第46話 「恐るべき現実」
コーンウォールの迷宮は旧ガルドルド魔法帝国の遺跡である大規模な街跡にて偶然に発見された。
この街はかつて創世神の神殿があった大きな街であり、神の様々な恩恵を受けていた守護されていた街だったと古文書には記されている。
巧妙に隠されていた迷宮への入り口の発見は倉庫を造ろうとした地元の農民が遺跡の壁に穴を開けたのがきっかけだったのだ。
放置され荒れ果てていた遺跡が国の管轄になり、キャンプが出来て発展して行ったのは迷宮のお蔭である。
肝心の迷宮自体の構造はシンプルであり複雑な罠や仕掛けも無い地下5階の仕様だ。
発見されてから5年以上が経過している為、昇降する階段の位置も特定され市販の地図に反映されているくらいである。
俺が冒険者ギルドで購入したのは今迄迷宮に入った冒険者達の情報を元に作り上げたそんな市販の地図なのだ。
迷宮の入り口にはキャンプ専属の衛兵が2人立っている。
これは様々な冒険者の迷宮への出入りの確認と中の魔物が這い出て来ないかという監視の為に置かれていた。
迷宮に潜る冒険者達の朝は早い。
日の出前から迷宮の入り口に行列を作るのだ。
今朝も例外では無く俺達は早起きして朝の6時には来たのに先客がもう50人以上も並んでいた。
「凄いね……皆、一攫千金を狙っているんだろうけど」
「トールが買った地図を見ると中の魔物を倒すだけじゃ全然元は取れないね」
俺の妻という立場同士、さらにいろいろな事があってジュリアとイザベラの絆はより深まっている。
これはとても喜ばしい事だ。
待つ事30分。
漸く俺達クランが迷宮に入る順番がやって来た。
「うん? お前等、この辺では見ない顔だな」
1人の衛兵が呟くと、もう1人の衛兵がすかさず手を横に振った。
「俺は先に並んでいる冒険者から聞いたぜ。怖ろしい顔をした大男に黒髪の痩せ男、そして銀髪の可愛い女の子と商人風の同じくらい可愛い女の子……ははは、お前等は賭けの対象になっているんだよ」
何だよ……賭けの対象って?
「お前等が生きて迷宮からちゃんと帰って来るかどうかがさ」
はぁ!?
娯楽が無いって聞いていたけど、成る程ね。
馬鹿者達が……人の生き死にを賭けのネタにするなっての。
でもそれって……まさか?
「そうさ。死ぬ方に賭けた奴から見ればお前等が死ぬと結構な金が手に入るからな。一応迷宮内で冒険者同士の争いはご法度になっているけど、どさくさに紛れて殺されないように気をつけな」
むう!
こりゃやばいかもしれないぞ。
迷宮に出没する人間や魔物ばかり気にしていたけど目の前のクランがいきなり襲って来るって事もあるんだ。
……これは絶対に気をつけないといけない。
「行くぞ……」
俺の背後からアモンが声を掛ける。
頷いた俺はゆっくりと迷宮の中に入って行った。
地図があるから迷宮の攻略なんか楽である。
普通はそう思うだろう。
しかし迷宮っていうのは俺が想像した以上に不便である。
まず明かりが殆ど無い。
地下1階の入り口から暫くは魔導ランプが灯されていたが、少し行くと殆ど闇である。
これは辛い。
閉所恐怖症の奴なら直ぐにパニック状態になるであろう。
携帯用の魔導ランプは用意したが、先程の話を聞いて使用を控えた。
明かりを目当てに攻撃されたら、こちらは防ぎきれないからだ。
幸い俺は夜目が利く。
五感も鋭くなるから敵の足音などは勿論、結構遠くの生き物の息遣いまで耳にも入って来るのだ。
そんなわけでこのクランでは俺が攻撃役をやるが索敵も担当、いわゆるロールプレイングゲームで言えばシーフ役もやるのである。
クランの並びはというと俺が先頭をきり、俺ほどではないが夜目が利くイザベラが番手、ジュリアが3番目、殿を護るのがアモンである。
普通のゲームの考え方であれば1番体力の無いジュリアが最後方なのであるが、後方からの奇襲の可能性を考えるとアモンに最後方に盾役として入って貰ったのだ。
とりあえず準備を済ますと、地図の各階の階段を目指して俺達は出発したのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
コーンウォール迷宮地下1階……
俺達は次の目標である地下2階への階段を目指して歩いている。
朝早くから並んでいたクランがかなり居て先行している筈だが、辺りに人の気配は少ししかないし、1番近い気配はまるで動かない。
しかし変だ。
冒険者のクランであれば階下に進もうとする筈が、その気配を発する者達は来る者を襲おうとするかのように暗闇に潜んでいるのである。
「トール?」
俺が歩みを止めたのを見て比較的夜目が利くイザベラが怪訝な顔をした。
敵らしい奴等が潜んでいる場所の少し手前に来て俺はクランの仲間を止めた。
クランの仲間達は一瞬で待ち伏せがある事を悟ったようである。
ジュリアが僅かに首を振って襲撃者ではない可能性は無いのか告げて来る。
「でもあたし達みたいに初心者のクランだから、経験を積む為にこの階で止まって敵を待っているって事はない?」
やはり戦い慣れていないジュリアには少し躊躇があるようだ。
それを聞いたアモンがぽつりと呟く。
「……試してみるか?」
「試す?」
「ああ、俺の部下共に試させよう」
アモンは低い声で何か言霊を唱えたかと思うと真っ暗な地の底からいきなり4つの淡い光をした人影が浮かび上がった。
そしてアモンが指をぱちっと鳴らすと何という事だろう。
4人はあっという間に俺達に瓜二つの姿になったのである。
その様子をイザベラは当り前のように眺めていたが、俺とジュリアは余りの事に声も出ない。
「これは俺の配下の悪霊達だ。幸いにして、この現世では実体が無く命じれば外見はどのような者にも変化出来る」
実体?
ああ、本体は魔界かどっかの別世界にあるって事か。
「これから奴等がどうなるかをよく見ろ。この迷宮、いや……この世界の現実が分かる」
アモンはこの4体の悪霊!? を俺達の囮にして戦いの現実って奴を俺とジュリアに見せようとしているらしい。
俺は既に相手の人数と潜んでいる場所を特定している。
奴等は俺が思い描いていた山賊みたいなならず者ではなく、一見普通の冒険者クランである。
人数は5人……
果たして……どうなるだろうか?
俺達に生き写しである囮達は普通に相手に近付いて行く。
その瞬間であった。
奇声をあげた5人の冒険者はいきなり囮の『アモン』の脳天にメイスを振り下ろした。
たまらず『アモン』が崩れ落ちると、それを見た囮の『俺』が叫ぶ。
「おいっ、待て! 俺達はクラン、バトルブローカーだ! お前等冒険者だろ!? 俺達は山賊や魔物じゃない!」
そんな声など無視して相手の1人は剣を一閃させ『俺』の首を一気に刎ねた。
残りの奴等は舌なめずりをしてジュリアとイザベラを押し倒す。
2人の女の悲鳴と奴等の笑い声が交錯した。
その様子を見て、俺は怒りの余り血が滲むほど拳を握り締めていたのであった。
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