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第39話 「仲直り」

 俺は泣きじゃくりながら飛び込んで来たジュリアをがっちりと受け止めて優しく背中を(さす)ってやる。


「御免なさい! あたし、トールがあんなに怒るなんて思わなかったんだよぉ! 絶対勝つと信じていたんだよぉ! うわあああ! あたしを捨てるなんて言わないでぇ!」


 捨てる!?

 俺、捨てるなんてひと言も言っていないぞ。

 かあっとなったせいか、確かに、勝手にどこへでも行けとかは言ったが……

 そうか……ジュリアにとっては全く同じ事なんだな。


「悪かったな、俺も言い過ぎたよ。だけどさっき決めたよな? 俺はお前の旦那で、お前は俺の嫁だと……駄目だぞ、もうあんな馬鹿な賭けに乗っちゃ!」


「分かった! もうしないよ、もう馬鹿な事なんかしないから! ゆ、許してくれる? トール」


「分かれば良いさ、お前は大事な俺の嫁なんだから! さあイザベラと3人で一緒に絆亭へ戻ろう」


 俺はまたジュリアをきゅっと抱き締め、耳元でそっと囁いた。

 傍らではイザベラも嬉しそうに微笑んでいる。


 周囲の男達は相変わらず静かなままだ。

 それにさっきこの店の主人を店内に放り込んだままだが、衛兵が来る様子も無い。


 その理由は直ぐに分かった。

 主人にそっくりな顔をした老齢の男がうんざりしたようなしかめ面をして店頭に出て来たからである。


「ジュリアちゃん、ウチの息子が、またあんたを口説いたのかね?」


「ええ、バリーさん。あたしにはもう旦那が居るって言ったら……思い切り罵倒して冒涜(ぼうとく)していたわ。でも(あお)ったあたしも悪かったのよ」


 ジュリアは俯いて元気なく呟いた。

 俺はそのバリーと呼ばれた男とジュリアの間に割り込む。


「俺がこの子の旦那、トールだ……テーブルの修理代は払ってやるが、あいつの治療費も一緒に払えと言うのか?」


「いいや……面白い勝負で店に客をこんなに呼んでくれたし、儲けも出たから金なんざテーブル代共々一切要らんよ。それに息子があんたに言った罵詈雑言は聞いておった。あれなら(わし)でもぶち切れる……本当に悪かったな」


 バリー老人はそう言うと深々と頭を下げた。


 この爺さん……何だか良い人過ぎるじゃあないか。

 このような立派な父親に何故あんな馬鹿息子が出来たんだ?


 俺の表情を直ぐ読んだらしいバリーは顔を(しか)めた。


「ははは、トール。あいつは儂の亡くした妻、すなわち母親の面影があってな。それで儂もつい甘く育ててしまった。奴はずっと仕事もしないで今迄放蕩三昧していたのが、やっとこの店を継ぐと言って手伝い始めてくれたんだ。それでもっとやる気を出させる為に店長を任せたんだが……全くの間違いだったようだ」


 バリーはそう言うと「失敗した」と呟いて苦笑し頭を掻く。


「そうか……」


「はは、息子の怪我の様子を見たが2週間くらいは寝たきりだろう、奴にはいい薬になったに違いあるまいて」


 良い薬になった、か……

 叩きのめした相手の父親から、そう言われた俺はすっかり気持ちが軽くなっていた。


「分った、確かにこちらにもやり過ぎたところはある。いずれ奴の治療費が出るくらいは飲み食いさせて貰おう」


「いずれ、と言わず……今はどうだ? 息子の罵詈雑言と共に面白い話が聞こえての。 儂は元冒険者だが、あんた達が探しているオリハルコンの事を少しくらいなら教えてあげられる。どうだ? 聞いて行くか?」


 な、何と!

 瓢箪(ひょうたん)から駒とはまさにこの事である。

 俺達は切れかけた糸をまた(つな)ぎ止める事が出来たのだ。


「分った! ぜひ話を聞かせてくれ、ジュリア、イザベラ店に入るぞ」


「「はいっ!」」


 今度はジュリアも元気一杯だ。

 俺の嫁である2人の嬉しそうな声が重なる。

 そして俺達が喜び勇んで居酒屋に入ろうとした瞬間。


「待て……俺をこのままにするのか?」


 背後から声を掛けて来たのは先程、俺に腕相撲勝負で完敗したアモンであったのだ。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 俺達は今『居酒屋お喋りビストロロクファース』奥の個室でバリー老人から話を聞いていた。


 何とこちらのメンバーの中にはあのアモンも混ざっている。


 俺に真剣勝負の腕相撲で完敗したのだから、このままでは魔界(くに)に帰れないというのが彼の言い分であった。

 帰国するには何か『土産』が無いと駄目で、それにはあのオリハルコンが最適だと言う。

 イザベラの姉の為に俺達に助力して、オリハルコンを持ち帰れば確かに彼の最低限の面目は立つだろう。


「トール、お前は確かに強い。お前に勝てない俺はイザベラ様の許婚いいなずけである資格が無いのだ。しかも人間如きに負けた俺を、悪魔王アルフレードル様は絶対お許しにはならないだろう」


 人間如きか……

 まあ俺は正確にいえばまともな人間じゃあないものな。


「というわけで頼む。悪魔侯爵と言われて良い気になっていた俺だが完全に目が覚めた。まだまだ修行せねばならん……」


 イザベラはうんざりした顔付きであったが、頭を下げ、礼を尽くして頼み込むアモンを俺は拒否しなかった。

 例の『邪神』様の許可を取ってはいないが乗りかかった船だし、もはや俺は彼の婚約者であるイザベラの旦那になってしまっている。

 

 毒を喰らわば皿までだ。


 閑話休題……


 バリー老人の話は続いている。


「という事でオリハルコンは旧ガルドルド魔法帝国では熟練の錬金術師達によって普通に作られていたらしい……ただ製造方法(レシピ)は秘中の秘で厳重に管理されていたそうだ」


 これは良い情報だ。

 オリハルコンは錬金術で作り出すものだったのだ。

 俺はすかさず皆を見回して言う。


製造方法(レシピ)があればオリハルコンは作れるのか。となると鍵はこの村の近くにある旧ガルドルド魔法帝国の遺跡の中にあるコーンウォールの迷宮だな。他のガルドルドの遺跡を探すには時間が無さ過ぎるし、コーンウォール迷宮では実際にオリハルコンの金属塊(インゴッド)が見付かっているからな」


 そのような俺の言葉に対して「これも忘れないように」とバリーは念を押す。


「後、絶対に必要なのは賢者の石だ。あれがオリハルコンを作る際の触媒になるからの」


 そうか!

 俺の内なる声が『賢者の石』を売るなとアドバイスしたのはこれが理由か!?

 そしてあの『謎の鍵』……


 ここでもし『賢者の石』や『謎の鍵』が手元に無ければ俺達の絶望感はもっと深かったに違いない。

 俺は少しホッとしてバリーを見る。

 バリーはそんな俺を戒めるのを忘れなかった。


「トールよ、安心しちゃいけない。コーンウォールの迷宮は今や冒険者の成れの果ての無頼の人間達や怖ろしい怪物共の巣窟だ。お前とこの戦士の男は良いとしても、ジュリアちゃんやこの娘を連れて行くのは勧められないぞ」


 ううむ……

 迷宮ってそうだよな……

 薄暗く瘴気に満ちていて凶悪な魔物が(うごめ)いている。

 魔物達は迷い込んだ獲物を虎視眈々と狙い、その奥には隠された秘宝が眠っている。

 それがお約束だ。


 秘宝を得るためには危険が伴う……

 その危険にジュリアやイザベラをさらしても構わないのかとバリーは問うのである。


 俺は腕組みをして目を閉じるとじっと考え込んだのであった。

お読みいただきありがとうございます!

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