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第3話 「異世界に送られて」

 俺は今、異世界の街道を歩いていた。

 街道と言っても俺の居た世界の道路とは全く違う。

 舗装などはされていない、踏み固められた石ころだらけの道である。

 乾燥し切ったでこぼこな道を歩いて行くと、俺の革靴が埃を舞い上がらせて視界が一瞬悪くなるほどだ。


 あれから少年神スパイラルは、すぐに俺をこの異世界へ送り込んでしまった。

 俺は心構えもしておらず、準備も予備知識も殆ど無しに、これからの人生を前世と全く違うこの世界で生きて行かなければならないのである。


 だが、今居るのは俺が送られる事を一番怖れていた近未来の地獄のような世界ではない。

 そんな所へ送られて、某劇画の拳法の達人のような世紀末救世主になれといっても御免だし、俺がなれる筈もなかった。

 

 幸い周りは荒廃した都市などではなく、広大な緑色の草原が広がっている。

 俺は草原を真っ直ぐに貫く街道をゆっくりと歩いていたのだ。

 

 まあ何というか牧歌的な雰囲気でのんびりしている世界ではある。

 俺自身俺が住んでいた場所は日本の片隅の辺鄙な地方都市とはいえ、開発がある程度は進んでいるので、とてもこんなおおらかな雰囲気はない。


 周囲は地平線が分からない程に何も無い大草原ではあったが、街道が踏み固められているのは普段良く使われている証拠だと思われる。

 なので、当面行く当ても無い俺はとりあえず歩く事にした。

 まずはどこか、人の住んでいる街か村などの集落を目指すのだ。


 俺は時計らしきものを所持していないし周囲にも無いので正確な時間は分からないが、太陽を見ると今は朝の8時くらいであろうか。

 あくまで地球と同じ周り方をすればの話ではあるが……

 更に幸運だったのは夜にこの世界へ送り込まれなかった事だ。

 夜より昼の方が安全なのは何処の世界でもほぼ同じであるからだ……多分。


 スパイラルによると、凶暴な魔物が居るという世界なのに俺は何も身を守るすべを持っていない。

 凄そうな魔法剣だけは貰ったが、前世で剣道もやった事のない俺には全く心もとないのである。

 俺はあの時見せられた兜を目深に被り、とても丈夫だという革鎧をまとい、脛当てと革靴を履いていた。

 そして左腕にはあの収納の腕輪が装着済みだ。

 送り込まれて目が覚めたら、既にこれらの装備をもう身に着けていたのである。


 そして腰には鞘に入ったあのスクラマサクス風の魔法剣が提げられていた。

 これは先行き心細い中、唯一の命綱なので絶対に手放すわけには行かない。

 後はスパイラルがくれた当座の旅費であろうか、確かめると懐には財布があり中にはひと際輝く金貨が20枚と大小の銀貨や銅貨が数十枚入っていた。


 俺は歩く、ただひたすら歩く。

 しかしここは余り人が通らない街道のようだ。

 まったく行き交う人が居ないのである。

 余りにも人が居ないので、何か人為的なものを感じなくもないが……

 

 数キロも歩いたところで気付いたが、俺はこの世界の神であるスパイラルに貰った自分の身体の素晴らしさに驚嘆していた。

 身体がとても軽いし、いくら歩いても殆ど疲れないのだ。

 

 視覚、嗅覚、聴覚が異常といっていい程鋭くなっているのが分かる。

 遠くまではっきりと見渡せるし、草の香が強く鼻をつき、ざわめく風の音が耳に入って来るのだ。

 この分なら多分夜目もバッチリ利きそうである。

 

 しかし……暫し歩いて俺は喉の渇きを感じていた。

 さすがに頑健とはいっても完全無欠ではないらしい。

 喉が渇き、腹が減る事にはなりそうだ。


「喉が渇いたな……」


 俺が思わず呟いた時である。

 何と指先からいきなり水が噴き出したのだ。

 吃驚したが、思わず指を口に差し込む。

 ほど良く冷えた水が喉を潤して行く。


「スパイラルが授けてくれた内緒の魔法って派手で恰好良いものじゃなくて、こんな生活魔法だけかな……でも助かる」


 このような場合は素直にスパイラルの加護に対して感謝した方が良い。

 何せこの世界では他に頼る者も居ないし、彼は人間の信仰心が大きいと力を得ると言っていたから。

 俺は彼の加護に素直に礼を言い、丁寧にお辞儀をして熱心に祈ったのであった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 それから暫し歩くと街道の両側は広大な草原から、高い木々で構成された深い森に囲まれるような風景に変わる。

 解放感があった今迄から比べると大変な圧迫感だ。

 しかもその森の奥からただならぬ気配を俺は感じていた。


 これは……魔物!?


 街道の先に何か荷物が散らばっている。

 俺が近寄って調べると背負子(しょいこ)のようなものが放り出してあり、持ち主はその場には居なかった。

 更に地面を見ると小さな人の足跡のようなものと人の靴の跡が入り乱れており、背負子の持ち主が何者かに襲われたに違いない。


 ここで俺が取るべき道はふたつ……

 すなわちこのまま見捨てて逃げるか、様子を見に行ってから助けるかどうかを選ぶのだ。

 最初から助けると決め込んで行動する事は現状での俺の選択肢には無い。

 他人を助けるどころか、自分を守りきるバックボーンさえ、まだはっきりしないからだ。


 しかし!


 俺には何かひらめくものがあった。

 勘と言うよりは確信に近いものである。

 それは今後俺を助けて行く事になる能力だという事を。


 その瞬間であった

 

 森の奥で若い女の悲鳴が聞こえる。

 俺は走った。

 声のする方角に急いで走った。


 走った先にあった物。

 それは高さ15m程の比較的大きな木である。

 体長1m程度の小柄な魔物達がその大きな木を取り囲んで騒いでいた。

 俺が木の上を見上げると、ひとりの少女が泣きそうな顔をして梢にしがみついているのが見えた。

 

 魔物は1、2………計5匹も居やがる。

 勝てるのかな? あんなのに?


 俺の額に思わず冷や汗が流れた……

 同時に頭の中に俺を呼ぶ声がする。


 ふふふ、勝てるさ!

 あんなのだから!


 何者かが俺の声に答える。

 独特の口調の為に俺には声の主が当然分かっていた。

 ここまで来て少女を見捨てるわけにはいかないし、とりあえず戦うしか……ないか。


「こらああっ!」


 俺の大声に魔物達が一斉に振り向いた。

 予想通り醜悪な面構えである。

 前世の俺が読み耽ふけった資料本のイラストにそっくりだ。

 中二病的知識で言えばこの条件に該当する魔物は……ゴブリンである。

  でも1mもあるゴブリンって、ちょっとでかくないか?  


 一応……こいつらは雑魚の筈……なんだが……

 良く見ると凄く恐ろしい顔をしているじゃあないか……

 ええと……助けようなんて失敗……したかな、俺?


 ぎゃおおおお!

 くわおおおう!


 俺を認めた奴等は一斉に吼え、ぴりぴりするような怖ろしい殺気を篭めて襲い掛かって来たのであった。

ここまでお読みいただきありがとうございます!

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