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第47話 「因果応報」

 悪霊が擬態した『ジュリア』と『イザベラ』は悲鳴をあげる。

 荒々しい息を吐き、彼女達を組み敷き、のしかかる男達。

 俺とアモンに擬態した悪霊は既に『惨殺』されている。


 今迄もこいつらはこのように悪行を重ねて来たのだろう。

 

 そして一歩間違えば、俺達がこうなっていたかもしれない悲惨な光景を見て、俺は怒りと苛立ちを隠せなかった。


「トール、落ち着け。まもなく因果応報となる。……あの者達もとうとう悪運が尽きたのだ」


 アモンが表情を全く変えず、唄うように呟いた。

 その言葉を境に状況が、がらっと変わる。

 欲望を剝き出しにし、快感を訴え、哀れな女達を蹂躙していた筈の冒険者の男共が急にうめくと凄まじい苦悶の表情をうかべたのだ。


「ぐああっ!」「く、苦しいっ!」


「助けてくれっ!」「ぎゃああああ!」「か、神様ぁ!」


 見ると冒険者達が組み敷いていた筈の女達が黒い霧の様な不定形になっており、逆に纏わりついている。

 それを見たアモンが無表情に言う。


「俺の部下の悪霊達は貪欲だ……奴等の魔力を全て吸い尽くすのは勿論、果ては本能のままに人間の肉体と魂までも喰らう……残るのは骨だけだ」


 ぐちゃり、ぴちゃ……めきめきめき……


 それは不気味な音であった。

 冒険者達が生きながら悪霊達に貪られ、骨までしゃぶられているのだ。

 アモンの言う通り、魔力を吸い尽くして冒険者を行動不能にした後、思うがままに彼等の肉体を喰らいつつ魂を飲み込んで行ったのである。


「あの者達はいわゆる初心者殺し(ルーキーキラー)と呼ばれる不心得者である」


 一転して犠牲者となっている冒険者達を見るアモンの鳶色の眼は(まばた)きもしない。


「奴等はこの迷宮に来たばかりの、冒険者としては経験の少ない下位ランクの初心者(ルーキー)だけを狙って来た。襲ったクランの男は即座に殺し、女も犯した後に容赦なく殺した。今、その(カルマ)が自分達に返って来たのだ」


 悪霊が未だ冒険者達を貪り食っている間にアモンは俺に向き直る。


「見ておけ! これがこの世界の非情な現実なのだ……他人を全て敵とみなせとは言わないが、全ての行動の結果が自己責任となる。今のお前には大事な妻を守る義務が生まれたのを忘れるな」


 ……確かにアモンの言う通りだ。

 

 少し前まで普通の高校生だった俺が嫁を2人も(めと)り、今や全く違う環境の異世界で生きて行く。

 この初心者殺し(ルーキーキラー)への対応も本当はこのクランのリーダーである俺が対処すべき事なのである。


「この世界は創世神とその一族が管理する世界。彼等の定めた運命の輪に基づいて生きるのは俺達悪魔でも、お前達人間でも変わらない事実だ。実戦経験が無いお前がこの迷宮に来たのも、その運命のせいかもしれない」


 そうか!


 アモンにそう言われた俺はハッとして気が付いた。

 万が一、俺があっけなく死んだらいろいろと問題が起こるに違いない。

 確かにそれを回避させる為だろう。

 この世界の管理者である創世神の直子スパイラルは俺に経験を積ませ、価値観を分からせる為にこの迷宮に送り込んだのだ。

 

 俺がそんな考えに及んだ瞬間である。

 例によって俺の(こころ)に聞き慣れた声が響いたのだ。

 この異世界へ俺を送り込んだ張本人であるスパイラル神である。


『ふふふ、僕の事が(ようや)く分かって来たようだね。さすが、伊達に使徒をやっていないね』


 邪神様の事など知りたくもないが、一応使徒なら仕方がない……


『そう! 使徒の君はもっと僕の事を知らなきゃね! そしてこの世界の事もね』


 確かに家族も出来たし、この世界の事を知らないといけないですよね!


『うふふ、結構しっかりして来たじゃない! そうさ、君はこれから今迄生きて来た世界とは全く違う価値観で生きる事を強いられるんだ。この悪魔君の言う通り全てが自己責任という世界だからね。甘い判断では僕が授けたそのチートな能力をもってしても危ないよ』


 分かっていますよ、俺はこの世界では非情になるんでしょう?


『ははは、それこそ分かっていないよ。非情な決断をするだけではないんだ。……情けは人の為ならず……時にはそういう配慮をする事で君達が生き残れる理由となるからね』


 ……難しいな。

 まだ頭が高校生の俺では理解不能だ。


『高校生ってだけじゃなくて、単に落ちこぼれだったしね、あはは』


 本当に……ムカツク!

 

『ははははは! 情けは人の為ならずって言うのはまさに君が悪魔王女様を助けている事に他ならない。お陰でそこに居る悪魔侯爵君でさえ、君に友情って奴を感じているじゃないか』


 アモンが俺に友情を!?

 まさか?

 俺は人間だし、彼の婚約者であるイザベラを寝取っているんですよ。


『そこが面白い所さ。まあ神と悪魔、そして人間の価値観はそれぞれ違うからね』


 むう……

 そんなもんかい。


『まあ、神の使徒の嫁が竜神族と悪魔、親友も悪魔ってのは傑作だよねぇ! 僕も君を見ていて飽きないよ、さすがに!』


 スパイラルは満足そうに言い放つ。


『ふふふ、これからも山あり谷ありの人生を用意しておいたから楽しんでね。ば~い』


 あ、待て!

 じゃあ、俺はまたお前の手の平で遊ばされるのか?


 しかしいつものようにスパイラルは自分が告げたい事を言うだけ言うとさっさと帰ってしまったのである。


「大丈夫?」「おい、トールったらぼうっとして……」


 え!?


 心配したジュリアとイザベラ、2人の声で俺は我に返った。


「迷宮……いや戦場における集中力の欠如は死に繋がる。反省すべきだ」


 すかさず耳に入る俺を(さと)すようなアモンの声。

 やはりスパイラルの声、念話は俺以外には全く聞こえていないようだ。


「ジュリア、イザベラ、大丈夫だ。そして済まない、アモン……反省するよ」


 俺が素直に謝るとジュリアとイザベラはホッとする。

 そして、いかつい顔のアモンの顔が僅かだが……(ほころ)んだ気がしたのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 アモンの命で部下の悪霊達が魔界に帰ったので俺達はかつて冒険者であったモノの傍らに行ってみた。

 悪霊達の食欲は旺盛と言ってよく、彼等は単に残骸と化して骨と装飾品を残しているのみである。


 因果応報……


 彼等がさっき見たような形で経験の少ない初心者に悪事を働いた報いを受けた事になる。

 ここまで来ると1番冷静なのがジュリアだ。

 『自分』と『イザベラ』を容赦なく乱暴した事も彼女を非情にしている大きな原因であろう。


「ええとこいつら、大した鎧はつけていないね。これは要らないと…… 後は結構な現金といくつかの魔法指輪(マジックリング)、そして魔力蓄積用の魔法水晶を持っているよ。もう2度と奴等が使う事は無いだろうから、ありがたく貰っておこう」


 前世の俺から見れば立派な窃盗だが、この世界では拾得物を届けるような習慣はない。

 悪霊が奴等を喰い殺した事もあって、犯罪確認用の魔法水晶も反応しないという。


「貰っちゃおう! 私も賛成だよ!」

「…………」


 イザベラは否応なく賛成し、アモンは肯定するように無言で頷いた。


 俺は「分かった」と返事をして死体からそれらを回収し始めたのであった。

ここまでお読み頂きありがとうございます!

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