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第45話 「覚悟」

 ジュリアが勢いで宣言したクラン『バトルブローカー』……

 嘘のような本当の話で、その名前が俺達の正式なクラン名になってしまった。

 

 正確には俺とジュリアとイザベラの3人でのクランだ。

 目立つクランメンバーなので、冒険者ギルドに正式登録すると周りの冒険者には早速知られる事になったのである。

 ちなみにアモンは冒険者ギルドに正式な登録をしていない為、あくまでも助っ人という形になった。


 冒険者ギルドを出てから、俺はアモンに宣言した通り、このコーンウォール遺跡のキャンプに軒を並べている店を覗いてみる。

 迷宮に来る冒険者の為に発展しただけあって、武器防具に始まり、魔道具、魔法薬など迷宮探索に必要な店は全て揃っていた。


 俺の見立てではジュリアに何か回復系の魔道具を持たせればクランバトルブローカーのバランスは格段に良くなると思っている。


 このキャンプの店舗は皆、方形住居と円形住居と言う簡素なものだ。

 その中規模な方形住居にアンソニー魔道具店という看板が出ていたので、俺達は何か良い出物があればと入ってみたのである。


「ああ、いらっしゃい。アンソニー魔道具店にようこそ」


 カウンターの奥に居た店主のアンソニーは30代前半の優男だ。

 背は170cmくらいだろうか。

 顔色が異常に白く、不健康なくらい痩せている。


「この()は魔法使いではないんだが……そんな女の子でも使えるような回復系の魔道具はあるかな?」


「回復系? じゃあこの魔法杖(マジックワンド)はどうかな?」


 店主のアンソニーが提示したのは小ぶりな1本の杖であった。

 何かの金属で作られた細めの杖だが、先端に何か透明な宝石が装着されている。

 

「そのワンドの効能効果、使い方、そして最後に値段を教えてくれないか?」


 アンソニーが示した商品を見て、何となく予想はつくが俺は改めて説明を求めた。


「効能効果は回復の小規模魔法である治療(キュア)を10回使える。魔法杖自体はミスリル製の単なる魔法杖なんだが先端に埋め込む魔法水晶を付け替えればいろいろな魔法杖になるんだ。現在(いま)は、回復用の魔法水晶が付いているって事」


 おおっ!

 ミスリルか!

 オリハルコンに続き、中二病御用達金属が来た~っ!


 俺は自分でも笑顔が溢れるのが分かる。


「成る程! ミスリル製の万能魔法杖って事だな。で、使用方法は?」


 勢い込んで聞く俺にアンソニーは少し引き気味だ。


「あ、ああ。あんたのリクエスト通り、これは魔法使いじゃなくても使える優れものなんだ。使い方は簡単。発動対象に向けて魔力を僅かに込めるだけさ。常人の魔力量で充分に発動出来るからね」


 店主アンソニーの言う通り魔法使いじゃない人間にも魔力があるというのが、この世界の常識だ。

 魔力は人間の気力を支える燃料といったら分り易いだろうか。


「これは買いだ! 魔法使いじゃない者でも使える杖なんて滅多に無いよ!」


 アンソニーは俺に売ろうとしている魔法杖は魔法使いではない者でも使用出来る便利で稀少な魔道具だと強調する。

 

「それは良い! じゃあ最後に値段を教えてくれ」


「それなりの価格さ。何たってあらゆる金属の中では魔法伝導が1番良くて高価なミスリルで出来ているんだからさ」


 アンソニーは商品が安くは無い事を匂わせた。


「ずばり幾らなんだ?」


「金貨100枚だな、ずばり100万アウルム! 付け替え用の魔法水晶は杖を買ってくれたらサービスして1つ10万アウルムで譲るよ」


 俺とアンソニーの会話をじっと聞いていたジュリア。

 ここで彼女の本領が発揮される。


「お兄さん、ちょっと良い? この魔法杖(マジックワンド)と別に魔法水晶を10個買うわ。だから130万アウルムにしてくれる」


「ええっ、それって……200万アウルムを130万アウルムって事かい? それじゃあ安過ぎる。到底売れないな」


 さすがに渋い顔をするアンソニーに対してジュリアは逆に割引料金を提示して欲しいと切り返す。


「そっちの最低料金は幾ら?」


「う~ん、せいぜい180万アウルムかな。さっきも言ったけど、この魔法杖は中々出ない稀少品(レアもの)なんだぜ」


「ふ~ん。稀少品レアものって、どうだか……まあ良いわ。その値段じゃあ、とりあえず保留ね。トール、別の店に行きましょうよ!」


「おいおい、待ってくれ!」


 ここで店の外に出ようとするのは取引におけるジュリアの駆け引きである。

 相手の反応次第でどう動くか判断するのだ。

 引き止めた今回はアンソニーが提示額を安くしても売っても良い意思表示を示したという事である。


「ううっ、じゃあ魔法杖と魔法水晶10個合わせて150万アウルム! こ、これでどうだい?」


 値引きをしたアンソニーをちらっと見たジュリアだが、再度俺達へ店を出るように促した。


「トール! みんな! 他の店に出物があるかもしれないし、行きましょう!」


「うおお! ま、待ってくれ! じゃあ、お姉ちゃん。あんたが言う通り130万アウルムで良いよ」


 とうとう『アンソニー城』が陥落した。

 ジュリアの粘り勝ちである。

 しかしジュリアは攻撃の手を緩めず、彼に止めを刺したのだ。


「ふふふ、OK! じゃあ、ついでにまっさらな魔法水晶も3つくらい追加でサービスしといてね」


「はぁ!? なってこったい!」


 アンソニーは頭を抱えて絶句した。

 ここでジュリアは口調を変えて『口撃』する。


「その代わり5万アウルム積んであげるからぁ。135万払ってあげるよ」


 呆れたという目でジュリアを見るアンソニーは両手を上に挙げた。

 降参したというポーズであろう。 


「あはは……負けたよ、お姉ちゃんは俺なんかよりずっと上手の商人だ。じゃあ魔法杖と魔法が込められた魔法水晶10個、そしてまっさらの魔法水晶3つ、135万アウルムで売ろう」


 ジュリアの絶妙な駆け引きの結果、ミスリル製の万能魔法杖(回復魔法水晶付き)、回復魔法水晶6個、解毒魔法水晶2個、麻痺回復魔法水晶1個、魔法水晶3個を手に入れることが出来たのである。


 ちなみに後から他の店も回ってみたが、魔法杖は大体130万アウルム、魔法水晶は15万アウルムといった相場であった。

 ジュリアの見立てでは品質は変わらないという。


「稀少品っていうのは真っ赤な嘘だけどあの魔法杖と魔法水晶の価格は相場よりだいぶ安いと感じたんだ。これは買い……だと思ったね」


 成る程!

 今回のやりとりはジュリアの持つ商品知識と相場感、そして度胸と駆け引きの妙がないと出来ない芸当だ。


 そんなジュリアに対してイザベラは尊敬の眼差しを持って見詰めている。

 自分の知らない世界で身内が鮮やかな手際を見せたせいであろう。

 ましてや自分はこれから商人になろうというのだから……

 

 俺はその後、乾し肉と野菜や果実などの食料品と水、そして大量の薬草を追加で買い込み、見えないように収納の腕輪に入れた。

 ジェトレで充分に買い込んではいたが、これらのものはいくらあっても邪魔ではない。

 腕輪の中で食べ物や水は腐らないし、回復系の魔法が使えない俺達のクランでは魔法杖に加えて回復系の薬草は必須であるからだ。


 買い物が済んでから、俺達は冒険者用の宿屋に入り迷宮での対策と作戦を練る。

 戦いに関して真っ先に口を開いたのはやはりアモンである。


「お前は未だ同胞を殺した事がないようだが……お前のみならず家族に害を為すものを容赦なく倒すことが出来るか?」


 彼がそう言うのには理由(わけ)があった。

 コーンウォールの迷宮は地下5階からなる迷宮だが地下1階と2階にはゴブリンの他に山賊バンディットと呼ばれるならず者と初心者殺し(ルーキーキラー)と呼ばれる冒険者目当ての不心得者が存在するのだ。


 彼等はこちらにつけ込み女は容赦なく乱暴し、男も虫けらのように殺すのだ。

 そんな局面になった時に俺は……


 その時気付いた。

 俺をじっと見守る2人の女を……

 もし彼女達がそうなったら……俺は取り返しのつかない後悔に襲われるだろう。

 俺はやはり前世とは価値観を変えねばならないのだ。


「俺は……やるよ」


「そうか……なら大丈夫だ。腹さえくくればお前は俺など全く問題にしないくらい良い戦士になるだろう」


 アモンの鳶色の瞳が射抜くように俺を見詰めていた。

 そのやりとりの後、俺は迷宮の地図に出ている魔物の対策をアモンに教えて貰い、クランの作戦を立てたのである。


 ……いよいよ明日は迷宮に潜る。


 俺は最初に感じた中二病の高揚感に加えて厳しい覚悟を持って迷宮に挑む。

 そんな俺の思いを感じているのだろうか。

 

 腰の魔剣はいつもより禍々しく漆黒の刀身を光らせていたのであった。

ここまでお読み頂きありがとうございます!

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