第49話 「経験を積め!」
こうして俺は初めて人を……殺した。
相手が俺を殺そうとした迷宮の無法者、山賊という兇悪な敵としてもである。
俺の心には僅かだが傷と痛みが残った。
もう引き返せない場所に足を踏み入れたという気持ちもどこかにある。
この異世界に来て避けて通れない道であり、そうしないと殺されるという立場になってもだ。
しかし結局は割り切るしかない。
黙って無抵抗で殺されたり、ジュリアとイザベラという大事な家族を理不尽に害されたりする理由は一切無いし真っ平御免だ。
そう考える俺はまた戦いの経験を積んだとアモンに言われたのである。
地下1階の襲撃に懲りて、慎重に進んだ地下2階は購入した地図通り、魔物は雑魚のゴブしか出現せず、後は相変わらず山賊と例の初心者殺しであった。
割り切るという事は怖ろしいものだ。
結局、俺が戸惑ったのは最初だけで後は問題なく奴等を蹴散らして行ったのである。
戦いの方法はジュリアが購入したばかりの魔法杖を使って回復の魔法を発動させ、クランをケア。
イザベラも攻撃と支援の魔法を織り交ぜてクラン全体の戦闘を援護する、俺はそんな戦闘に慣れつつあった。
教師役のアモンはそんな俺達に対してとりあえず合格点を出してくれる。
「お前を中心にだいぶ戦士らしくなって来たぞ。良い意味で非情さを身に付けつつある」
「そいつはどうも……さて、もう少しで地下3階への階段だ。この地図によれば地下3階からは魔物の種類がぐっと増え、脅威も増す」
「ふむ、この地図によればお前が既に戦った事のあるオークに加えて不死者系、昆虫系なども加わるようだ」
ううむ……
腐った死体の不死者に、巨大で不気味な昆虫か……
それって余り俺の得意な系統ではない。
ほら、ジュリアだってあからさまに嫌な顔をしているよ。
イザベラとアモンは……平気なのかよ。
「トール、不死者と昆虫なんて全然怖くないよ。だって不死者なんて……例えて言えばトールやジュリアの身体がちょっと腐っただけだろう。それに虫なんてそこら辺に居る蚊や蝿なんかと変わらないじゃん」
不死者が俺やジュリアの死体が腐った……だって?
おいおいおい!
それは例えが悪過ぎるだろうよ。
イザベラはどこに怖がる理由があるのという表情でこう言い放ったのだ。
魔族の頂点に立つ悪魔特有の考え方と言うか、何というか……
そのようなやりとりをしながら歩いて行くと、やがて地下3階への階段が近付いて来る。
そこに敵が待ち伏せしている気配は……幸い無い。
俺達は無事に地下3階へ降りて行ったのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
これ以上の真っ暗闇にもう耐えられない! と悲鳴をあげたジュリアの為に俺達は各自、魔導ランプを抑え目にして灯し、進む事にした。
この明かりを目当てに敵から狙われ易くなるが仕方が無い。
俺達が地下3階に降りた途端にそいつはやって来た。
遠くから何かを引き摺るような音をたて、酷い腐臭を撒き散らしながら……
があおおお!
腐った死体に邪悪な魂が棲むのか、それとも闇の死霊使いの許されざる行為なのか、奴等は巷でゾンビと呼ばれる不死者である。
しかし、これはゾンビ映画などのイメージが強過ぎるらしい。
と、いうか俺のイメージがこの世界に反映されているのだろう。
本来のゾンビは、このような腐乱死体とは全く違うものだからな。
まあゾンビ談義はこれくらいにして……
俺達は不死者に対する対策も昨日のうちに立ててあった。
戦法はイザベラとアモンによる火炎の攻撃オンリーだ。
だって腐って臭いゾンビなんか誰が近寄って触れるものか!
昔の言葉でいえば『エンガチョ』だ。
イザベラの火炎魔法が発動し、更にアモンが口から灼熱の炎を吐く。
人化した悪魔アモンが口から火炎を吐くのは、傍から見ていて大掛かりな奇術みたいで結構シュールだ。
俺は思わず口笛を吹いて拍手をしてしまい、2人がゾンビを炭化させて倒した後で、アモンに睨まれる羽目となったのである。
「トール、何故口笛を吹いて拍手をした?」
「いやぁ……凄いなぁと思ってつい……」
「気のせいかな、面白がっているというか、馬鹿にしているような態度であったぞ」
す、鋭い!
今後は注意する事にしよう。
ゾンビは戦いの報酬とも言える『魔石』を持たないそうなので、俺達は奴等の骸を無視して更に進む。
迷宮の地図によると、ここ地下3階で初心者レベルの冒険者は殆ど『淘汰』されてしまうのだそうだ。
そして次は……
唸るような鳴き声で地面を跳ねたり引き摺るような重い音と共に登場したのは超巨大サイズの蛙の群れである。
ううむ、10匹くらいは居そうだぞ。
「「ぎゃ~、気持ち悪い!」」
蛙を見て響き渡るジュリアとイザベラの悲鳴。
彼女達って、人の死体や不死者が平気なのに巨大な蛙は駄目なのか?
本当に不思議だ……
この地下3階には他にも巨大な蟻や蟷螂が出るらしい。
こいつも含めて昆虫系と一緒くたに言っているらしいが、正確には蛙って両生類なんだけどな……
まあ良いや、細かい事は……
とりあえず、ここも火炎作戦か! と思ってアモンを見ると黙って首を横に振っている。
え、嫌なの? 火炎攻撃、してくれないの?
「今回の戦いではお前が出来るだけ経験値を積んだ方が良いのだ。だから今度はトールに行って貰おう」
俺が単独で行くの?
それ、マジ?
さっきアモンが火炎を吐いたのを俺が面白がって拍手したせいかなぁ?
実際、俺もああいう『ぺちゃねちゃ系』は嫌いなんだけど……
「愚図愚図言わないでさっさと行く!」
偉そうに命令するアモン……
でもさ、俺ってアモンに勝っているんだよね?
悪魔の掟では本来勝った方が命令出来るんだよね?
そう言い合っている間に蛙は例によって巨大な身体をものともせず飛び跳ねながら俺達に迫って来た。
普通の蛙は主に虫を食うのだが、この蛙は……人間も含めて何でも喰う雑食だと地図には書いてある。
仕方が無い!
俺は魔剣を構えると気合を入れて巨大な蛙の群れに飛び込んで行った。
俺VS巨大蛙!
結論から言えば奴等も全く俺の敵ではなかった。
確かに動きは今迄の敵に比べればそこそこ素早いし、蛙にしては表皮が硬くて剣だと難儀すると地図には書いてあった。
しかしスパイラルから貰ったこの魔剣は、まるで紙か溶けたバターでも切るように容易く蛙共の表皮を切り裂いたのである。
――結果、計12匹、1匹当りの体長は1m以上もある巨大蛙は俺に切り裂かれてその屍を無残に晒していた。
「やったぁ! でもトールの剣は良く洗うか、拭いて来てね。ねとねとして……気持ち悪いから!」
「そうそう、そのまま来ないでね!」
2人の嫁にきっぱり言われた俺は仕方なく生活魔法で水を出し、刀身の粘りを洗い流してからクランに合流したのであった。
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