな……さすがに何の為かは分らんが」
成る程ねぇ!
それって昔熱中したゲームのような仕組みじゃないか。
俺がやったのは入る度に構造が変わる迷宮だったっけ。
それにしても悪の魔法使いが単に迷宮を作るだけと違って、入る度に冒険者を異界に飛ばす迷宮ってどんだけ大掛かりなんだ。
「……地下4階の対策を考えようか」
俺が例によって中二病的な空想に耽っていると、またもやアモンの重々しい声がした。
そうだな。
地図によれば地下4階は魔物が一気に強くなるのだ。
『死を呼ぶ黒妖犬』とも呼ばれ、猛火を吐く子牛程の体躯を持つ獰猛なヘルハウンド。
オークなど及びもつかない膂力を誇る人喰い鬼、 そして、生前は一流の腕前を持っていた剣士や騎士を不死者化したスケルトンウォリアーという骸骨剣士などの凶悪な魔物共が手薬煉引いて待っているらしい。
「相手は一気に強くなるが……トールの潜在能力ならば何とかなるだろう。その為には魔力波読みをもっと極める事だ」
魔力波読みって……そんなに万能なのだろうか?
そんな俺の魂の呟きを読んだようにアモンが呟いた。
「魔力波読みは便利な技だが過信するのは禁物だ」
何故?
どうして?
「上級術者や上位の魔物にはわざと偽りの魔力波を出して攪乱する者が居るからだ」
偽りの魔力波?
何、それぇ!?
「更に高みに登るにはそういった技も破らねばならないぞ」
アモンに釘を刺された俺は渋面を作って肩を竦めるしかなかったのである。
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