第40話 「役割分担」
今、俺達は絆亭で夕飯を食べている。
遅い時間のせいもあって他に客は居ない。
結局、居酒屋ロクファースに寄り、店名通り話し込んでしまったせいで、俺達が絆亭に戻ったのはだいぶ遅くなった。
帰還の約束をした午後10時を20分程度過ぎてしまったのである。
しかし20分オーバー程度で助かった。
絆亭のこのシステムは商人の安全の為というありがたい物であるが、ドーラさんから衛兵隊に通報されて大事になるという事態は何とか避けられた。
逆に俺が居酒屋の主人を投げ飛ばした事がバレたら不味いし……
傍らでは何故かアモンも一緒に飯を食べている。
彼は最初、俺達とイザベラの関係をてっきり主従関係だと思っていたらしい。
当然主人がイザベラで俺達が下僕だ。
ただ、俺に甘えるイザベラを目の当たりにし、自分に圧勝した俺の強さを体感した事で漸く俺とイザベラの関係を受け入れる事が出来たようだ。
でも絆亭は商人専用の宿なのに何故、戦士のアモンが宿泊出来るのか?
実は彼の今の立場は、商人の俺に雇われている従士という事にしたからだ。
誇り高い彼にとっては人間の従士になるのは屈辱以外の何ものでも無いだろうが、実際に俺に負けているから仕方が無いし、そうしないとこの宿に一緒に泊まれない。
そこまでしなくても、アモン。
あんたは自分の宿に戻れば良いだろうに……
俺は一応そのように伝えたが、アモンは頑として一緒の宿に泊まると言って聞かなかったのだ。
ただ、さすがに全員が一緒の部屋というのは勘弁して貰う。
俺達3人は夫婦になったからだ。
昼間の事もあってジュリアが俺にくっついて離れなかったのと、イザベラも俺の手を握って放さないのはご愛嬌である。
前置きがすっかり長くなってしまったが、居酒屋ロクファースで俺が出した結論は4人でコーンウォールの迷宮を探索するというものであった。
当然、目的はオリハルコンの手掛かりを求めてだ。
手元にある魔法鍵の謎を解けば道は開ける……
俺にはそのような確信が生まれていたのだ。
迷宮での俺は実戦不足が玉に瑕だが、何とかなるのではと楽観的だ。
何せ、冒険者ギルドの上位ランクのおっさんを子供扱いし、悪魔族でも上級のアモンにも圧勝したのだ……アモンのは腕相撲だけど。
そのアモン……
スペック確認を本人へすると、驚く程に頑丈な肉体を誇り、背負った大剣を軽々と扱う凄まじい膂力と、口からは猛炎を吐くと言う。
アモンという名も含めて資料本に記載されていた俺の知っている上級悪魔にそっくりだ。
イザベラ曰く、実戦経験も豊富で悪魔王国での二つ名は「戦鬼アモン」
実に怖そうなお名前である。
そして最初は迷宮行きを危惧していたイザベラだが、アモンが太鼓判を押した。
彼が言うには武技は勿論の事、悪魔族では有数の才能を持つ魔法使いだと聞いて安心する。
何せ王女様だから実戦経験がどこまであるか分からないが、よくよく考えたら魔族でも最上位の悪魔族、それも王族が雑魚のゴブ如きに負けるなどとは常識的に考えられない。
イザベラ本人に聞いても一応どこに行っても恥ずかしくないくらい戦闘の訓練は積んだという。
その上、イザベラが装備している武器と防具は業物らしいショートソードと頑丈そうな革鎧であり、迷宮探索への準備も万全なのだ。
そんなわけで俺が唯一不安視したのはジュリアである。
装備は幸いモーリスさんの店で揃えていたのは良かったが、危険を避けるというやり方で生きて来た為、彼女には実戦経験が殆ど無い。
現状ではとても戦いに長けているとは思えない。
かと言って……このまま残すわけにもいかないよなぁ……
「あたし、絶対一緒に迷宮に行くから! トールに置いて行かれて1人きりは嫌だ!」
恐る恐る聞いた所、ジュリアは俺の留守番要請をきっぱりと断った。
ジェトレ村に向う道中の襲撃を冷静に回避した人物とは同じと思えないくらい頑固に迷宮への同行を主張したのである。
こうまで言われちゃ仕方が無い。
ジュリアは俺が守るしかないのだ。
こうなると『戦鬼』と呼ばれるアモンの同行は渡りに船であり、大幅な戦力アップである。
だが問題は彼のモチベーションだ。
普通なら『婚約者寝取られ』だものなぁ……
なので俺は一応、アモンに謝った。
しかし人間と悪魔の価値観は全く違うらしい。
彼等の中では勝者こそが絶対的な王者であり、負けた方は奴隷扱いされても文句は一切言えないのだそうだ。
イザベラの時もそうであったが、俺は勝ったからといって相手をそんなに貶める事など出来ない。
そんな俺の態度がアモンにはとても不思議に映ったようだ。
「何故謝る! 真に強い者が名誉も美しい女も得る。至極当然の事だ」
「いや……結果的にあんたの婚約者を奪った事になるじゃあないか」
「俺は負けた。お前と全力で戦い、完膚なきまでに叩きのめされた。イザベラ様もお前に惚れているようだし、俺は納得している」
完膚なきまでにって……お前とは普通に腕相撲しただけなんだけど……
やはり……悪魔って不思議な奴等だ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
夕飯を食い終わったら俺達の部屋で明日の迷宮攻略の作戦立案である。
ここでは俺の中二病的な知識が役に立った。
すなわち各自の能力別により役割分担である。
「冒険者のクランの役割は大まかに分けると攻撃役、盾役、強化役、回復役の4種類になるよな」
「へぇ、トールったら今日冒険者ギルドの初心者講習受けたばかりなのに凄いね」
「冒険者ギルドの初心者講習? 何だと……トール、お前の強さを見たら、それははっきり言って詐欺ではないか」
ジュリアが俺の事を褒めるが、アモンは憮然とした様子で口を開く。
おいおい詐欺って何!?
さすがに凶悪な悪魔から『詐欺師』って言われたくないな。
俺は場の雰囲気を変える為にひとつ咳払いをして話を戻した。
「皆、能力を自己申請して欲しい。基本能力だけで良いが、能力別に役割分担してクランを組むんだ」
「クランか! どきどきして来たぞ」
イザベラがうっとりと目を閉じている。
この娘……やっぱりアモンが言う通り、姉さんの為だけではなく、王女という立場の縛られた生活から少しでも逃れたかったんだろう。
だから冒険者ギルドの講習を受けて、冒険者になるつもりだったに違いない。
「一応、攻撃役、盾役、強化役、回復役の説明をしておく、良いか?」
攻撃役:文字通り攻撃役。但し物理攻撃と魔法攻撃それぞれを得意とする者に分れる。
盾役:壁役とも呼ばれるクランの守備役。敵の攻撃を一身に受けるのが基本。厳しい攻撃を受ける事を喜びとする変態もたまに居るという。
強化役:クランの仲間を強化したり、敵を弱体化させたりするのが基本。盾役ほどではないが、同じ事ばかりやらされて欲求不満になり戦いたがる人が多い。
回復役:クランの仲間の傷を癒したり、体力を回復させたりするのがお仕事。やはり癒し系は良い!
俺が4種類の役割を説明するといち早く手を挙げたのがイザベラである。
「はいっ、トール! 私は絶対アタッカーが良い! それも魔法系で……ふふふ、得意の魔法でゴブリンをじわじわと焼き殺して行くのが堪らないわね」
じわじわと焼き殺すって……
ははは……まあ……良いけど。
とりあえずはっきりと分った、イザベラ、こいつはドSだ。
「イザベラ。お前、支援系の魔法は使えないの?」
攻撃魔法で戦うのが好きだと嬉しそうに言うイザベラに俺は改めて問い質す。
「え、ええ? 一応使えるけど……何?」
遠慮がちに答えるイザベラに俺はずばんと直球を投げ込んだ。
「決めた! お前は強化役……これ、決定!」
「えええっ! 酷いわ! 『夫』の横暴に断固抗議します」
そう言いながら悪戯っぽく笑うイザベラに俺はホッとしていたのであった。
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