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第36話 「怒る戦士」

 ジェトレ村オークションの最後の出品商品オリハルコンの入札開始の金額は500万アウルムだ。

 日本円で約500万円という結構な金額である。

 だが、俺達の全ての所持金はさっきの指輪などの売却金を含めて約2千万アウルム余りもある。

 税金や手数料を考えても1,800万アウルムくらいは投下出来る計算だ。


 入札開始の金額の約4倍の金を持っていれば幾ら何でも大丈夫。

 オリハルコンは手に入るであろう……

 俺はてっきりそう考えていた。

 

 しかしである。

 現実は厳しく、俺の見通しは全く甘かった。

 オリハルコンの入札金額の高騰は俺達の予想を遥かに上回ったものになったのである。


「500万!」「600万!」「800万」


 開始金額があっという間に跳ね上がる。

 慌てたイザベラが入札に参加した。


「900万!」


 900万アウルム―――これは今のイザベラが所持するほぼ全財産である。

 しかし彼女が発した「900万」の入札額はあっさりと超えられてしまう。


「1,000万」「1,200万」「1,300万」


 うわぁ、やばいぞ。

 この勢いは……

 俺達の全財産でまかなえるか、どうか……


「1,500万!」


 気合を入れて大声を発したのはジュリアである。

 自分の所持金を足してオリハルコンを落札しようという姿勢の表れだ。

 イザベラが本当にありがたいという顔をして思わず彼女を見た。

 しかしジュリアの大声での入札もこの勢いを止める事は出来なかった。


「1,600万!」「1,700万!」


 よぉ~し!

 ここは俺が!


「1,800万!」


 どうだ、これで!

 税金や手数料等を考えたら俺達が支払える全財産である渾身の1,800万円だぁ!


 しかし俺の大声は無情にもあっと言う間に消されてしまう。


「2,000万!」「2,500万!」

 

 あああ、だ、駄目だぁ!

 あっさりと超えられた!

 今の俺達にはもう手が……出ない!

 悔しいな!


「3,000万!」


 ここでひと際大きな声で入札を告げる声がした。

 低いがとても良く通る男の声である。

 

 それを聞いたイザベラがハッとして、男の声がした方角を見た。

 イザベラの視線の先には険しい顔をした1人の逞しい戦士が座っている。

 一見して年齢は30歳くらいの男だが、眼光が異常に鋭く、その顔はまるで獲物を狙う猛禽類のように厳しく獰猛だ。


 ふうん……イザベラの知り合い……かな。


 しかしその男の入札も凌ぐ勢いで周囲から声が掛かった。


「3,500万!」「4,000万!」


 それを聞いた(くだん)の戦士はいらついたように言葉を発する。


「5,000万!」


 しかし勢いは止まらない。


「6,000万!」「8,000万!」「9,000万!」


 自分の入札額を軽く上回る金額を聞いた戦士は悔しそうに歯噛みするが、それ以上の金額を発する気配は無い。

 どうやら彼の予算も5,000万アウルムが限度だったようだ。


 ……結局、今日の出品物の目玉であるオリハルコンの塊は1億2,000万アウルム。

 俺の前世の金額で換算すれば、何と約1億2千万円もの超高値で落札されたのであった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 今夜午後6時から行われたジェトレ村のオークションは終わった……


 商人として利益を出すという意味であれば、初オークションは大成功したが、俺達の表情は全く冴えなかった。

 俺とジュリアは1,150万アウルムもの商品の売却に成功して、手数料を引かれても1千万アウルム弱の利益が残ったのに……だ。


「これから……どうしよう」


 気まずい沈黙を破るかのようにイザベラが呟いた。

 イザベラの故郷の国でも散々探したオリハルコンだ。

 それが目の前に確かにあったのに……


「くうう、いっそ!」


 最終的にとんでもない高額な料金でオリハルコンを落札したのはドヴェルグ(ドワーフ)の職人達3人組であった。

 多分どこかの大得意に頼まれたか、自分達で『伝説の武器』でも作ろうとしているのであろう。

 それを思い起こしてイザベラは物騒な事を考えている様子だ。

 俺はすかさず止めに入る。


「おいおい、襲って奪うとかってのは無しだぞ」


「じゃあどうすれば! どうすれば良いんだよ!」


 イザベラは半分泣き声になっている。

 そんなイザベラを見てジュリアが励ますように言う。


「ここに居てもしょうがない。とりあえず絆亭に戻って考えよう。稼いだ金を持ってさ……」


 俺達はこうして宿に戻るべく商業ギルドを出たのであった。


 午後9時30分……まだ宵の口だけあってジェトレ村の中央広場は酔客などで結構な賑わいである。

 本来なら俺達もどこかの居酒屋で勝利の祝杯でもあげている筈だったのにすっかり予定が狂ってしまった。


 俺達は中央広場を横切ってゆっくりと絆亭への道を辿っている。

 すると俺達の後ろをつけてくる1人の男が居た。

 そう……オークションの会場に居た猛禽類のような厳しい顔をした男の戦士だ。


 尾行は俺だけではなくジュリアもイザベラも気付いていたようで、2人とも俺に目配せしてくる。 


「イザベラ……彼の事を知っているんだろう?」


 俺の問いにイザベラは無言で頷いた。

 オークション会場で彼女が見せた反応はやはり知己に対するものであったのだ。


「イザベラ……あいつ……真っ当に話せる相手かい?」


 ジュリアが眉間に皺を寄せて問い質す。


「ああ……怒らせなければ……多分」


 怒らせなければって……あいつ最初から怒っているような顔をしてるじゃないか?


 俺がついそう言うとイザベラが思い出し笑いをしたようで、ぷっと吹き出した。


 ああ、落ち込んでいたイザベラがやっと笑ってくれた!

 ようし!

 オリハルコン……手に入れる為に何とか別の方法を見つけてやらないとな。


 イザベラが笑うのを見てジュリアもホッとしたようだ。

 後を見ると俺達が立ち止まったのを見て戦士の男も立ち止まっているようだ。


 俺が仕方なく彼の方を向いて「尾行がばれている」とばかりに手招きすると早速肩を怒らせてやって来る。


「ほら……やっぱり最初から怒っているよ」


 思わず呟いた俺の台詞を聞いてジュリアとイザベラはもう1回面白そうに笑ったのであった。

ここまでお読みいただきありがとうございます!

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