第29話 「名品・珍品の店②」
「これだけのブツだったらウチで買い取ってやっても良いぜ」
店主の髭親爺はイザベラの宝石を鑑定し終わるとフンと鼻を鳴らした。
性格の問題なのか、品質の良さを認めながらも、相変わらずの『上から目線』は変わらない。
そんな態度だからイザベラの店主に対する視線も厳しい。
しかしこの髭親爺はイザベラの冷たい視線など全く気にならないらしい。
「俺の鑑定金額は800万アウルムだな、この金額でよければ現金で払ってやるよ。無論、取引税もこっち持ちだ」
取引税?
何、それ?
「トール、こうやって売買する度に、王国の規定でかかる税金が取引税っていうんだ。大体取引額の5%を取られるのさ」
成る程!
消費税……みたいなものかな?
だが、店主の親爺の見立てた金額にイザベラは不満そうだ。
「でもさ、さっきのジュリアの見立てでは1千万アウルムだろう? それを税金は店持ちだからといって800万アウルムは買い叩き過ぎだろう」
確かに200万アウルムの差は大きい。
殆どが利益だろうが、納得のいく説明は確かに欲しい。
俺にとっても今後の為の勉強になるからだ。
「おいおい、この馬鹿姉ちゃんに買取と販売の兼ね合いを説明してやれよ」
これは不味い!
店主の髭男の『馬鹿』呼ばわりにとうとうイザベラが切れてしまったのだ。
「おい、薄汚い髭男……この私に対して馬鹿とは良い度胸だ。殺してやるからその首をここに出せ」
「何を! この小娘がぁ! 馬鹿だから馬鹿って言ったんだよ」
「貴様、馬鹿と……2度言ったな? そうか、そんなに地獄に送って欲しいか? よ~し、待っていろよ……今、魂を貰ってやる」
おい、おい、やばいよ!
いつの間にか、例の禍々《まがまが》しい魔力波が凄い勢いで立ち昇っているじゃないか!
そうだ!
人間と違って神や天使、悪魔族って呪文や言霊無しでも魔法発動出来るんじゃなかったっけ!?
「……死」
あ、やばい!
いかにも凶悪そうな魔法が発動した!
イザベラの指先から発生した黒く禍々しい魔力波は無情にも店主を覆い、彼は意識を失い、テーブルに倒れこんでしまう。
遅かったか!?
俺は咄嗟にイザベラを羽交い絞めにした。
何、この……ふわっとした感触?
もしかして、あの大きなおっぱい!?
「あうっ! いやあん!」
俺に抱かれて脱力してしまったのか、甘く可愛い悲鳴をあげてくたっと座り込むイザベラ。
おお!
この『いやあん』はもしかして……好きにしてOKの『いやあん』だ!
で、あれば!
こんな汚い中年の髭店主なんか放っておいてまずイザベラだ。
俺はイザベラを抱き起こすと彼女は潤んだ瞳で俺を一心に見詰めて来る。
「トール、好きだっ!」
イザベラが叫び、彼女の冷たいけど柔らかい唇が俺の唇に押し付けられた瞬間!
ガン!
凄い音が俺の後頭部で響いていた。
何か固いもので誰かに思い切り殴られたのだ。
ぐわっ!
いってぇ~。
だいぶ痛いがやはりスパイラルから貰った馬鹿みたいに頑健な身体。
俺が何とか後ろを振向くと……
やはり予想通り、目に涙を一杯溜めたジュリアが大きな花瓶みたいな器を持って怒りの眼差しで立っていたのである。
「ジュ、ジュリア!?」
やばい!
さすが竜神族、怒ると、ぱねぇ!
「う~! トールったら、あたしが! あたしが! あんたの彼女なのに! 他の娘とキスなんかして!」
糞っ!
こうなったら自棄だ!
ばっち、来~い!
俺は思い切りジュリアを抱き寄せると、彼女の唇にも情感を込めてキスしていたのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「それで何だったっけ?」
「はぁ~…… 宝石の鑑定金額の相談ですよ」
店主の髭男が何事も無かったかのように、聞いてくるのを見て、俺はホッとして大きく息を吐く。
あれからこの場を収集するのは大変だったのだ。
幸いフランクという店員が部屋に来なかったから露見しないで済んでいる。
30分前に店主が倒れた直後に時間は遡る……
俺がイザベラに急いで聞いたところでは彼女が発動したのは『魂送りの魔法』という怖ろしい闇魔法。
魂を喰らう悪魔特有の凶悪な魔法だそうだ。
俺に抱きすくめられて、少し冷静になったイザベラが直ぐ魔法を中断したから店主は命を落とさずに済んだ。
先日タトラ村のモーリスから購入し、所持していた治癒草があったので、それを口に含ませ、俺の魔法で出した水で無理矢理飲ませたのである。
眠っている店主は後、20分程度で目を覚ますという。
一歩間違えば店主を殺してしまったかもしれないと思うと俺はゾッとした。
俺達は店主が寝ている間に、買取と販売の兼ね合いを改めて確認する。
何とかクールダウンしたジュリアから、説明をして貰ったのだ。
「だからぁ……この店の利益と人件費を考えたら決してアコギじゃないのさ」
ジュリアは店主を擁護した。
200万アウルムの差額はやはり理由がありそうだ。
「宝石全部の上代、つまり店での売却額が1千万アウルムだとしたら、買取額の800万と税金の5%を引いた差額の約160万アウルムが店の利益と人件費か……」
俺が素早く計算して呟いた言葉にジュリアは大きく頷いた。
「他のあこぎな店だと、売りたがっているあたし達の足元を見て、半額の500万アウルムで買い叩かれるなんて話も良くあるよ。それに宝石は捌き易いといっても直ぐ売れないかもしれないからね。そうすればずっと在庫を抱える事になる。商人にとっては現金が一番なのさ」
それじゃあ、もしかして……
「店主のダックヴァルさん……優良品だって見込んでくれたんで好条件を出してくれたんだよ。まあ彼の口の悪さが1番いけないんだけどね……でも殺す事はないよ」
ジュリアの注意を聞いてもイザベラは少し不満そうだ。
そりゃ、彼女は悪魔の王族だ。
それがあんな風に罵倒されては耐えられないだろう。
「だってさ! 知らなかったんだし、馬鹿って2回も言われちゃ……私だって悪魔王アルフレードルの娘としてプライドがあるんだよ」
ここは……俺が仲裁しようかな……
「ジュリアとイザベラ……この場合はどちらも正しいし……ここは痛み分けにしよう」
「痛み分け?」
「痛み分けって何?」
2人が俺の仲裁案を聞きたがったが、何という事はない。
アイディアは単純=シンプルイズベストである。
「……誤魔化そう……無かった事にするんだ」
―――こうして俺達は現在に到っているのだ。
「そうそう、そこの坊主のいう通りだ。お蔭で思い出したぞ。なあ、この宝石は結構良いぜ。800万アウルムでどうだ、現金払いで税金はこっち持ちだ」
ダックヴァルは何事もなかったかのように値段を提示する。
これで俺達は巻き戻された時間の中でもう1度考えるって事だ。
そういえば自己紹介をしていなかったので、ダックヴァルと顔馴染みのジュリア以外は名前と冒険者レベルを名乗る。
しかし……
ここでまた新たな展開が生まれたのだから運命は分らない。
「この宝石はどうしても欲しいんだ。もし売ってくれたらこれをつけるぜ!」
店主のダックヴァルは何かを思い出したかのように少し席を外した後に何かをテーブルの上に置いたのである。
テーブルに置かれた物、それは奇妙な形をした、古い金属製の鍵であったのだ。
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