第28話 「名品・珍品の店①」
商業ギルドで登録を終えた俺とイザベラは、ジュリアに連れられてこのジェトレの村の商業地区に向う。
当然の事だが、この異世界ではどこに行っても、行く先々が俺にとっては初めての場所である。
いわゆる『おのぼりさん』状態だ。
イザベラにしてもこの村は初めてな上に、来たばかりで右も左も分からないらしい。
こうなれば仕切りを含めた道案内は、情報通のジュリアにお任せである。
「とりあえずオークション入札でオリハルコン獲得の目星はついた。だけど落札出来ない場合の手立ても考えなきゃいけない。ジェトレの情報収集は勿論、イザベラの宝石の売却もあるからとりあえずあたしの知っている店を回るよ、どう?」
「「異議なし!」」
ここはジュリアの商人としての経験が唯一の頼りだ。
イザベラにとって1番良い方法を見つけ、対応してくれるだろう。
「まずは悪名高い店に行ってみようか? 色々な店があるからね」
悪名高い?
店選びって大事じゃあないのか?
当然、選ぶのなら優良店しかないのでは?
俺がそのような疑問をぶつけるとジュリアは苦笑して首を横に振った。
「殆どの人が悪名高いといっている店でも見る人によっては優良店にもなるんだよ。実際、その店はある一部の商人にはとても人気のある店なんだ。そんな店に行ってその良し悪しを見分けるのも商人としての修行のひとつさ」
成る程!
物事は一面から見ちゃいけないって事か。
俺達はそのような話をしながら商業地区の奥に位置するある店の前に立っていた。
『名品・珍品の店 ダックヴァル商店』
古ぼけた切り妻造りの2階建ての家屋は1階が店舗のようである。
店の入り口の真上には俺が想像していたよりは立派な看板が掲げられていた。
「ここは主に迷宮探索者の発見品を買い取って販売する店なんだ。ここの親爺はとても偏屈な上に変わっていてね。未鑑定の商品や呪われた商品も平気で買い取って販売するんだよ」
へっ!?
未鑑定の商品や呪われた商品?
どこかで聞いたような、とんでもない店だ!
「かといって親爺は商品の価値が分らない素人じゃない。王家の発行したA級の鑑定資格を持つれっきとした上級魔法鑑定士……いわゆるプロなんだ」
こりゃ、驚いた。
鑑定資格って王家、いわゆる国家資格なのね。
それもいかにも癖のありそうな、この店の主は凄い目利きだという事になる。
「じゃあさ、ここでなら冒険者が持ち込んだオリハルコンの事が聞けるかもね。さっすが、ジュリア」
さっきまでは余り真剣に見えなかったイザベラも店の説明を聞いて急に興味が湧いて来たようだ。
しかしこの子はやる気のありなしの差が大き過ぎる。
いくら俺達に頼んだからといって、これは問題だろう。
案の定、ジュリアの教育的指導が飛び出した。
「もう、イザベラったら! いくら依頼があって、あんたが客とはいえ、あたしとトールは誰の為に働いているか少しは理解してくれないとね」
ジュリアが、じと目で睨むとイザベラは慌てて手を横に振った。
「分っているよ、御免! 私はどうも集中力がなくてな、悪魔だが決して悪意はない」
イザベラ……何か意味の分らない言い訳をしているな。
そんなイザベラの言葉を聞いたジュリアの目付きが益々厳しくなった。
「本当に分っている? 真面目にやってよね?」
「ま、真面目にやる! 前向きに努力する……ようにする!」
イザベラ……何かだんだんどこかの、いい加減なお偉いさんみたいになって来たぞ?
「じゃあ、店の中に入ろうか?」
ジュリアはイザベラとの不毛な会話に終止符を打ちたいのであろう。
俺達に対して店内に入るように促したのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ダックヴァル商店は様々なものが堆く積まれた雑然とした雰囲気の店内であった。
魔導ランプの照明をやや落とした暗めの店内には古ぼけたもの、比較的新しいもの、武器防具、装身具、魔道具らしきものなど色々ある。
うわぁ、凄いや!
俺が資料本で見たファンタスティックな武器防具や道具で一杯だ。
「トール、商品を見るのは後で! とりあえず手持ちの商品の査定とオリハルコン情報収集だよ」
ジュリアに叱られてしまったな。
いかん、いかん、確かに優先順位を考えて動かないといけないものね。
視線を移すと正面にカウンターらしきものがあり、店主と思われる50後半の髭面の人間族の男が不機嫌そうにこちらを睨みつけて来た。
「おっちゃん、こんちは」
「……ふん、誰かと思えばタトラ村のやせっぽちの小娘か……今日も冷やかしなら、さっさと帰って貰おう」
何なんだ、挑発的なこのおっさんは!
今日もって……
客なんだから店内の商品を見るくらい、良いじゃあないか?
しかしジュリアはそのような店主の毒舌も意に介した様子もなくはっきりと言い放つ。
「今日はいくつか用事があるんだ。1つはあたし達が持っている宝石の金額審査、もうひとつはお宝の情報を聞きたいんだ」
「小娘! お前相変わらず遠慮の無い奴だ。人を良いように使いおって」
成る程!
良く聞けばジュリアも負けちゃあいない。
凄いよ、ジュリア!
「おっちゃん、別室が良いな……」
ジュリアがそう呟いたので周囲を見ると今迄居なかった客が3人ほど店内を物色していた。
「むう……おい、フランクよ、店番代われ!」
ジュリアの言い方に雰囲気を察したのであろう。
カウンターの後ろの作業場に居た若い金髪の店員に顎をしゃくるとカウンターに来るように指示したのだ。
フランクという店員がカウンターに陣取ると店主は彼の居た場所から更に奥に入るように俺達に顎でしゃくって指示をする。
何だよ、俺達は店員と同じ扱いかい?
「ここに入りな」
店主が入室を促した部屋は簡素な応接室であった。
一応重要な商談はここでするようだ。
俺達が肘掛つき長椅子に座ると店主は直ぐに本題に入った。
「審査して欲しい宝石とやらをここに出しな」
イザベラも店主の態度には、さすがに頭に来ているのであろう。
むっとしたような表情で宝石が入った例の革袋を取り出した。
そしてテーブルの上に置かれた革を張って作ったらしいトレイのような浅い容器の中に並べて行く。
その瞬間であった。
それまでしかめっ面をしていた店主の表情が一変する。
「なかなか良い宝石じゃあねえか!」
俺は店主の豹変振りに驚いて思わずジュリアとイザベラを見た。
イザベラは俺と同じ様な反応だったが、ジュリアは表情が殆ど変わらない。
そうか……この親爺め。
こういう奴なんだ!
俺は嬉々としてして宝石をじっくりと見始めた店主の親爺を見て小さな溜息を吐いたのであった。
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