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第21話 「ジェトレ村のギルドマスター」

 イザベラが、俺との腕相撲であっけなく負けた瞬間……

 禍々しい怒りの魔力波(オーラ)が至近距離から俺へ、激しく叩きつけられる。


「おわっ!」


 ぞくぞくするおぞましい悪寒が俺の全身を走り、身体が怖ろしいほど痙攣した。


 さすがに周りに居た他の受講者達がぎょっとした目を向ける。

 常人には魔力波は見えないかもしれないが、おぞましい『悪寒』は感じている様子だ。

 腰を抜かしたおじさん教官も異様な気配に口をぱくぱくさせている。


 これはやはり上級魔族特有の強烈な負の魔力波(オーラ)だ。

 誇り高いプライドを傷つけられたイザベラの怒りの波動であろう。

 現にイザベラは右手をテーブルにつけたまま、動かず俺を睨みつけている。

 そんな彼女の様子を見たジュリアが呆れたように言う。


「何かさ、怒っているみたいだけど……あんたはトールに負けたんだ。そっちから腕相撲を持ち掛けておいて、負けたら怒るなんて潔くないよ!」


 その時。

 丁度、応援を呼びに行っていた若い女性教官が別の教官を連れて戻って来た。

 彼女は未だ腰を抜かした?ままのおじさん教官に視線を走らせるとほうと息を吐く。


「トール・ユーキさん、直ぐギルドマスター室に来てください。私がご案内しますから」


 俺は思わずジュリアを振り返った。

 彼女をこの場に残して行くのが少々不安なのだ。

 俺の不安そうな気持ちを察してか、ジュリアは俺を力付けてくれる。


「大丈夫だよ、トール。あたしはこの実技を受けた後に1階の待合に居るから」


 ジュリアは俺に親指を立ててにっこりと笑う。

 俺は了解して頷くと、もう1回イザベラを見てきっぱりと言い放つ。


「イザベラ……だったな、これで勝負はついただろう? 俺は君の下僕になるなんて真っ平御免だし、これきりもう俺達には構わないと約束してくれ、良いな?」


「はあああ~っ!」


 イザベラの手をぎゅっと強く握った俺に対して、イザベラもずっと溜めていたらしい息を一気に吐いた。

 それとともにあの禍々しい魔力波も徐々に収まって行く。


「あ、ああ……わ、分かったよ」


 何とか掠れた声で返事をするイザベラ。

 どうやら俺の話は通じたようである。


 ―――15分後


 ジェトレ村冒険者ギルド、ギルドマスター室…… 


 冒険者ギルドの初心者向けの講習を受けて、つい教官役のおじさんを翻弄した俺は何とギルドマスターに呼ばれてしまったのだ。


 俺の目の前にはギルドマスターだという壮年の金髪女性が豪奢な椅子に座っていた。

 彼女はアデリン・メイヤールと名乗った。

 この冒険者ギルドのギルドマスターでAランクの冒険者だそうだ。


「ふふふ、トールって言ったね。君が子供扱いした男はこのギルドのサブマスターなんだ。彼だって決して弱いわけじゃないのにねぇ……結果的に君の剣の腕は大したものという事になる」


「俺に何か用ですか?」


 思わず間の抜けた質問をした俺に対してアデリンさんは思い切り目を見開いたかと思うと腹を抱えて笑い出した。


「あはははは! この子、俺に何か用ですか? だって! この状況でマスターに呼ばれたら絶対に良い事があるって普通は分かるじゃない! ねぇ、チェルシー」


「は、はぁ……」


 アデリンさんの笑いに困惑する若い女性教官。

 曖昧に答えて安易に同調しない所を見ると彼女は誠実で真面目そうだ。


 ふうん……

 この若い女性教官はチェルシーさんって言うのか。

 でも今は早く用事を済ませて戻りたい。

 ジュリアが待っているだろうし、またナンパされたりしたら目もあてられない。

 そこで俺は早く話をして欲しいと促した。


「俺が浮世離れしているのは分かりましたが……さっさと本題に入って頂けますか?」


 俺はアデリンさんの大笑いにも動揺せず淡々と話を切り出した。

 それを見たアデリンさんはオッという顔をする。


「ふうん……結構冷静なんだね。良いだろう、話というのは君の冒険者ランクの事さ。冒険者ランクはSからFまであって初心者は大体F、良くてもEなんだ」


 確かにそうだろう。

 『俺様最強』でも無い限りいきなりランクがAとかSは無いよ、普通は……


「でも君はAランクのサブマスターを子供扱い……本当は『A』をあげたいけど、同じAランクの私にそこまでの権限は無い。という事で君はBランクに決定、これでも凄い事だよ」


 俺がいきなり冒険者ギルドのBランクか!

 このような場合Sは別格だろうから、確かに凄い事だ。

 そう言われると、やっと異世界に居る実感が湧いて来た。


「ありがとうございます、ギルドマスター」


 くううう!

 この会話ぁ!

 最高だ!

 いかにも異世界ファンタジー。

 感激!


 浮かれている俺をアデリンさんは頼もしそうに見詰める。


「ふふふ、あんたほどの剣士だ。精進すれば直ぐあたしと同じAランク……いやSランクも夢じゃないよ」


 ……実は俺の能力ってはっきり言うと『チート』なんだけど。

 まっ、いっか。


「どうする? Bランクならどのクランからも引く手数多だし、あたしが紹介しようか。もしくは君がリーダーでクランを立ち上げても良いと思うよ」


 おお、絶賛されているな。

 それに俺の素質を見込んだギルドマスターはどうやらギルドへ『囲い込み』をしたいようだ。

 彼女の魔力波でそれが分る。

 でもねぇ、俺もう約束したから。


「マスター、申し訳ないですけど約束したんですよ。俺……商人になります。それも仲買人(ブローカー)になりますので」


「はあっ!?」


「な、何故っ!?」 


 俺の告白を聞いたアデリンさんとチェルシーさんが吃驚して大きく目を見開いた。


「大事な彼女との約束なんで……」


 呆気に取られていたアデリンさんであったが、続いて俺の口から出た言葉に口をぽかんと開ける。

 しかし、その顔がくしゃっとなったかと思うと先程以上に大笑いを始めたのだ。


「マ、マスター!?」


 慌てるチェルシーさんを尻目にアデリンさんは大きな声で笑い、その声は部屋中に響いていたのである。


 ―――30分後


 俺は階段を急いで降りて1階に向っていた。

 あの後も暫くギルドマスター室に留め置かれてしまったせいで思ったより時間がかかってしまったせいだ。


「あ、トール!」


 ジュリアも講習はとっくに終わっていたようだ。

 元気に手を振って……いる。

 そして彼女の隣には誰か居る?

 

 誰だ?

 え!?

 ええっ!?

 何で?


 意外な人物、いや魔族が居るじゃないか!?


 ジュリアの傍らには……あの銀髪美少女魔族のイザベラが恥ずかしそうに俯いて立っていたのであった。

ここまでお読みいただきありがとうございます!

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